トランプ2.0とグローバル・サウス

トランプ2.0とグローバル・サウス

平川均(国際経済学、アジア経済論)

はじめに
 トランプ第2次政権が引き起こす衝撃は、米国だけに止まらない。世界に衝撃を与え続けている。2024年夏、民主党の正式大統領候補にカマラ・ハリス副大統領(当時)が選出された時、米国の民主主義は大きな可能性を開いたように見えた。幾重にも重なる偏見を、米国が打ち破る可能性である。だが、その挑戦も真逆の結果となり、真逆の政策が続いている。
誕生から4カ月が過ぎたが、第2次トランプ政権の成果は何か。米国の内外を問わず歴史の歯車が1世紀以上も逆回転した感を拭えない。議会無視で大統領令が乱発され、「不法」移民が強制送還され、DEI(多様性・公平性・包括性)も研究教育の自由も否定される。外交では、ならず者国家の誕生である。特権は残されてはいるものの国際法の下で覇権国の米国すら規制を受ける20世紀に到達した国際協調主義的秩序が、公然と否定されている。世界貿易機関(WTO)を機能不全に陥れ、世界保健機構(WHO)からは脱退し、米国際開発庁も解体された。タリフマンを自称して追加関税を一方的に相手国に課し、関税政策を弄んでいる。そして、その非理性的行動は、世界の政治に計り知れない負の影響を及ぼしている。
 発展途上世界に眼を移すと、2点の重要な論点が浮び上る。1点目は、米国と覇権を争う中国である。中国の発展の源泉は1978年の改革開放政策に求められ、その核心は、先進国企業の誘致と輸出主導政策であった。それが今や自立度を高め、米国と同様に中国の地経学的外交手段に転化させている。ロシアのウクライナ軍事侵攻後は、米国への対抗を第一義にロシアとの連携を強め、トランプ相互関税の脅しには、先の貿易戦争の教訓を活かして攻勢に転じる。世界の多極化を必然の流れとして、新たな秩序作りを進めている。
 2点目は、ここでも中国を抜いて語れないが、発展途上諸国の発言力の増大がある。それは、今世紀とりわけ2020年代に入って注目を集める呼称「グローバル・サウス」とBRICSに象徴されている。歴史を振り返ると、1960年代は南北問題の時代があった。だが、発展途上国の多くが1970年代以降、経済開発で停滞色を強め「南」・発展途上諸国は経済援助の対象と見なされるようになった。その同じ地域がグローバル・サウスの呼称をもって蘇った感がある。しかし、それは20世紀の発展途上世界の単なる再現なのか。その異同を探る必要がある。グローバル・サウス概念の確認と活性化、広がりを実態に即して捉える中で、その可能性を探らねばならない。
本稿では、トランプ2.0と、グローバル・サウス及びBRICの活性化、さらにはロシアのウクライナ軍事侵攻とイスラエル・ハマス戦争も踏まえながら、多極化の進む世界の構造的特徴を確認したい。構成は以下の通りである。1.第2次トランプ政権と20世紀協調主義的国際秩序の解体、2.呼称「グローバル・サウス」、BRICSの登場とその後の変容、3.「3つの世界」論と新たな国際秩序の可能性、4.むすびに代えて-国際社会の多極化と新たな国際秩序の展望-。

1. 第2次トランプ政権と20世紀国際秩序の解体
(1) トランプ2.0外交と「プロジェクト1897」
 2020年の米大統領選に勝利したトランプは2025年1月、第2次トランプ政権(トランプ2.0)を発足させた。第1次トランプ政権(トランプ1.0)の最大の学習効果のひとつは、大統領令の乱発を通じたトランプ個人への権力の集中、独裁への限りない希求と言えよう。そしてその政策は、第25代大統領ウィリアム・マッキンリーの政治と重なる。1897年に大統領に就任したマッキンリーは、当時の高関税政策と結び付けられている。同時に彼は大統領に就くとキューバの独立戦争に関わってスペインに宣戦布告し、翌98年12月にその勝利によってスペインの植民地のフィリピン、プエルトリコ、グアムを領有した。米国を帝国主義国に変えた政治家である1。トランプ大統領は自らの就任演説でその彼を「偉大な大統領」と呼び、また、北米最高峰のデナリ山をマッキンリー山に戻すと宣言した。1897年に大統領の名にちなんでマッキンリー山に変えられ、2015年にやっとデナリの名に戻された山が、再びマッキンリー山に変えられた2。メキシコ湾も、米国は偉大なのだ、とアメリカ湾に名称変更もされた。国際的合意はもちろんない。
 トランプは、自らを関税男(Tariff Man)と呼ぶ。大統領就任の翌2月にはカナダとメキシコに25%、中国に10%の追加関税を課す大統領令に署名した。4月には同盟国、非同盟の区別なくほぼすべての対米貿易国に一方的に基本関税10%、相互関税として過去1世紀に類を見ない高率関税を課すと発表した。中国が報復関税を宣言すると、中国へは追加税率を145%にまで引き上げ、中国もそれに合わせて125%の報復関税を課した。ところが翌月の米中協議では一転して90日間の期限付きだが、相互に115%の関税引下げで合意した。関税交渉を求める150カ国のうち18カ国だけが交渉のテーブルに就くが、その他の国は通知を受けることしかできない。トランプ2.0が一方的に生み出す被害、損害、苦痛のほとんどは、交渉力を持たない国と人々にしわ寄せされるに違いない。
ロンドンのエコノミスト誌は、トランプ2.0を1世紀以上前のマッキンリー米大統領にちなんで「プロジェクト1897」と名付けた。トランプ大統領は「(米国の)規範、政治的正義、官僚制、時に法律からの解放を望んで」いるだけでなく、領土拡張の本性がある(The Economist, Jan. 25th, 2025)。彼はカナダを第51番目の州と呼び、パナマには米国籍船舶の運河通航料の無料化を、デンマークにはグリーンランドの買収を、イスラエルとハマスの戦場となったガザ地区はパレスチナの人々の追い出しとリゾート化を構想している。ウクライナ戦争で西側に支援を求めるゼレンスキー首相に対して「カードを持たない」国は希少資源を差し出せ、と露骨に迫る。米国船舶の無料化の要求は今では中東のスエズ運河にまで広がる(NHK World, The Gurdian, 2025.4.27)。マッキンリーは高関税と結び付けられ、また20世紀の米国を帝国主義国に変えた人物である。彼とその体制はトランプ2.0と重なる。トランプのスローガンMAGA(「米国を偉大にする」)は、国内外を問わず脅しと地政学を駆使して世界に触手を伸ばす米国を表す。

