現地ルポ 第2回 大統領選挙勝利から李在明政権樹立に見る韓国市民民主主義

現地ルポ 第2回 大統領選挙勝利から李在明政権樹立に見る韓国市民民主主義

白石 孝(日韓市民交流を進める希望連帯代表
NPO法人官製ワーキングプア研究会理事長)

 高い投票率、年代・性別で異なる投票行動

 6月3日午後8時、投票終了とともに、韓国MBCテレビが、李在明(イ・ジェミョン)候補の当確を報じた。その後開票が進み、確定した得票率は、李在明(共に民主党)49.42%、金文洙(キム・ムンス、国民の力)41.15%、李俊錫(イ・ジュンソク、改革新党)8.34%、権英国(クォン・ヨンクク、民主労働党)0.98%。得票1728万7513票は史上最多となった。

投票率は79.4%で歴代2位、この高さには驚きを禁じ得なかった。日本の国政選挙の最高が1980年の74.57%、最後に70%台だったのが1990年。1970~80年代、国労をはじめ総評労働運動が盛り上がり、私が所属していた自治労でもストライキを敢行し、選挙でも拮抗した展開になっていた。ところが直近5回、2012年からはいずれも50%台という低さだ。彼我の違いは何か。

得票内訳を出口調査(地上波放送3社~KBS・MBC・SBS)で見ると、年代と性別で大きな差異があった。

40、50歳台は圧倒的に李在明支持、60歳台は拮抗し、70歳以上は保守が多数。問題は20歳台で、男性が李在明24.0、金文洙36.9、李俊錫37.2と若手保守がトップで、一方女性は李在明が58.1%の断トツ、過半数超えで、保守の2人は25.3%と10.3%で真逆になっている。この20歳台男性の政治動向を解明し、その対策を講じることが、新政権にとっても韓国社会にとっても大きな課題だと思う。

「女性優遇」政策と徴兵制で軍隊に行かない女性たちへの反発が、反フェミニズムになって表れているという。若い男性をないがしろにしているわけではないのに、不満の矛先がフェミニズムに向かっている。

◆地域ごとに投票行動に差異があることも韓国の特徴だ。

李在明はソウル特別市・京畿道・忠清道・全羅道など西部で、金文洙は江原道・慶尚道など東部で優位に立った。3年前、李在明はソウル特別市と忠清道で尹錫悦(ユン・ソンニョル)に負けたが、今回勝利している。人口の過半数が集中している首都圏、ソウル特別市(47.13%)、京畿道(52.2%)、仁川広域市(51.67%)と金文洙候補をリードした。

6月4日から李在明政権がスタート

今回は大統領の解任に伴う「補欠選挙」なので、当選した李在明は、4日の就任式から即刻大統領職に就いた。最初に訪問したのは、国会の清掃労働者たちだった。MBCテレビによると、「父と弟は市場の清掃労働者だった」ので、あながちパフォーマンスではなく、本心からの行動だろう。次いで国会の防護職員にお礼を言いに行った。

 就任演説では、「分断した憎悪と対立のうえに、共存と和解、連帯の橋をかけ、夢と希望に満ちた国民幸福時代をつくる。(ノーベル賞作家)ハンガンが言ったように『過去が現在を救い、死者が生者を救う』」「すべての国民を包容し、仕える全国民の大統領になる」「五色の光の革命、K—民主主義は、危機に瀕した民主主義の新たな道を探す世界の人びとに、明確な模範となった。」「国民が託した銃剣で国民の主権を奪う内乱は、今後二度と起こしてはならない」とゆっくりと力強い口調で語った。そして5つの課題を挙げた。

①名実ともに国民が主人公の国をつくる。大韓民国は民主共和国であり、主権は国民にある。光の広場に集まった社会大改革の課題を実行する。

②成長発展する国をつくる。不平等が深刻化し、格差と二極化が成長を妨げる。過酷な競争に追い込まれた若者たちは、男女を分けて争う惨状に至っている。新しい成長の原動力を生み出し、成長の機会と結果を分かち合う公正な成長こそ、よりよい社会になる。

➂共に豊かに暮らせる国をつくる。持続的成長のためには、成長発展戦略を大転換する必要がある。バランスが取れた発展、公正な成長戦略、公正な社会に向かうべきだ。首都圏一極集中から国全体の均等な発展をめざす。成長機会と成果を均等に分け合うのが持続的成長への道だ。企業の発展と労働の尊重は両立可能だ。

④文化が花開く文化強国をつくる。K-POP、K-ドラマ・映画、K-ビューティ、K-フードまで、韓国文化が世界を魅了している。文化は経済そのものであり、文化は国際競争力を持つようになった。

⑤安全で平和な国を作る。セウォル号、梨泰院、オソン地下車道(水没事故)など惨事の真相究明で、生命と財産が脅かされない安全社会をつくる。分断と戦争の傷を癒やし、平和と繁栄の未来をつくる。戦って勝つよりも戦わずに勝つ方が良く、戦う必要のない平和が最も確実な安全保障だ。対話と協力を通じて(韓)朝鮮半島の平和を築いていく。また、再び軍が政治に動員されることがないようにする。

