渡辺 務『世界インフレの謎』をめぐってーー第13回<経済・財政・金融を読む会」の報告

渡辺 務『世界インフレの謎』をめぐってーー第13回<経済・財政・金融を読む会」の報告

(2023.1.21)平 忠人

 今回の研究会は、渡辺 努『世界インフレの謎』(講談社現代新書、2022年10月)を取り上げ、報告者金子文夫氏、司会大川慧氏、参加者21名(全てオンライン)で行われた。

 今回テーマとして「世界的インフレ」を取り上げた理由としては「日本においても『電気・ガス代』『食料品』の相次ぐ値上がりが家計を直撃しており、さらに『急激な円安』がインフレを加速している。今後、インフレはどうなるのか?」「インフレの問題を通して現代の資本主義の行方を探ってみたい」との主催者側の提案によるものである。

 なお、参考文献として取り上げた、渡辺 努『物価とは何か』(講談社選書メチエ、2022年1月)の内容について、冒頭に報告者から解説がなされた。

 今回テキスト「世界インフレの謎」についての報告は、34ページにわたる力作パワーポイントに基づいて、「現在の世界のインフレの性格、原因、影響、対策、展望」を問題提起しながら報告が行われた。

 <報告の概略>

 第1章 世界インフレの原因―大きな誤解と2つの謎

  ・インフレの原因は戦争ではない

  ・真犯人はパンデミック?

  (報告者)石油・食料価格の高騰もインフレ要因ではないか

  ・より大きな、深刻な謎⇒「中央銀行が後手に回る」「フィリップス曲線の異変」

 第2章 ウイルスが世界経済を翻弄

  ・何が経済被害を生み出すのか

  ・政府の介入は経済に影響しなかった

  (報告者)中国のゼロコロナ政策は経済を失速させたのではないか

  👉そしてインフレがやってきた

  ・予想外のインフレ(米国の事例)

  ・労働者の行動変容消費者の恐怖心は需要を減らし、物価を下げる

         労働者の恐怖心は供給を減らし、物価を上げる

  ・傷跡効果⇒経済は元に戻らず、傷跡が残る

  (報告者)大離職時代は本当か、一時的現象ではないのか

第3章  「後遺症」としての世界インフレ

  ・世界は変わりつつある⇒行動変容

  ・中央銀行はいかにしてインフレを制御できるようになったか⇒物価の核心はインフレ

予想、インフレ制御とはインフレ予想の制御

  ・70年代Fedの考えーインフレ要因はコスト(穀物不作、労組の交渉力、企業の価格

支配力)⇒中央銀行はインフレ制御できない

(報告者)バーンズ議長の認識であって、金融引締めというインフレ対策は存在した

・「サービス経済化」トレンドの反転―消費者の行動変容⇒サービス消費からモノ消費へ

(報告者)サービス消費が減ったためモノ消費の割合が増えただけではないのか

・需要シフトは突然、同期

(報告者)モノの供給不足はコロナからの復旧の遅れが要因ではないか⇒いずれ解消

・もう職場へは戻らないー労働者の行動変容

(報告者)サービス需要が減ったとしても、モノ(食材)需要は同じではないか

・脱グローバル化―企業の行動変容⇒グローバル供給網の寸断、グローバル戦略の見直し

(報告者)2010年から2020年にかけて、世界貿易は1.15倍で横ばいだが、世界投資は

1.93倍に増加、脱グローバル化といえるか

第4章  日本だけが苦しむ「2つの病」

  ・1990年代後半以降の慢性デフレ⇒きっかけは1997年の金融危機

  (報告者)実質賃金は低下したのではないか、賃金で渡辺チャートを作るとどうなるか

  ・なぜデフレは日本に根づいてしまったのか

  (報告者)ゼロインフレの経験と低いインフレ予想、ニワトリと卵の関係か

  ・日本社会に沁みついた「ノルム」

  (報告者)実質賃金下落⇒消費抑制⇒価格据え置きという因果関係ではないか

  ・失敗した「ノルム」の改革(アベノミクスはノルム改革の試み)