(2)トランプの「ディール」と大国外交
 トランプは交渉を「ディール」と呼ぶ。彼の交渉手法を要素分解すると、一方的な脅し・制裁とトップ会談の2つが浮び上る。それらは、トランプ1.0で既に見られた。それがトランプ2.0で全開となった。実際、トランプ1.0の米中貿易戦争でも米中ハイレベル協議による公式の合意が、一方的に破棄された事例がある。一例は2018年5月の「貿易戦争の当面の留保」の合意が月末には破棄された。しかもその2週間前には、中国の習近平主席から直接電話があったからだとして、米商務省が中興通訊(ZTE)に課した同社への制裁解除を指示している。北朝鮮との不法取引を根拠に米商務省が科した同社への制裁は取引の道具でしかない(平川2021; Hirakawa and Maquito 2024)。トランプ2.0では、ウクライナ戦争も米ロのトップ対話が常に模索され、大国のプーチンの側に立って戦争停止が画策された。米中対立でもトップ会談が何度も呼びかけられている。本年5月には、わずか2日前に発表したEUへの50%の相互関税の発効日がフォンデアライエンEU委員長との電話協議で1カ月以上延期されている。彼はロシア、中国、北朝鮮はもちろんイランにもトップ会談を、よりリアルに言えば「ボス交」を呼びかけている(BBC 2025.4.8)。彼は独裁者への憧れ、性向を持つ。
 ところで、ロシアのウクライナ軍事侵攻を、ロシアの奪われた領土の正当な奪還行為であり、米・西側諸国、NATOにこそ問題があるというロシア擁護論も聞かれる。だが、ロシアは米中とともに国連安全保障理事会の常任理事国で、世界平和の維持で特権的な地位を有する国である。その大国が21世紀になって、核使用をちらつかせながら、公然と国境を侵したことの重大さを忘れてはならない。国際刑事裁判所(ICC)が発行したプーチンへの逮捕状、同様にイスラエル・ハマス戦争でジェノサイドを進めるネタニヤフ首相への逮捕状、その発行は偏向のない裁定であろう。米国は、ICCのプーチン逮捕状を支持する一方、他方でネタニヤフ逮捕状にはICC非難と制裁を課した。米国の二重基準を見過ごしてはならない。
 トランプ2.0は、国際協調主義的秩序を公然と破り、トップ会談のディールを好む。最大の被害・犠牲者は、力を持たない非覇権の国々であり人々である。世界は、ルールに基づく平和共存の国際社会を守る意志が試されている。

