大橋成子
今夏8月、フィリピンや米国への出張が続いた。フィリピンは今年3度目、米国は1年ぶりだったが、それぞれの都市でこれまでに見たこともない光景に出くわした。
増え続ける中国人―不動産・オンラインカジノ・建設工事
マニラ空港国際線の入国審査はいつもより大勢の人でごった返していた。普通の旅行者とは別に、長期滞在できる外国人登録証Iカード専用の窓口がある。通常はビジネス関係や留学生が中心だが、今回、その窓口には中国人の長蛇の列があった。旅行者らしきグループもいれば、労働者らしき集団もいた。たまたま中国便の到着と同じ時間だったかもしれないが、年に何回もフィリピンを訪問していて、これほど大勢の長期滞在ビザ証をもつ中国人たちを空港で見たのは初めてだった。その情景を知人のフィリピン人に伝えると、近年の中国の進出について、いくつもの事例を教えてくれた。
マニラ湾を埋め立て新設された広大な新都市部には、タワーマンション、コールセンター、IT企業、カジノホテルが立ち並び、その数は年々増加している。なかでも、自国で禁止されている中国系カジノは、マニラを中心に各地に建設され、オンラインゲームの相手をするために中国から大量の若者を、2~3か月交代で呼び寄せる仕組みができて久しいという。反米新中国で知られたドゥテルテ前大統領時代に、こうしたカジノ産業を積極的に呼び込んだらしい。現在のマルコスJr政権に代わってからは、政策が変更されたというが、実態はわからない。
昨年、とんでもない事件が起こった。ルソン島バンバン市の元市長アリス・グオは、中国人国籍を偽造し、違法に選挙で当選して、2年間市長の座についていたことが発覚したのだ。彼女は同市に高級別荘地やプールを備えた広大なリゾート施設を増設し、それらの会社の社長の座について、違法オンラインカジノを運営していた。さらに一部の建物は詐欺拠点にもなっており、中国、ベトナム、マレーシア、インドネシア、ルアンダ人など700人以上の人身売買に関与したこともわかった。マネーロンダリングと汚職の罪も加わり、逃亡先のインドネシアから強制送還され、今年11月、フィリピンの裁判所から終身刑を言い渡されたという。常識では考えられない事件が起きていた。
フィリピンで見た中国社会の格差
中国資本による高層ビル建設現場では、これも短期間交代で中国本土から賃金の安い労働者が連れられてくるという。一方、中国の富裕層は、日本と同様、新築マンション(コンドミニアム)を投資目的で購入し、地価はうなぎ上りとのこと。
今回、空港から高速道路で繋がるこの新都市のホテルに泊まった。名物の渋滞もなく、騒音と雑踏に溢れ、庶民がひしめきあって生活する従来のマニラ市街とは全くの別世界だった。ストリートチルドレンも物売りも野良犬もいない人工的な街は、24時間営業のセブン・イレブンやレストランが連なり、欧米資本のコールセンターで、夜中も8時間交代で働くフィリピン人の若者たちに交じって、中国人のビジネスマンたちが闊歩していた。煌びやかな近代都市で、日中は建設現場に駆り出される中国人労働者たちは、夜にはひっそりと姿を消す。彼らは一体この街のどこで寝起きしているのだろうか?