 そして、「高い文化の力で世界をリードする国、先進的技術力で変化を主導する国、模範的民主主義で世界の手本となる国、私たち大韓民国が行うことが世界の標準となるだろう」「国家のすべてが国民のために行使される真の民主共和国をつくろう」「小さな違いを超えて互いを認め合い、尊重し、国民が主人の国、国民が幸せな国に共に進んでいこう」「5,200万人の生活と国家の未来を託された代理人として大統領に与えられた責任を誠実に履行する」(MBCニュース、訳は『週刊韓国ニュース』参照)と締めくくった。

「李在明は実利主義者」と日本メディアは繰り返すが、演説やインタビューで繰り返したのは「主役は国民だ。その国民の道具に私はなる」だ。

 4月15日に発売された新著『結局、国民がやります』が大手書店教保文庫の4月第2週の総合1位になった。同書は、12月3日の非常戒厳から尹錫悦弾劾訴追案可決、憲法裁に罷免宣告までを記しているが、サブタイトルは「李在明の人生と政治哲学」。

 その政治哲学とは「すべての人が平等な社会」「強きを抑え、弱気を助ける」という。「政治は国民生活を変える仕事」「大統領選挙は、王や支配者を選ぶことでなく、国民のために一生懸命働く『下男』を選ぶことだ」「立派な働き者、有用な道具として使ってください」「政治は政治家がしているように見えるが、実際は国民が行う」、それが所信演説での5大政策になっている。

日本メディアは「親日から反日へ」とか「分断社会の解消」とかを主たる報道にしているが、まったく頓珍漢で、日本自体の地盤沈下を省みることなく、相変わらずの上から目線に終始している。韓国でいう「親日」とは、日本統治時代に大日本帝国に対して非常に親和的で、戦後もそこで得た利益を既得権とし、その社会構造を肯定的に考える人を指す。日本のメディアでは、「日本に対して友好的」「歴史問題を水に流してくれる、日本政府にとって都合の良い政権」を「親日」と呼ぶ傾向が強いが、日本の植民地支配の歴史をふまえ、明確に定義された言葉として定着している。

韓国人の多くは、国家・政府と個人とをはっきりと分別している。「かつて朝鮮半島を植民地支配した大日本帝国」や、戦後も加害事実を隠して、なかったことにしようとする政権に対してはもちろん批判的だが、日本人一人ひとりは別、との認識が一般的だ。(『HUFFPOST』5月31日)

なぜ韓国と日本はこれほど違うのか

韓国は1945年の解放は束の間、米軍政が朝鮮半島南部に進出、李承晩政権を通しての支配を始め、1948年済州島「四三事件」、1950年朝鮮戦争を引き起こし、38度線による分断国家を作り出した。

 以降、軍事クーデターや独裁政権支配が繰り返され、ようやく1987年の民主化を勝ち取り、40年近く民主主義が定着したかのように見えたが、24年12月3日に非常戒厳が発令された。だが、民主主義を創り出した市民は立ち上がり、二度目の無血革命を実現した。

 では日本はどうなのか。1980年代前半、「第二臨調」(土光・中曽根行革)以降、革新政治や労働運動が大きく後退し、社会運動も弱体化し、「政治と国民・市民との距離」がますます拡がっている。政権も政党も「魅力がない」から、前記したように国政選挙投票率が50%そこそこにまで下がっている。自民党は金権、派閥、世襲政治などもあって支持を減らし、一方の旧来型革新政党は市民社会に対して魅力的な政策を提起出来ずにいる。選挙制度も小選挙区制がむしろ弊害を大きくし、地方選挙でも都道府県議会議員選挙のように希望が持てない制度になっている。

鍵となっているのが1980年代の「第2臨調」、そして2000年代の「聖域なき小泉構造改革」で、これにより「革新」政党や労働運動が大きく変容し、弱体化した。

 在野でも市民社会運動の衰退が顕著だ。美濃部都知事や長洲神奈川県知事など1970年~80年代の「革新自治体」時代には、政策形成に多くの研究者や市民分野の専門家などが関与していた。まさに今の韓国のように。しかし、第二臨調と文部政策で学校教育、社会教育が空洞化されるなど、今の惨状になっている。

 市民社会運動も個別分野で「深掘り」こそすれ、社会的影響力を行使し得るネットワーク型運動が極めて不十分だ。例えば個別分野で国会議員へのロビー活動や院内集会などは頻繁に行われている。それはそれで必要だが、前号で紹介した「韓国非常行動は127団体、189人の専門家と活動家が市民の要求を分析し、『社会大改革に向けての課題』」としてまとめた。「政界と新政権に『みんなのための民主主義』を本格的に求める」「社会大改革課題は、憲政秩序回復、政治・司法改革、経済・暮らし、性平等、気候危機、ケアワーク、労働、言論の自由、教育・少年、食糧主権など12分野で、法制定・改正、政策転換など118項目(関連細部課題424項目)を提案」したが、日本でこういう動きは見られない。

 まずは、市民社会と政治との距離を縮め、市民が政治の真ん中に座れるような社会運動が求められている。野党の再編も必須だろう。自民補完や右派政党でなく、立憲主義と市民民主主義とを両軸にしてだ。何をしていくか。

<6月3日、日韓をオンラインで繋いで開票トークイベント開催>

<集会では歌手や詩人、それに一般の参加者が登壇し、政治家はほんの一部>

第1回 尹錫悦大統領の罷免と韓国市民民主主義

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