2. 呼称「グローバル・サウス」、BRICSの登場とその後の変容
(1)グローバル・サウス概念の形成

 2020年代に入って国際関係の分野で「グローバル・サウス」の呼称が、急に注目されるようになった。グローバル・サウスは1969年のC. オグレスビー(C. Oglesby)の造語に遡る(Nicola 2020)。その呼称には、第2次世界大戦後も発展途上世界が依然として不公正な体制の下に置かれているとの意味合いが込められている(平川2024a)。
 1960年代には、第3世界、発展途上国、「南」などの新語が次々と登場した。何れの造語も、20世紀の発展途上世界の民族独立運動の高まりと政治的発言力の高まりの中で生まれた。第3世界は、フランスの人口学者のアルフレッド・ソービーが植民地の解放運動を市民革命期の第3身分(Tiers-Etat)3 に準えて「第3世界」(”Tiers Monde”, The Third World)と呼んだことに始まる。第1世界は西側先進諸国、第2世界は東側社会主義諸国、第3世界はその他の新興独立・発展途上諸国を指した。第3世界が国際社会を変革し、発展に向けて豊かで公正な世界秩序をつくるとの含意があった4 。後発国、低開発国の呼称は、それらが先進国に遅れるとの否定的意味合いを伴うとして、発展途上国の呼称に代えられた。東西冷戦に倣って「南」の呼称も1970年代には一般に使われるようになるが、金とドルの交換が停止され、ニクソン・ショック、石油危機が続き先進諸国が低成長に陥ると、発展途上世界の多くでも停滞感が強まった。「南」は貧困と援助に結び付けられるようになった。1980年、ブラント元西ドイツ首相(Willy Brandt)を長とする委員会が報告書「North-South」(邦訳では「南と北」)を発表すると、その傾向はいっそう強まった。
 では、21世紀の現代になぜグローバル・サウスの呼称が使われ始めたのだろうか。その定義は人により様々であるが、おおよその共通認識はある。ボストン大学のJ. Heine はGoogle Books Ngram Viewerを用いて1950年代~2019年までの英語版文献のグローバル・サウス、第3世界、発展途上国の使用頻度の推移を確認している。それによると、「第3世界」の使用頻度が1960年代以降今日までもっとも一般的であったが、1990年代以降減り始めている。2番目に多い「発展途上国」は1960年代~2000年代を通じて使われてきたものの、今世紀に入って減り始める。対照的にほとんど使われてこなかったのが「グローバル・サウス」であるが、今世紀に入って逆に増え始め、2012年には発展途上国の頻出度を超える。この変化の背景をハインは次のように説明する。第2世界を指す社会主義圏が1990年代初めに消滅し、第3世界の概念的根拠が失われた。発展途上国の呼称も言外に先進国の優位性を抱かせるのに対して、グローバル・サウスはニュートラルに聞こえる5 (Heine 2023)。
大阪大学を拠点とするメディア研究機関グローバル・ニュース・ビュー(GNV)の運営者V. ホーキンス(Virgil Hawkins)は、グローバル・サウスの呼称に対する社会の受容現象が2010年代に始まるとして、その背景を次のように分析する。欧米では「特定の事象が発生したわけではないが、移民・難民問題、世界人口、気候変動、国際貿易、世界でのカトリック教会の問題など、多様な話題」への対応としてメディアがグローバル・サウスを使うようになり、とりわけ2021年のコロナ感染症のワクチン問題でさらに増えた。この時期、学術論文でもこの表記が激増した(Haug 2021)。ホーキンスは、メディアの使用のピークが2020年と21年の国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP26とCOP27)の開催と関連していたことを確認する。ただし、日本のメディアで使い始めるのは23年1月からで、同年5月のG7サミットを控えて岸田首相(当時)が使ってからであった。そのため彼は、「日本のメディアが耳を傾けようとしているのはグローバルサウスの国々や人々の声ではなく、日本首相の声のようだ。」と批判的に書く(ホーキンス 2023)。
インドが2023年1月に「グローバル・サウスの声」サミットをオンライン開催したことも重要だろう。同サミットへは124カ国が参加した。同年11月にも第2回「グローバル・サウスの声」サミットを100カ国超の指導者を集めて開催し、その直後に開催されたCOP28にグローバル・サウスの声が届けられた(平川2025)。
 要するに今世紀に入って、気候変動、難民、人口問題など地球規模で起る貧困や環境災害の頻発、その集中的な被害が「南」の人々を襲い、貧困や被害を受ける人々が北側への責任を問う行動につながった。それを受けて「グローバル・サウス」の呼称が新興国はもちろん欧米メディア、市民運動、アカデミズムなどで使われるようになったのである。
 だが、もうひとつの重要な観点を加えねばならない。20世紀後半以降、アジアNIESに始まる新興・発展途上国の経済発展が、世界経済の重心を欧米からアジア、そしてグローバル・サウスに移っていることである。その事実は新興・発展途上諸国に自信をもたらす。BRICsそしてBRICSの誕生がそれを反映する。もっとも、新興経済の急速な発展は、絶対的貧困はもちろん遅れた地域との格差を広げる。先進経済の内側にも同様に貧困と格差を広げた。グローバル・サウス論はその事態の反映でもある。
視点を変えるとこの時期は、米国、IMF、世界銀行などの援助国と国際開発機関が貧困国に対して経済の自由化と民営化を押し付け、先進国では国内の中間層や貧困層が置き去りにされた時代でもある。新自由主義的経済学はこうした経済のグローバル化を強力に推し進めた。日本で最も早期にグローバル・サウス論を展開したのは松下冽・藤田憲らの研究(松下・藤田2016)と思われるが、彼らの研究もグローバル・サウスを新自由主義と関連付ける。彼らは、新自由主義のグローバリゼーションが自然環境の悪化、世界的な格差拡大、不法移民・難民などの諸問題を生み出したとの認識の下で、それに抵抗する人々の意味合いがグローバル・サウスの呼称に含まれていると理解する。地球温暖化を扱うCOPでのグローバル・サウスの主張には、こうして旧帝国主義時代の、そして今日にも続く不公正な国際秩序への抗議と再編が目指されている。
 2001年、南アのダーバンで開催された国連「レイシズム、人種差別、ゼノフォービア、不寛容に反対する国際会議」はダーバン宣言と行動計画を採択した(UN 2002)。この宣言は、今ではグローバル・サウスの人々が、差別や地球温暖化問題などで賠償正義を訴えて、先進国の責任を問う。グローバル・サウスの呼称には、単なる貧困を超えて、世界的な不公正、貧困、地球温暖化と災害、損害などの公正を求める認識が込められているのである。

(2)グローバル・サウスの外交路線

ところで、グローバル・サウスの圧倒的な国々は、かつて新興独立の発展途上諸国が採ったような非同盟中立路線を採らない。米中対立、ロシア西側対立の中で、両者を批判的、中立的に捉えながら、同時に両者との関係を維持し、実利が求められることが多い。インドはその典型であろう。同国は、米国主導のQuadに参加し、バイデン大統領(当時)がイニシアティブをとったインド太平洋経済枠組み(IPEF)にも参加しながら、ウクライナ侵略を始めたロシアへの制裁には加わらない。ロシアの侵略は批判するが、安価な原油をロシアから輸入している。同様にグローバル・サウスの国々はロシアの軍事侵攻から1年の2023年2月の国連決議では、中国やインドなど35カ国が棄権したが、141カ国の圧倒的多数が即時撤退に賛成票を投じた(平川2025, 2024a)。彼らはロシアを批判しつつ、しかし、西側の制裁には加わらない。彼らは、イスラエルのネタニヤフが進めるガザ侵攻と大量虐殺、それを米国が支える二重基準を見抜き、批判的にみる。
 南アもブラジルも基本的に同じ立場に立つ。南アはネタニヤフを戦争犯罪と人道に対する罪で国際政治裁判所に提訴し、勝訴した国である。トランプ2.0が南アに向ける非難の真因はここにある。トランプ2.0の発足とともに、米国は南アを白人差別、白人虐殺の国として援助を凍結した。同国が議長国であるG20の諸会議へはボイコットを重ねている。本年5月のホワイトハウスで開かれた両国首脳会談では、南アが白人を虐殺していると一方的なラマポーザ大統領への非難があった。ところがその会談で示された白人迫害の証拠写真は、南アとは無関係のものであった。冷静なラマポーザ大統領の態度は、現代のグローバル・サウスがグローバル・ノースの抑圧に対して強い信念を秘めて耐える姿である。それは単純に実利に還元できない。経済的利益と共に、世界の多数派を意識して公正な社会を未来に求めるグローバル・サウス路線の追求と言えるだろう。

