本の紹介『ルポ 軍事優先社会--暮らしの中の「戦争準備」』

本の紹介『ルポ 軍事優先社会--暮らしの中の「戦争準備」』

吉田敏浩著、岩波新書、2025年2月刊行、定価:本体960円+税

 2025年度の予算案が異例の再修正を経て3月31日、年度内にギリギリで可決成立した。政府予算案が修正されたのは29年ぶりという。少数与党という国会情勢で、103万円の年収の壁、教育費無償化、高額療養費制度などの課題が、野党各党の思惑の中、石破首相の「迷走?」もあって、さまざまに議論された結果である。

 しかし防衛費予算については、野党からの際立った追求はなく、ほとんど議論はなされなかった。予算総額が前年比1.4%増である中で、防衛費は9.4%増と突出しているにもかかわらずである。これは、「安保3文書」が閣議決定された2022年12月以降、つまり2023年度予算から続く流れである。「安保3文書」では、「国家安全保障戦略」で敵基地攻撃能力の保有などこれまでの専守防衛をかなぐり捨た防衛方針掲げられ、「防衛力整備計画」で今後(2023年以降)の5年間で43兆円の防衛費を確保する、など「防衛力の抜本的強化」が謳われた。それから3年目の今年度予算は8.7兆円。そこに武器購買のローン支払いである後年度負担やこの間状態となった補正予算での積み増しを勘案すれば、防衛費総額は17兆円を超えるとも言われている。

 この3年間の軍事費の「拡大」がいかに突出したものであるかは、かつての大日本帝国が、陸軍の陰謀(自作自演)によって始めた「満州事変」(1931年)からの3年間の軍事費の拡大が1.4倍であったの比べ、今次の軍事費の伸びがそれを上回る1.6倍であることを見れば明らかである。

 突出する軍事予算の拡大と、国会での議論の不在。さらに世論のほぼ沈黙。こうした異常な状況に、私たちはいるのである。

 本書は、この巨額予算を背景に急速に進めれている軍拡=「戦争準備」が暮らしの中に生み出しつつある「軍事優先社会」の実態を明らかにしつつ、同時に、そうした「軍事優先社会」に対して、地域や生活の現場で抵抗する人々の活動を紹介するルポルタージュである。

 本書にはさまざまな「軍事優先社会」の現実とそれへの対抗・抵抗の動きが記されているので、各章ごとにその極一部を紹介する。

 第1章「地域が戦争の拠点になる」では、全国各地で急速に拡張・増設が進められている弾薬庫や西南諸島(琉球弧)を中心に進むミサイル基地建設の実態が紹介される。

 「安保3文書」でうたう「継戦能力の重視」は、当然、弾薬の備蓄の上増しを求めるし、敵基地攻撃力の整備は、長距離ミサイルの導入とその保管を必然化する。

 弾薬庫は、既存の1400棟に加えて、今後10年間で130棟の増設が予定されているという。その中で、2023年度予算では、真っ先に大分分屯地への建設に向けて45億円の予算がついた。大分分分屯地(通称、敷戸弾薬庫)は、「交通量の多い国道10号線沿いの、敷戸団地など住宅密集地の真ん中に残る丘陵」で、「付近には保育所、幼稚園、小中学校、大学、病院、介護施設、商業施設もあり、近隣の小学校区にだけでも約二万世帯四万人が暮らす」(p.2)という。大分分屯地から直線でわずか25キロしか離れていない陸自湯布院駐屯地に、ロケット中隊やミサイル連隊を配備する計画があり、「大量のミサイルが大分分屯地の弾薬庫に保管される違いない」(p.8)、という情勢の中で、地元では2023年8月に、弾薬庫増設に反対する住民が結集し「大分敷戸ミサイル弾薬庫問題を考える市民の会」が結成された。そして、「人口密集地への弾薬庫建設は、国際人道法(ジュネーブ条約)の「軍民分離」原則に反している」と訴えて活動する姿が紹介されている。

 第2章「徴兵制はよみがえるのか」では、多くの自治体が、半ば自主的に、防衛省(自衛隊)に対して、適齢年齢になった若者の氏名と住所のリストを提供している。そしてその名簿を利用して自衛隊は若者にダイレクトメールを送り、リクルート活動を行っているという実態が明らかにされている。2023年度では、全国1741市区町村のうち、1139(65.4%)の市区町村が名簿を提供をしているという。この傾向は2016年から増え始め2022年の61%からさらに増加している。そもそもは自衛隊が、住民基本台帳を閲覧し書き写すことは許されていたが、現在は、自治体が使い勝手のいい整理された名簿を提供しているのである。それでも従来の住民基本台帳の閲覧にとどめている自治体は、23年度で475(前年22年は534)である。

 こうした自衛隊に対する自治体による「特別待遇」にを問題視して、福岡市の市民団体「自衛隊への名簿提供を許さない!実行委員会」などが中心として取り組む「自衛隊名簿提供訴訟」(住民訴訟)などが紹介されている。「自衛隊名簿提供訴訟」は、憲法13条(個人の尊厳)に基づくプライバシー権を主張して、個人情報の「本人の同意のない目的外利用の禁止」(EUではこれが原則とされている)を訴えている(2023年3月福岡地裁、同10月福岡高裁で棄却、最高裁で係争中)。

