東京・水道橋から広島・二葉山へのネットワーキング――〈加納実紀代資料室サゴリ〉開所に寄せて

東京・水道橋から広島・二葉山へのネットワーキング――〈加納実紀代資料室サゴリ〉開所に寄せて

川本隆史

[1]

1980年4月より2022年3月にいたる42年間、四つの大学に勤務した。コロナ禍に見舞われた最後の2年間は、オンライン授業を余儀なくされている。「倫理学概論」最終講義を教室で開けなかったのはいささか心残りだったが、その代わりZoomのリンクを履修学生以外ともシェアできたため、2月28日の本番には国内外から参観くださった200人近く(前任校の卒業生や知友を含む)へ退職の挨拶と感謝の思いを申し述べることができた。

〝習うより慣れよ〟で身につけたこのウェブ会議システムを用いて、退職前から複数の定例Zoomミーティングを立ち上げ、各種のオンライン集会や研究会にもこまめに声と顔を届けている。それまで何度か対面参加してきた「戦後研究会」の3月1日の例会には、自宅より接続させてもらった。メーリングリストで予告された当日のテキスト『広島 爆心都市からあいだの都市へ』(高雄きくえ編、インパクト出版会、2022年11月)に、強い関心を掻き立てられていたからである。ソウルに生まれ、満五歳にして広島で原爆被爆された女性史家・加納実紀代さん(1940~2019年)の蔵書および資料を、編者の高雄さん(「ひろしま女性学研究所」主宰)が受領することになった。これを収める資料室の準備会が主催した連続講座「ジェンダー×植民地主義 交差点としてのヒロシマ」(2021年1月~9月、全八回)の記録をベースに編まれたのが、22名の執筆陣を擁するこの重厚な論考集『広島』にほかならない。

レビュー担当者・加藤晴康さんの報告は、聴き応えがあった(松井隆志さんの適切な手配により、PDF化された会場配布の資料もダウンロードし得ている)。ガン告知を受ける前のご本人を招いて「加納実紀代さんと読む アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』」(立川市「シビル市民講座」、2017年9月~11月、全三回)が開かれていたことを、その場で教わっている。そして加藤さんは、この「戦後研」での報告を踏まえた書評を発表された――リップサービスの賛辞を控え、あえて複数の疑問点を指摘した本文は、「本書を見ると、被爆の現実にさらされた「戦後」と「平和都市広島」の「戦後」とが、ややもすると切断されている傾向があるように思われる。だが被爆に連なる混沌の「戦後」に立ち返り、「復興」の影に隠れた人々の「闘い」を検証することは大切であろう」と結ばれている(『市民の意見』第196号、市民の意見30の会、2023年4月1日発行)。

いつもながら鋭くかつ多岐にわたった天野恵一さんのコメントは、加納さんの「銃後史」研究のモチーフをなしていた「加害と被害の二重性」(の引き受け)を小田実のべ平連活動へとつなげ、彼の長編小説『HIROSHIMA』(初版1981年6月/のちに講談社文芸文庫に収録)および道場親信さんの力作評論「「核」の連鎖・「難死」の連鎖――小田実『HIROSHIMA』を読む」(『原爆文学研究』第13号、原爆文学研究会、2014年12月)への注目を促すものだった。

[2]

同郷にして旧知の仲である編者の高雄さんに、3月1日の戦後研合評会のことを伝えたところ、「加納実紀代資料室サゴリ」の仮オープン祝賀会の案内を返信くださった。PP研とのつなぎ・・・役を果たすべく、3月25日の午後に勇んで会場へと赴いている。JR広島駅北口の山手にそびえる二葉山中腹のレモンハウス一階、瀬戸内海の島々を見渡せる森のなかの豊かな学びのスペースにして、会議やイベント会場としても利用できる恰好のスポットだった。

