書評 花崎皋平著『生きる場の思想と詩の日々』

NO IMAGE

藤田印刷エクセレントブックス、2022年3月15日刊〔『図書新聞』2023年2月25日号に掲載〕
川本隆史

渾身のドキュメント大作――北海道産の滋味豊かな書物

  「わたしの悩みと彷徨、その後の決断と転換の歩み」(「はじめに」より)をたどるべく、「1945年の時に14歳であった著者の、日記をもとにその精神史的な歩みを中心に整理、摘録した」(「あとがき」より)渾身のドキュメント大作。単行本化に先立って、澤田展人氏(札幌市)の個人文芸誌『逍遥通信』第5号(2020年)以降に一部が公表され、ついで旭川市の詩誌『フラジャイル』第11号(2021年)に後半部が分載される。自主出版の途も探られたのだが、最終的に藤田印刷(釧路市)の《エクセレントブックス》の1冊として世に送り出された。まさしく北海道産の滋味豊かな書物である。
 622ページにびっしり綴られた、花崎(以下、敬称略)の思索と詩作、そして実践の軌跡を1覧していただくには、何はさておき目次を示すに如くはあるまい。

 はじめに/第1章 青春前期の悩みと彷徨/第2章 嵐と大波に呑み込まれた時代/第3章 東京から北海道へ 1市民となる過渡期/第4章 大学を辞め、生き方を変える そしてウーマン・リブとの出会い/第5章 アイヌ民族の権利回復運動/第6章 ピープルズ・プラン21世紀国際民衆行事/第7章 沖縄で暮らす/第8章 転換期における世界的な民衆の主体形成/第9章 カンボジア、ラオス、ベトナムへの旅/第10章 東アジアの国家テロリズムと民衆/第11章 女性国際戦犯法廷/第12章 高木仁三郎さんとの対話原稿を書く/第13章 人質事件/第14章 沖縄の島々を歩く、そしてアイヌの遠山サキフチの傘寿/第15章 あたらしい政治文化運動の模索へ/第16章 ネルーダの国チリ/第17章 ロング・ウォーク「ピㇼカ・ケウト゚ㇺ・アㇷ゚カㇱ」/第18章 田中正造の足跡を追って 思想家森崎和江について/あとがき

 著者と評者の間には20年の歳の差がある。花崎の名前と文章を初めて目にしたのは、『日本読書新聞』1971年12月6日号の第1面を飾った檄文「幻の大学の立ち拠―北大本館封鎖解除事件裁判の特別弁護人の座をおりて」だったろう(翌年、現代評論社より刊行された評論集『力と理性――実践的潜勢力の地平から』に収録)。20歳になる直前の出会いだった。10年後、大学教員となった私が学生たちと立ち上げた課外の読書会で『生きる場の哲学―共感からの出発』(岩波新書、1981年)を読み合わせ、同書を発展・深化させた力作『アイデンティティと共生の哲学』(筑摩書房、1993年/増補版は平凡社ライブラリー、2001年)は、正義からケアへと関心を拡げていた私の学びのよすがとなってくれた(拙書評を『週刊読書人』7月26日号に寄せた)。その後いく度か謦咳に接する機会に恵まれ、ピープルズ・プラン研究所(略称=PP研)が企画した連続講座「〈運動と思想〉花崎皋平が花崎皋平を語る」(2014年5月31日~15年5月23日)の企画・運営にも加わっている――その個人的な総括文「〝連続講座 花崎皋平〟を回顧する――「三人称のわたし」はひらかれたか」は、『アジア太平洋研究』40号(成蹊大学アジア太平洋研究センター、2015年11月)に掲載された。
 2022年5月11日、PP研の新事務所(千代田区神田三崎町)において著者を囲む懇談会が開かれている。席上、花崎は自身の歩みにまつわる3つのポイントを挙げた。1つは、17歳になる年、祖母の死を契機に教会へ通い始めた彼にとって、若き日に受けたキリスト教の影響がその後も消えずに残っているとの述懐。2つ目は、実践を媒介として物事を考えるようになったのに伴い、出来事に向き合う叙事詩を好んでつくったこと。3つ目は、40歳で大学を辞めてからは、地域に根差す運動を担った「民衆」の思想に関心を移した点。
 「造反教官」の1人として花崎を知り、マルクス主義に発して「いのち」や「共感」を軸とする探究へと進むあたりから、彼を追っかけ続けて半世紀近くになる。そんな私なのだが、当人の出発点がキリスト教と詩作にあったという真実に気づいたのは、かなり経ってのことである。「詩は私にとって内なる対話が行き来する吊り橋」(私家版詩集『生と死を見晴るかす橋の上で』2020年)とうたう花崎が、大学入学後に仲間入りしたサークル詩誌『ぼくたちの未来のために』全36冊(1950年2月~58年1月)が折よく近々復刻されるという(解説=田口麻奈、琥珀書房、本年2月刊行予定)。「あらゆるものに抗してひたすら人間をうたうこと」を目指した若き詩人たちの作品群に接する日が、待ち遠しい。
 なお本書については、すでに複数のレビューがなされている――清水博司「「市民」から「ピープル」へ――内在する詩精神。いのちの根へ」(詩誌『潮流詩派』第270号、2022年6月)、先﨑千尋「行動する知の巨人」(『週刊読書人』2022年6月17日号)、つるたまさひで「雑感」(PP研の旧ウェブサイト「論説」コーナー、2022年5月3日)。
 最後に、いささか場違いな要望を付記しておく。戦後の思想と社会運動のユニークな年代記(クロニクル)でもある本書の特色を生かすべく、別冊の「索引」を制作・頒布してもらえないだろうか。索引があれば、学術書としての使用価値がさらに高まり、後学の徒の得難い手引きとなるに相違ない。版元に残る校了PDFに簡易検索をかけて、まずは主要人名索引を作成し、しかるべき価格でウェブ販売する……という素人アイデアである。これを端緒として、花崎の全著作をカバーする「総索引」を有志と協働して創り出せれば、と夢を膨らませている。
(社会倫理学)

未分類カテゴリの最新記事