 また奈良市では、2024年3月に、自衛官募集のダイレクトメールを送られた18歳の高校生自身が原告となって、「本人の同意なしの名簿提供は個人情報保護法、住民基本台帳法、プライバシー権を保障する憲法13条に違反する」として国家賠償を奈良市と国に求め提訴していることも紹介されている(自衛隊名簿提供違憲訴訟)。

 第3章「軍事費の膨張と国民の負担」では、膨張する軍事費が、社会保障費を圧迫する中で提起された、「いのちのとりで裁判」が紹介されている。安倍政権下で進んだ生活保護費の引き下げを問題とした「新生存権裁判」である。

 第4章「主体性なき軍拡、主権なき『軍事大国』化」と第5章「対米従属の象徴・オスプレイ」では、これまでも著者による別の著書でも指摘されてきた、日米安保条約・地位協定・日米合同委員会などによる、日本の米軍への従属構造の実態が報告されている。第5章では、世界中で米軍以外では日本だけが購入している欠陥機オスプレイをめぐって、米国本土ではゆるされていない訓練の日本での実施や、事故後の飛行再開をめぐる全くの米軍追随(言いなり)の防衛省の姿などが暴露されている。

 空自が導入したオスプレイをめぐっては、配備先とされている佐賀空港周辺住民が、「佐賀空港自衛隊駐屯地建設工事差止訴訟」を2023年12月に起こしていること。さらに2024年7月には、佐賀(180人)ほか、福岡・長崎・山口・広島の住民245人が原告となって、「オスプレイ裁判・市民原告訴訟」を提訴したことが紹介されている。原告は、「人格権の侵害」だとの訴えで、人格権とは、憲法13条(個人としての尊重)に基づく生命・自由・幸福追求の権利の総称である。

 第6章「有事体制に組み込まれる自治体」では、「国家安全保障戦略」の示す「総合的な防衛体制の強化の一環」としての、「空港・港湾等の公共インフラの整備や機能を強化する政府横断的な仕組みを創設」しようとする政府の目論見や、実際に、米軍機の民間空港への着陸回数が急増している(2023年、453回)実態も報告している。

 こうした動きに対して、戦後に作られた港湾法により、自衛隊や米軍が使用する際には、今でも自治体の許可が必要となるという事実は変わりはないので、軍事利用への歯止めとして利用できることを指摘している。沖縄の下地島空港の「屋良覚書」や神戸港の「非核神戸方式」などの存在や、そもその港湾管理権によって、自治体が軍事利用(艦船寄港や軍用機の着陸)を拒否できること、拒否した例があることなども紹介している。

 昨年も今年も予算審議の間に、何度か国会周辺(議員会館前)での軍事関連法に反対する行動に参加したが、「先制攻撃容認」「死の商人国家化」など、ことの重大さにくらべて、反対の声は極めて小さかった。そうした経験も、本書の指摘する「軍事優先社会」を実感するものであった。

 そうした中では、本書が、「軍事優先社会」の実態暴露だけでなく、それに抗する人々の各地での取り組みの紹介が、中心の主題として書かれていることは、本当に励みになった。ぜひ一読してほしい。

[補足]

 最後に付け足し。辺野古の基地建設を受注している企業(ゼネコンなど)に抗議する活動(Stop!辺野古埋め立てキャンペーン)を10年続けている中で知ることになった、「進行する軍事優先社会」について紹介したい。それは、建設会社・土建会社の軍需産業化の進展である。「安保3文書」にある今後5年間の防衛費43兆円の3分の1強に当たる15兆円が、自体体施設の地下化・強靭化に当てられるという。5年で15兆円というのは均せば年間3兆円になる。公共事業費はこの間、防災対策・国土強靭化などにより6兆円を超える水準で維持しているが、建設業界にとっては、さらに+50%の予算が与えられるわけである。

 こうした中で昨年6月に、業界団体が「一般社団法人防衛施設強靱化推進協会」を立ち上げている。会員企業は、建設会社58社(大成、清水、鹿島等大手ゼネコンなど)はじめ設備会社8社、コンサル会社23社、その他33社(鉄鋼、セメント、建材関連企業)。さらに支部会員として158社。その設立趣旨には、「建設事業者がこれまで培ってきた見識や知見を集約し、防衛施設の整備及び維持管理に関し、政府が進めている防衛施設の強靱化を推進することに寄与し、もって、我が国の平和と安全に貢献することを目的として」設立するとある。また、「防衛省との意見交換会について」には「本会において、定款に定めた事業(防衛施設の整備や維持管理等に係るもの)を適確に実施するためには、防衛省側の考えや最新の取り組み状況等に係る理解が不可欠であることから、防衛省との定期的な意見交換会を実施」とあり、2024年には4回の意見交換会を行っている(https://df-kyoujinka.or.jp/)。

 軍需関連の建設・土木の仕事の受注が企業経営(その存続のため)に必要不可欠となっていくことは必死であると思われる。企業(法人)だけでなくそこで働く人々やその家族(建設業の従事者は約500万人。家族を含めれば1000万人以上)も、その生活が軍事(軍需)に取り込まれていっているのだ。いったん取り込まれれば、それ以降は、その体制の維持・拡大の勢力となってしまう(ならざるを得なくなる)だろう。

 まさに「軍事優先社会」が生み出されているのだ。

(梶野宏/反安保実行委員会)

▲防衛省近くのホテルでの「意見交換会」2024年12月2日。

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