(3)BRICsの誕生とその発展

 21世紀元年、ゴールドマン・サックスのJ. オニール(Jim O‘Neill)は、ブラジル、ロシア、インド、中国4カ国の頭文字から造語BRICsを作った。彼の論点は、2000年時点で上記4国のPPPベースのGDP合計が既に世界の4分の1に近づいており、現行ドルベースでも中国は既にイタリアを超えている。向こう10年でBRICs、特に中国は世界経済に大きなインパクトを与える。世界の政策決定のフォーラムは、BRIC諸国をその制度に加えるべきだというものであった。2003年には彼の部下たちによるBRICs経済のシミュレーション論文が発表され、造語BRICsは急速に世界に広まった(O‘Neill 2001、Wilson and Purushothaman 2003)。
 この造語が実態を伴う協議体となったのは、2009年である。同年6月に第1回BRICsサミットがロシアのエカテリンブルグで開催された。4国の最初の集まりは2006年のニューヨークの国連総会の折で、ロシアの呼びかけでロシア、ブラジル、中国の外相が、インドの国防相が非公式に集まった。2008年5月のロシア・エカテリンブルグでの4カ国の外相会議を経て、その2か月後の7月にG8東京サミットに合わせて公式会合が持たれた。こうして翌年に第1回BRICsサミットが実現した。2011年からは南アフリカ(以後、南ア)が加わり、BRICSサミットとなった(History of BRICS, Joint website of the Ministry of the Foreign Affairs of the BRICS Member States)。設立の目的は世界のGDP(PPP)の約27%、人口の42%、面積で26%になるBRICs4カ国が開発資金、通貨、貿易、投資、技術などで総合的な対話と協力を促進し、もって経済を発展させ、国際的発言力を高めることであった。以後、BRICSサミットは毎年開催されている。
新たなステップは、南アフリカでのBRICSサミットに始まる。BRICSメンバーの拡大の機運は、2022年6月の中国主催の第14回BRICSサミット(オンライン)に始まり、翌23年8月のヨハネスブルクの第15回BRICSサミットで具体化した。開催国の南アは全アフリカの54カ国を含んで70カ国のグローバル・サウスの首脳に招待状を送り(City Press, South Africa, July 21, 2023)、参加希望国は40カ国を超えた(ABC News Australia, Aug.24, 2023)。このサミットで新規加盟の候補国として6カ国(アルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、UAE)が承認された。その後、アルゼンチンは加盟を取消し、サウジアラビアは留保したが、2024年1月に他の4カ国の加盟が確定した。同年10月のロシアのカザンでの第16回BRICSサミットが初の拡大BRICS(BRICS +)となった。カザン・サミットではパートナー国制度が設けられ、新たに13カ国(インドネシア、タイ、ベトナム、マレーシア、ウズベキスタン、カザフスタン、ベラルーシ、トルコ、アルジェリア、ナイジェリア、ウガンダ、ボリビア、キューバ)がパートナーとなった(石川2024)。ただし、インドネシアは2025年1月にフルメンバーとなり、本年7月の第17回BRICSリオデジャネイロ・サミットから加盟国として参加する。なお、図1はBRICsからBRICS+への拡大をまとめたものである。

注:*サウジアラビアはBRICSの公式サイトでは加盟国であるが、2024年1月、2025年1月段階で参加を留保。25年4月の外相会議へは外相が出席しているが、5月段階でもその最終的立場は不確定のままである。
出所:Planalto, Official BRICS 2025 website launched in Feb.11, 2025. * Saudi Gazette (2025) Al-Khereiji at BRICS: Saudi Arabia a reliable and neutral partner in endeavors for de-escalating tensions, April 30, 2025.