異次元緩和→円安→物価への波及→消費者の悲鳴でノルム失敗

 (報告者)消費者のせいにしているが、賃金が上がらなかったことが原因ではないか

第5章  世界はインフレとどう闘うのか

  ・日本版賃金・物価スパイラル⇒名目賃金でも日本は最下位

  👉労働生産性が上がらず、実質賃金が伸びない

 (報告者)生産性上昇に見合って実質賃金を上げなかったのではないか(労働分配率の低下)

  👉名目賃金上昇率もOECD最下位

  ・日本のスパイラルの処方箋

    👉(正統派)需要喚起のために利下げ、マイナス金利の制約があり限界

    👉(異端派)賃金の解凍:2%の賃上げ要求⇒企業の価格転嫁、政府の働きかけが必要

◇引き続き司会者の議事進行にしたがい、論点1~4までの質疑応答が活発に行われた

<論点1>コロナ以前からのインフレ要因

 ・筆者のコロナ主犯説

 ・コロナによる3つの行動変容の評価

 以下、主だった質疑内容

■労働者の「働き方」が変容して、社会そのものが変容してしまったのでは?

■スキルのある人たちは流動的(固定した就職先に拘らない)。

■行動変容は小中高校生まで浸透しており、不登校が増えている。

■行動変容は地域によって違うのでは?

■インフレは世界的傾向といえるか? 中国を入れるとどうなのか?

<論点2>日本型賃金・物価スパイラルの評価

 ・実質賃金の引き上げは実現するか?

以下、主だった質疑内容

■賃上げの要素がないのでは・・

■階層別分析の必要性がある・・

■中小企業は価格転嫁力が弱く、賃上げ予定なしが7割にも及ぶ

ファーストリテイリングは、最大40%の賃上げに応じているが・・

<論点3>インフレをめぐる階級関係

  ・中野剛志の指摘『世界インフレと戦争』⇒インフレは貨幣価値下落であり、金利生活者、 投資家、金融資産家には不利。

借入の多い企業経営者、債務負担者には有利。

   以下、主だった質疑内容

■経済のグローバル化は終わったのか? 終わってはいないが変容してきている。

   ■経済安全保障が強まると、コスト上昇による経済の非効率化が起こる。

■気象変動について漏れてはいないか?

   ■レアメタルはコストアップの要因であり、自動車のEⅤ化と気象変動にも関係する

   ■「脱炭素」化はコストアップにつながるのでは?

   ■少子高齢化との関連は?

   ■「権威主義」が新型コロナ感染で崩壊したのではないか・・

    経済のグローバル化は変わっていないが、政府の経済介入が強まっている。

(私の感想)

著者は、コロナパンデミックによって従来の「経済学」の論拠がなりたたなくなっており、「パンデミック主犯説」をとる。ただし、パンデミック初期段階では「金融機関のグローバルな連鎖破綻も貿易崩壊もなかった」とも指摘する。そして、一般の労働者は「ステイホーム」を命じられなくても、自ら判断して行動変容を起こしたが、その根拠として「情報主犯説」を掲げる。新型コロナをめぐる「ワクチン接種の是非」や海外諸国の(欧米・中国・韓国)感染動向(旅行受入体制)がSNS界を賑わしたのもその表れであろう・・

人間の行動から経済を説明しようとする「行動経済学的要素」をめぐる論議が今次研究会でも一番盛況であったように思える。結局、過去の経験が自然界の脅威(ウイルス・気象変動)に対しては役に立たなかった。中央銀行のインフレ対策にしても、需要過多によるインフレ(ディマンドプルインフレ)の経験ばかりで、供給不足によるインフレ(コストプッシュインフレ)に対しての無力さが証明されてしまったのだ。筆者は「せめて名目賃金と物価が連動して上昇するように日本人のマインドセットを変えよう」と主張するが・・

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