中国社会の格差を、フィリピンで見せつけられた気がした。
ロスアンゼルス:ホームレスの町と「不法移民」取り締まり
ロサンゼルスのダウンタウン。大谷翔平の巨大な壁画があるリトルトーキョーに隣接するスキッド・ロー地区。かつて切り出した木材を滑らせて運搬するための枕木(skid)を敷きつめた道(road)からこの地名となり、そこで働く労働者が生活する町となったが、現在は、ドヤ街や簡易宿泊所街を象徴する場所にもなっている。
アメリカのホームレスの増大は、特にコロナ禍で家賃やローンを払えず家を失った人々も加わり、近年大きな問題になっていることはメディアでも報道されていたが、今回、友人に「絶対窓を開けないで!写真を撮らないで!」ときつく言われて、この地区を車で廻った。
主要な道をわずか5分くらい通り過ぎただけでも、「ここは一体どこ?」と錯覚するほどのショックを受けた。路上まではみ出したテントがどこまでも続き、大量のゴミが散乱し、ゾンビのように背中を丸めた薬物中毒者が歩き回っていた。あの悪名高いフェンタニル(麻薬性鎮痛剤)だ。この薬物が中国製で、カナダ・メキシコを経由してアメリカに流れていることも、トランプ大統領が関税を釣り上げた理由のひとつと報道されていた。スキッド・ローは、温暖な気候に加え、定期的な食糧配給があるので、各地からホームレスが集まってくるという。
環境活動家の友人は、「カリフォルニア州は民主党の強い基盤で、移民政策もホームレス対策も寛容だった。特にバイデン政権時代は、中南米からの移民に大きな扉を開けたが、その後の対策は何も無かった。ホームレスに対しても食糧を与えるだけで放置した。第一次トランプ政権に対抗して、人道的政策をバラまいたが、その先の解決策は皆無だった。私は民主党を支持してきたが、特にバイデン政権の政策にはがっかりした。ロサンゼルスは28年オリンピックの開催地。トランプが、武装した凶悪なICE(移民・税関執行局)を使って移民狩りをするのと同じように、ホームレスたちもいずれ武力で追い出されるだろう。でも一体どこへ追いやるつもりなのか?」
収穫されないまま腐るオレンジやブドウ
カリフォルニアは、アメリカ最大の農業州だ。そこで働く農業労働者のほとんどは中南米を中心にした移民たち。しかし、ICEの急襲を恐れ、労働者は家に閉じこもって農園に出てこなくなったという。収穫できずに腐っていく農産物を前に、なすすべもない白人農園主がテレビで窮状を訴えていた。
「不法移民」という理由で、農園でも街中でもスーパーの前でも、すでに多数の人びとが拘束されている。労働許可証をもち、20年近くアメリカに住んで働いている人たちも強制送還されたという。そのような例はカリフォルニア州に限らない。ICEは労働許可証やアメリカ市民権をもっていようが、肌の色、顔つきでラテン系と認識すると、強制的に逮捕するという。毎日の逮捕者ノルマが課せられており、それに従って手当やボーナスが支給されるらしい。だから「不法」も「合法」も関係なく、しょっ引いていくという。ICEは報復を恐れて覆面をしている。それだけでも恐ろしいのに、いつどこから急襲をかけてくるか分からないため、移民たちの恐怖はただものではないという。
しかしアメリカの歴史を考えてみれば、不思議な話だ。トランプ家だって移民だったし、ネイティブ・アメリカン以外の「アメリカ人」は全員移民だったのだ。
焼きそば・チャーハン・ビールが1万円?!
驚くことはもっとあった。とにかく物価が高い!高すぎる!ロサンゼルスやニューヨークのような大都市は地方に比べると特に高いという。円安の影響もあるが、例えば、500mlのミネラルウォーターが、スーパーで2㌦(約300円)、空港では4.5ドル(700円)。街中の普通のタイレストランに二人で行って、ビール1本、焼きそばとチャーハンを一人前ずつ頼んだだけで、なんと70ドル(10,920円)。マクドナルドに至っては、日本で790円のハンバーガーセットが、ロサンゼルスでは1800円。米国の平均時給は約36ドル(約5,600円)と日本に比べると3倍近く高いが、その分、家賃(ワンベッドルームで15万~25万円)や税金・医療費が半端なく高額だといわれている。
MAGA(アメリカを再び偉大に)を掲げるアメリカは、凄まじい貧富の格差で喘いでいると感じた。今年、失業率は4.4%に達している。
ニューヨークでは民主社会主義を掲げるゾーラン・マムダニが新市長に当選したが、ニューヨークに長年住み日系企業で働く友人は、SNSに流れる支持者たちの意見を紹介しながら、生き難い大都市の事情を語った。
「マムダニが当選したのは、必ずしも彼が民主党員だったからではない。生活環境の悪化に不満をもつ若者や労働者たちから支持を広げた。支持者たちはとにかく彼の公約である、200万人以上の賃貸住宅の値上げ凍結、バスの無料化や保育援助に共鳴した。民主党の偉いさんたちは、オバマ以外ほとんど応援演説に来なかったらしい。ニューヨークの物価状況はロスアンゼルスよりもひどい。市内のワンベッドルームの家賃が平均約3,350ドル(約52万円)と5年間で24%上昇した。」
「夢のカリフォルニア」「アメリカン・ドリーム」は一体どこへ行ってしまったのだろう。
今回は、フィリピンとアメリカにそれぞれ10日間という短期間の出張だったが、滞在中の僅かな自由時間に垣間見た市中の情景や、そこに暮らす友人たちの情報には、驚くことが多すぎて、頭がくらくらした夏でした。