 では、協議体BRICSの誕生とその拡大をどう捉えるか。加盟国を選ぶ側も選ばれる側ももちろんそれぞれに思惑がある。そもそもBRICSの原加盟国も共通性は経済構造や政策ではない。それはグローバル経済との関連性の中にあり、大きな人口規模と順調な成長率である。過去半世紀超のアジア経済の発展をみることでそれが分かる。
 NIESの発展は先進国企業の直接投資を受入れ、技術を輸入し、製品を輸出する輸出主導型工業化であった。こうして1980年代には東アジア域内市場を生み出し、次いで人口規模と結びついて将来的な市場の魅力を高め、更なる資本流入を誘った。この国際的メカニズムがBRICsを生み出したのである 6。造語者のオニールが指摘したように、これらの国は今や世界経済で影響力を増す新興勢力となった。BRICS+(プラス)はそうした国々の拡大であり、経済面では相互協力、南南協力を通じて一層の発展を期す。外交面では国際秩序の再編の可能性を高める。
BRICSの拡大派は、ロシアと中国であった。ロシアのウクライナ軍事侵攻は2022年2月に始まる。西側諸国からの金融・経済制裁はロシアにその打開に向かわせた。この時期、中国も米中対立の先鋭化の中で、また抑え込んだはずのコロナ感染症対策による経済の停滞もあり、国内外の双方から西側との対抗戦略が求められていた。中国とロシアは米国、G7への対抗軸をBRICS+に求めたのである。
 イランはBRICSの新規加盟国、ベラルーシはパートナー国となったが、ベラルーシはロシアの同盟国である。2023年7月には上海協力機構(SCO)への加盟手続きが始まっている。他方、イランは同じ23年7月にSCOの加盟国になり、次いでBRICSの加盟が続いた。2018年のイラン核合意からのトランプ大統領の一方的離脱で対立が深まるが、ロシアと中国だけでなくインドも支持できる。インドは、一帯一路(BRI)には参加しておらず、代わりに中央アジア諸国、ロシアとのインフラ投資計画がある。それは対立するパキスタンを迂回しイランのチャバハール港につながる。同港はインドの融資で建設された(平川2017)。
 インドと中国の関連ではパキスタンについても確認しておこう。中国はBRIの旗艦プロジェクトとして中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の建設を進めるが、それはインドが両国と領有権を争うカシミール地方を通る。インドとパキスタンは建国時から対立が続く。それでも中国とロシアは2017年に国境問題を抱えるインドとパキスタンを同時加盟の形でSCOに加えた(平川2017)。パキスタンのBRICS参加も同様に可能と考えたかもしれない。だがインドにすれば、パキスタンのBRICS参加は、BRICSの中国色を強めるだけのものとなる。エルドアン大統領がBRICS加盟を目指したトルコも、パキスタンとの緊密な関係を懸念してインドが反対した。トルコは結局、パートナー国扱いとなった(duvaR.english 2024他)。トルコの加盟では、ウイグル問題への懸念から中国も慎重であったとの指摘もある。2025年5月現在、トルコのBRICS参加は未定である。
 サウジアラビアは中東の石油大国として当初からBRICS加盟が受け入れられ、2024年1月には公式に加盟国とされた。ところが、サウジアラビアの立ち位置は未だに不確定なままである。同国の最大の輸出先は中国だが、安全保障、投資、技術などで米国との関係が深い。同国は、BRICSと米国の間で現在まで揺れ動いているのである。本年4月のBRICS外相会議に参加した同国外務副大臣は、サウジは国際社会の中立的パートナーであるので、BRICSが反米・反西側ブロックでないことが参加の条件だと述べている(Saudi Gazette 2025)。実際、その1カ月後にはサウジアラビア訪問したトランプ大統領に多額の対米投資を約束した7 。インドはもちろんエジプトやUAEも、米・西側排除ではない。
 BRICSの拡大では、ASEANからも半数を超える国が参加に動いた。既述のように2025年現在、インドネシアは加盟国、タイ、マレーシアはパートナー国の地位を確定させている。ベトナムは最終決定を留保し、トランプとBRICSの間のリスクを見定めようとしている。ラオス、ミャンマー、カンボジアも参加の希望があるが、これにはロシアの積極的な働きかけがある。ロシアは2024年のBRICSサミット主催国であった。ロシアにすれば、盛大なBRICSサミットの開催は西側の制裁の実効性が無いことを示すものとなる。インドネシアは、かつて非同盟運動の指導国であった。しかも東南アジアの成長する大国である。原加盟国からすれば、BRICS+の経済的意義に加えて、グローバル・サウスの歴史的正統性のナラティブを添えられるだろう8 。BRICSの拡大はBRICS加盟国内のイニシアティブの争奪の側面がある。インドや南ア、ブラジルなどは米主導の国際秩序の再編ではあっても、ロシアと中国などのドラスティックな改革を求めていない。インドネシアやサウジアラビア、タイ、マレーシアなどがバッファーの役割を果たし、それがBRICSの将来を決定すると言えるかもしれない。
 ところで、多数のグローバル・サウスの国々がBRICSに傾くのは、産業インフラ開発資金へのアクセスの期待と貿易の拡大である。自国通貨での対外貿易決済制度への期待は大きい。イランの首相は、SCO加盟の実現で次のメリットを挙げていた。「加盟国間の貿易、金融取引で各国通貨の使用を拡大(できる)」と(JETROビジネス短信、2023年7月5日)。ブラジルのルラ大統領が2023年に打ち出したBRICS共通通貨構想は世界に一気に広がったが、脱ドル化は第15回BRICSサミット以降、重要な検討議題であった。24年の第16回サミットでは参加国間でBRICS Payと呼ばれる決済制度が話し合われた。それは、ドルの国際決済制度SWIFTに影響するものである。ここにトランプの反BRICS感情を高める根拠がある9
 いずれにせよ、グローバル・サウスのBRICS参加では、経済的メリットが期待されている。また、BRICS+は直接的に米・西側との対抗軸にはならず、参加国間の対立が激化し分裂もあり得る(Acemoglu 2023, Nye 2023, Nye 2025)。しかし、トランプの脅しが米国との関係で様々な立ち位置を採らせるにしても、トランプ2.0の相互関税措置を含む一方的な脅しと要求は、経済的にも政治的にもトランプ・ヘッジの模索となる。BRICS+はその結集軸のひとつとなる。

3.「3つの世界」論と新たな国際秩序の可能性
(1)「グローバル・イースト」認識の生成と展開
 1991年のソビエト連邦の解体は、人々の世界認識に大きな影響を与えた。東西の冷戦構造が消え、社会主義圏の国々は移行経済と呼ばれることになった。世界認識では、先進経済と新興経済・発展途上国、地理的認識ではグローバル・ノースとグローバル・サウスの2分法的認識が広がった。経済では新自由主義的グローバリゼーションが世界を覆い、旧社会主義圏はグローバル化に組み込まれ、世界認識においては忘れられた存在となった。だが、今世紀に入ると旧社会主義圏の国家や社会を上記の2分法では捉えられない、との認識が広がる(Müller 2018、Piacentini and Slade 2023)。
 ロシアによる2014年のクリミヤ併合以降、とりわけ2022年のウクライナ軍事侵攻を契機に、旧社会主義圏内はもちろん外部世界からも、この地域の現実に即した研究の必要性が認識され、事実その社会が経済的にも政治、歴史、文化的にも独自の特徴を持つ点に注目が集まった。社会学者のIvan Kislenkoは、そうした旧社会主義圏を地政学的語法としての「グローバル・イースト」で措定する。彼は、ポーランドから主張する。グローバル・イーストとはポスト・ソビエト世界、ポスト・社会主義世界であり、ロシアはグローバル・ノースの欧・米世界への従属的帝国(subaltern empire)であると、ポーランドから主張する(Kislenko 2023)。中国社会科学院の柳豊華(Liu Fenghua)は、2014年のクリミヤ併合以降、ロシアで「東方転換」(Turn to the East)政策が始まり、ウクライナ軍事侵攻以降、中国を重視したアジア、アフリカ、ラテンアメリカへの東方転換政策が本格的に展開されるようになったと分析する(Liu 2023)。プリンストン大学のアイケンベリー(G. John Ikenberry)は、グローバル・ウエスト、グローバル・イースト、グローバル・サウスの「3つの世界」がグローバルな秩序を競争する時代が訪れたとの認識を示す。国別地理的区分では、グローバル・ウエストに米国、ヨーロッパ、グローバル・イーストに中国とロシア、グローバル・サウスにインド、ブラジル、その他の非西側発展途上国が入れられる。そして、ウクライナ戦争はグローバル・ウエストにとって、第2次大戦後の「ポスト米国・ポスト西側国際秩序」、自由と民主主義を守る戦いであるのに対して、ロシアにとってはNATOと米国の覇権に対する闘いであり、ロシアと中国の連携は「ポスト米国・ポスト西側の世界秩序」の建設の戦いになっている。米国にとっての悪夢は、グローバル・イーストとグローバル・サウスの同盟であり、中国の悪夢はグローバル・ウエストとグローバル・サウスの同盟だという(Ikenberry 2024)。