この日、加納さんのご遺族ほかのゲストや事前登録者40数名が結集し、整理・配架された故人のコレクションに見守られながら、被爆当事者や『広島』寄稿者より学生・院生にいたる幅広い世代の多様な人びとが交流を深めた。同じビルの四階にある韓国料理レストラン・ナリゾアに移動して、懇親の宴も開かれている。加納さんの年譜・著作目録やこの催事のスナップショットも掲載された「サゴリ」のホームページが開設されたので、ぜひ覗いていただきたい。

https://sagori-kanomikiyo-library.jimdofree.com/

早稲田から水道橋へ移ったPP研とこの「サゴリ」(「交差点」を意味するコリア語)とをオンラインでつないで、緩やかな共同研究なりとも仕組めないだろうか……と思いを巡らせている私である。

公開された「加納実紀代文庫」は、約8000冊の書籍・雑誌と1000点を数えるファイル資料(故人の手になる切り抜きやカードなど)から成るもので、アーカイブズ学(記録史料類の収集・整理・保存・提供を行うための研究分野)の専門家の助力を得てのデータベース化作業も進んでいると聞き及ぶ。また「サゴリ」には「ひろしま女性学研究所文庫」(本・雑誌およそ2000冊)も併置されており、ここには「ジェンダー・フェミニズム・ヒロシマ・朝鮮・沖縄関連一般書」に加え、1970年前後の広島における女性運動のチラシ等も収蔵されている。今後、広く活用され更に拡充が進むのが楽しみでならない。

[3]

 この機会に、加納さんから賜ったご厚誼を振り返っておこう。始まりは『思想の科学』や『インパクション』の読者としてだった。初任校・跡見学園女子大学において女性学やフェミニズムの活発な展開に目を開かれた私は、単著『女たちの〈銃後〉』(筑摩書房、1987年1月/増補新版、インパクト出版会、1995年8月)や責任編集『ニュー・フェミニズムレビュー6 母性ファシズム』(学陽書房、1995年4月)、共編著『女がヒロシマを語る』(インパクト出版会、1996年8月)を手に入れている。PP研の運営委員会で出会った田中利幸さん(当時、広島市立大学の附置研究機関「広島平和研究所」所属)を介して、2008年より高雄さんや東琢磨さんらとの同報メールの交換がスタートし、小著『共生から』(岩波書店、2008年4月)も差し上げた。

2011年6月19日、PP研が開いた丸浜江里子さんの近刊『原水禁署名運動の誕生――東京・杉並の住民パワーと水脈』(凱風社、2011年5月)の合評会をご一緒し、出たばかりの卓論「ヒロシマとフクシマのあいだ」(『インパクション』第181号――「ジェンダーの視点から」という副題を付した同名のエッセイ集〔インパクト出版会、2013年3月〕に再録された)のコピーを頂戴した。次いで2016年6月11日、武藤一羊さんの『戦後レジームと憲法平和主義――〈帝国継承〉の柱に斧を』(れんが書房新社、2016年3月)刊行記念シンポジウムの会場(成蹊大学)でお見かけした際は、休憩時間中に酸素の吸入をなさっていた。同年9月26日には、国際基督教大学のオープンレクチャー「男は生産・技術、女は後始末?――原爆と原発のあいだ」を拝聴し得ている。この時も酸素ボンベを持参されていた。

 2018年10月、高雄さんの絶大なるサポートのおかげをもって、広島の仲間たちと編んだ『忘却の記憶 広島』(東琢磨・仙波希望との共編、月曜社)の上梓に漕ぎつけることができた。この本に収められた二つの拙論(「記憶のケアから記憶の共有へ――エノラゲイ展示論争の教訓」および「「記憶のケア」を織り上げる――〈脱集計化〉を縦糸、〈脱中心化〉を横糸に」)をお見せしたところ、生前最後の本となった『「銃後史」をあるく』(インパクト出版会、2018年11月)が贈られてきた。同封の献辞には「「記憶のケア」については何度かうかがっていましたが、今度のご論考でしっかりフに落ちました」との手書きメッセージが添えられていたのである。

コラムカテゴリの最新記事