(2)フィンランド大統領 A.ストゥブの「3つの世界」論
 ノルウェーの大統領アレクサンデル・ストゥブ(Alexander Stubb)もグローバル・イーストを加えた3つの世界論を提唱している。ちなみに、フィンランドとスウェーデンはロシアのウクライナ軍事侵攻が始まると、中立主義の歴史10 に終止符を打ちNATOに加盟した。ヨーロッパの「小国」にロシアのウクライナ軍事侵攻が与えた衝撃がいかに大きかったか。ロシアのウクライナ侵攻は、彼らに20世紀の過酷な歴史を再び思い起こさせた。
 ストゥブは、第2次世界大戦後の時代を3区分する。第1期は大戦後~1989年で、米・ソ超大国による冷戦時代、第2期は1989年~2022年で、ベルリンの壁が崩壊し人々が一時的に「歴史の終わり」11を信じた超大国米国一極の時代である。この時代は2001年の9.11米国同時多発テロ、2008年の世界金融危機、2015年のヨーロッパ難民危機を経てロシアのウクライナ軍事侵攻で終わりを告げる。第3期は2022年~現代で、米、カナダ、EU、韓国、日本、オーストラリア、ニュージーランドなどからなるグローバル・ウエスト、中国、ロシア、イランなどのグローバル・イースト、インド、サウジアラビア、ナイジェリア、南アフリカ、ブラジル、トルコなどのグローバル・サウスの3つの勢力がそれぞれに新しい秩序を求めて競争、対立、協力(competition, conflict, and cooperation)する多極化の世界であり、そこでは米中の覇権争いが進行している。また、この多極化の世界でグローバル・サウスは、民主主義か権威主義かの選択でなく、自らの道を創り出そうとする勢力として立ち現れている。大国の恣意的な支配を排し、ルールに基づく世界はグローバル・サウスとの協力を通じて実現できる、その協力は民主主義や人権のような価値がベースとなるが、その連携は政治制度やイデオロギーを超えるものであり、「価値に基づくリアリズム」(values-based realism)の協力であるという。国連など国際機関のシステム改革の重要性が指摘され、グローバル・サウスとの連携・協力に期待が寄せられる(Helsinki Times, May 31, 2024, Press Release, President of the Republic of Finland, Sep. 20, 2024. May 14, 2025, Jan. 24, 2025, LSE News, April 3, 2025, etc)。
実際、3つの世界はそれぞれ共通のイデオロギーや政治制度がある訳ではない。グローバル・イーストの大国である中ロと「プロジェクト1897」のトランプ2.0とは政治制度は違っても、統治での違いは今のところ実質的にない。スカンジナビアの非覇権国からすれば、強権的・権威主義的国家が容易に国境を越える世界は危険極まりない。ヨーロッパだけでなくアジアでもグローバル・サウスでも、非覇権国には公正な「ルールに基づく国際秩序」が絶対的な意味で重要である。

(3)新冷戦と「ヤルタ2.0」
 2010年代後半、トランプ1.0が誕生して、米中貿易戦争が始まった。新型コロナ感染症パンデミックは両国の対立をいっそう先鋭化させ、「新冷戦」の言葉が頻繁に聞かれるようになった。経済面では、米中対立はグローバリゼーションの創り上げたサプライチェーンを分断し、デカップリングをもたらした。ウクライナ戦争はロシアをグローバル・イーストのひとつの極であることを確認させたが、国力からみれば、米国に真に挑戦するのは中国である。それが「新冷戦」を形作る。この対立はトランプ政権の誕生によって、自由主義と社会主義のイデオロギーの対立でも民主主義と権威主義の政治システムの対立でもない異質のものにした。
 トランプの資質は独裁的指導者への憧れであり、米国は既に民主主義の機能不全を露呈している。トランプ2.0の米国は「プロジェクト1897」の帝国主義国と規定する方が本質を捉えられるだろう。外交では大国間のトップ交渉が希求される。そうすると、3つの大国、米ロ中による世界統治のシナリオが現実味を増す。日経新聞編集委員の中沢克二はウクライナ戦争の停戦の在り方が、今後の世界のガバナンスを決めるだろうとして、それを「ヤルタ2.0」と呼ぶ(日経 2025.2.19)。ヤルタは1942年2月に英米ソの指導者のチャーチル首相、ルーズベルト大統領、スターリン首相による3者会談が行われた地であり、偶然にもウクライナがロシアに一方的に奪われたクリミヤ半島に位置する。会談ではファシズムとの勝利後の国際秩序が話し合われ、国連の創設が決まった。ヤルタ会談は大戦後の国際協調主義に向けた意義ある会談であったが、そこではドイツの分割統治も決められた。
 ウクライナ戦争をトランプ大統領、プーチン首相、習国家主席が終結できれば、今後の世界の統治構造が決まる可能性が確かにある。だが今度は「強権で知られる3人の指導者」による世界統治である(日経 2025.2.19)。ウクライナ戦争の終結は今のところトランプの思い通りには進んでいないが、トランプ・プーチン会談が当事国の頭越しで行われ、しかも本年5月のホワイトハウスでのトランプ・ゼレンスキー会談では、「カードを持たない」ウクライナは自国資源を差し出せ、との公然の脅しがトランプによってなされたことは記憶に新しい。ヤルタ2.0は民主主義が排除され、また小国の運命を大国が決める世界だろう。
 ストゥブは、ヨーロッパ諸国とプーチン間の交渉について「我々はトップレベルの接触を単独ですべきではない」、ヨーロッパの3E(英、仏、独)を通じて行わねばならないという(The Guardian, May 18, 2025)。当事国の主権がないがしろにされる交渉枠組みは、作られてはならない。大国の横暴と搾取に対抗できる国際的枠組みが求められている。そのためにはグローバル・サウスとグローバル・ウエストの連携、協力は、必ずしも民主主義の政治システムに限られない。イデオロギーとシステムを超える公正なルールを順守する国と人々の連携である。トランプ2.0の誕生は、3つの世界論に修正を求めているように思われる。

(4)もうひとつの「3つの世界」論とグローバル・サウス
 プーチンのロシアとトランプの米国は、強権的な帝国主義的性格が色濃い。そこに「中国の特色のある社会主義」が加わる。その世界構造をどう理解したらよいか。この点で注目されるのは、中ソ論争を契機に1970年代に提起された中国独自の「3つの世界論」である。中国の「3つの世界」論は、新国際経済秩序樹立宣言が採択された1974年の国連資源特別総会で発表された。米国とソ連の2つの超大国を第1世界、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの新興独立国や発展途上諸国を第3世界、その中間にある西欧、日本などの発達した資本主義国を第2世界とした。そして中国が属する第3世界が、第1世界と第2世界の間の矛盾を利用して第2世界の国々と統一戦線を組み、第1世界の覇権国家を打ち破るというものであった(坂本 1976; 西川1993)。
 ウクライナ戦争のロシアとトランプ2.0をみると、現在の米ロの立ち位置は1970年代の中国の唱えた第1世界に近い。米ロが第1世界、インドを筆頭とするグローバル・サウスの国々が第3世界である。中間の第2世界にはEU、北欧諸国、日本、韓国、オーストラリア、カナダなどが入る。ただし、1970年代の中国の「3つの世界」論の構造は現代のそれとは大きな違いがある。
 (a) 以前の米国は民主主義国であったが、トランプ政権の誕生で権威主義的帝国主義国家に変質しつつある。(b) ソ連は超大国であったが、現在のロシアは巨大な軍事大国ではあっても、経済は2流の国家に転落している。逆に、かつての貧しい中国が経済的にも軍事的にも大国となっている。(c) 以前の中国の最大の敵対国はソ連修正主義であったが、現在の最大の敵対国は権威主義的なトランプ政権である。米中間で新冷戦構造が生まれ、中国はロシアと「上限の無い」パートナーシップ協定を結んでいる。(d) かつての「南」あるいは第3世界は新興独立で非同盟政策を採った政治勢力であったが、現在のグローバル・サウスは一定の経済力をもって全方位外交を展開する。それは経済的な実利を得つつと同時に、正義とモラルを主張する政治勢力であり、経済勢力である。
 こうしてグローバル・サウス、第3世界の国々に属するインド、ブラジル、南ア、ASEAN諸国や、EU諸国や日本、韓国、カナダ、そしてなどの第2世界から見ると、中国はロシアと共にグローバル・イーストあるいは「第1世界」の国になる。
 実際、ストゥブは2024年10月の北京で行われた習近平主席との会談で、北朝鮮軍のモスクワ派遣への危機感、NATOの韓国や日本のパートナー化への違和感を伝えると同時に、「中国がロシアを支援すればするほど、ヨーロッパとの関係、特にEUとの関係は難しくなる」、中国のロシア支援とロシアとの「無制限」のパートナーシップ協定の締結はバルト諸国との関係を緊張させている、と率直に彼の意見を伝えている(The Straits Times, Oct. 29, 2024)。ストゥブは本年3月、フロリダでトランプとゴルフ外交をしているが、その折の会話でも、「ロシアはもはや大国ではない。イタリアより小さく、スペインより僅かに大きいだけだ」、ロシア経済は停滞しており「もはや大国と見ることはできない」と伝えたことを明かしている 12(The Guardian, May 18, 2025)。彼の両首脳へのメッセージは、米・中両国がヤルタ2.0の選択でなく、第2世界、第3世界との連携に向かうことを求めるものだったと理解できる。
 この5月、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ会議)に出席したヘグセス米国務長官は、中国の脅威は差し迫っており、中国、ロシア、北朝鮮が連動して世界の脅威になっているとしてインド太平洋の同盟国に防衛費の増額を求めた。この講演には当然、中国は強く抗議した(Reuters, 2025.5.30, 日経、2025.5.31, 2025.6.1)。同会議で基調講演をしたフランスのマクロン首相は、フランスとインド太平洋諸国の同盟を訴えた。彼の主張を要約すれば、インド太平洋地域は現在、米中新冷戦構造の下にあり、70年前のバンドン会議で謳った非同盟中立主義の時代は過ぎ去っている。この地域が幾つかの国による「威圧の地帯」(spheres of coercion)にならないために同地域の国々との同盟が必要である、となるだろう。ちなみに、ドイツのメディアDWは、「幾つかの国」とはベールに包んだ言い方であって、中国とロシアを指すと解説する(Reuters, May 30, 2025, France 24, May 30, 2025, DW, May 30, 2025)。現在の3つの世界は、3つ巴の対立と牽制が行われ、その中で、1970年代の中国の唱えた第2世界と第3世界の連携が模索され始めている。日本外交でもASEAN重視の論調が増えている。
 ところで、中国の現在の第3世界政策は1991年から始まる。これまで「G77+中国」の表記法を使い南サミットの開催を支援してきた。グローバル・サウスの呼称が初めて使われたのは2023年7月でそれ以降、中国は「グローバル・サウスの構成員である」との立場を取っている(川島2023、平川2025、Xinhua, Nov. 11, 2025)。そのため、ストゥブやアイケンベリーの「3つの世界論」とは相容れないものとなる。
 復旦大学のザオ・ミンハオはストゥブのグローバル・イースト論は中国をグローバル・サウスから引き離す代表例だと批判する(Zhao, 2023)。これに対して、同じ大学のSun DegangとYang Yingqiは、東西認識の歴史的変化を辿りながら、中国はグローバル・イーストに属するが、中国の「グローバル・イースト」概念はロシアやヨーロッパのものとは異なる独自の地域社会概念だとする。彼らによれば、「グローバル・イースト」とは地理的には東アジアの5地域、西アジア、南アジア、北アジア、中央アジアからなるパン・アジアあるいは大アジアであり、日本、韓国、UAE、カタールのような先進経済と中央アジアと南アジアのような発展途上経済を含んでいる。この地域の政治制度や文化は様々であるが、「グローバル・ウエスト」は個人主義、自由と民主主義によって、「グローバル・イースト」は集団主義、秩序、正義によって定義される。また、米国は「分断と支配」戦略を、中国は「統合」戦略を採る。中国は、新時代の大周辺戦略(Greater Periphery Diplomacy)を採り、一帯一路はその経済的政治的に統合戦略を支えるという。結論として、中国の悪夢をグローバル・ウエストとグローバル・サウスの連携だというアイケンベリーに対して、中国は「グローバル・サウス」と「グローバル・イースト」両方の構成員で、中国の発展途上世界外交は「グローバル・サウス」と「グローバル・イースト」の「2つの翼」(the “two wings”)で、2つの連携が主要戦略だという(Sun and Yang 2024)。
中国にとってBRICSの拡大は「グローバル・サウス」の連携戦略であり、米対抗政策の強化である。実際、トランプ2.0は脅しを通じて、一方ではBRICSへの参加を躊躇させる国々を生むが、他方ではインド、南ア、ブラジルなどのグローバル・サウスの国々に米国ヘッジの決意を強いる。たとえBRICS内部に路線の違いがあったとしても、である。
 大国に挟まれた国々や人々にとって「ルールに基づく国際秩序」は絶対的に必要である。1970年代の中国が唱えた「3つの世界」論に近い路線が追求されるだろう。「第3世界」と「第2世界」の国々や人々が実利と共に、より普遍的な「価値に基づく連携」、さらに言えば「モラルに基づく連携」を追求させるだろう。トランプ2.0が、世界的なレベルで、第3世界と第2世界、グローバル・サウスとグローバル・ウエストを連携に向かわせるのである。

1. むすびに代えて-国際社会の多極化と新たな国際秩序の展望-
 多極化する世界をどう展望するか。覇権国と非覇権国とでは抱く世界観が異なる。そのどちらが勝るかは現時点では分からない。当面は混沌が続くにしても、中長期的には4つのシナリオがありそうである。
 ひとつは、トランプ2.0が追求するヤルタ2.0の世界体制である。それは「プロジェクト1897」の米国の体制、つまり3つの大国のトップ会談、談合優先の世界である。ロシアの国力の低下によって、実態は米中の新冷戦体制の中でのヤルタ2.0の出現だろう。
もうひとつは、グローバル・サウスが目指す世界、またフィンランドのストゥブなどが目指すグローバル・ウエストとグローバル・サウスの協力の世界で、人権や民主的な国々が中心になるが、政治制度を超えて自らの国や民族、人々の価値を守る決意する国々による連携で、そこでは公正な「ルールに基づく国際秩序」が軸となろう。この協力をグローバル・サウスの国々がリードする時、1970年代に中国が唱えた「3つの世界」論の展開となるだろう。アジア、アフリカ、ラテンアメリカの第3世界の国々、またヨーロッパやアジアの第2世界の国々もイニシアティブに参加できる。
3つ目は、コロンビア大学の中国研究者、A. ネイサンが日経新聞のインタビューで答えたシナリオがある。トランプ2.0が世界秩序を破壊することで力の真空が生まれる可能性がある。中国はこれまで世界的覇権を想定していないが、意に反して世界の覇権国家とならざるを得ないシナリオである(日経、2025.5.30)。トランプ2.0は同盟国をも脅迫し、切り捨てる。それはEU諸国の自立化に向かわせ、彼らによる国際的連携が志向されるだろう。米国は今後、米国内の民主主義勢力との対立が激化し、国内の統治の失敗が結果的に中国1極集中の世界が出現させるかもしれない。だがその可能性は小さい。
4つ目は、多極化が進み、主導的な国の現れないカオスのシナリオである。トランプ2.0の強権的統治は権威主義にいっそう近づくが、大国間でもまた小国の間でも地域的戦争や紛争を誘発させる可能性が高い。イスラエルのイランの核施設攻撃を目的とする攻撃は、目先の勝敗は別として地域秩序を秩序の無いものにするかもしれな。グローバル・サウスの世界、第3世界はそうした紛争の地域となるシナリオである。
 グローバル・サウスと「第2世界」(中間地帯)の連携は如何に達成されるのだろうか。ストゥブは「利害に基づく連携」は認めつつも、決定的なのは「価値に基づくリアリズム」による国々の連携の選択であった。トランプ2.0は中国の立ち位置をいっそう有利にさせているが、非覇権国の中堅国、中小国にとって重要なのは公正な「ルールに基づく国際秩序」である。その連携では信頼が決定的要素となる。経済的利害だけでなくソフトパワーが必要とされる。プーチンとトランプが失ったものである。中国は「グローバル・サウス」の一員であると公式に主張し、Sun とYang の地域概念では「グローバル・イースト」の一員である。経済力と軍事力で大国となった中国にとっては、またグローバル・サウス、BRICS+の国々にとっても、公正な「ルールに基づく国際秩序」の構築に向けたソフトパワーになれるか否かが、決定的条件になるだろう。それが未来を切り開く。

文献リスト
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【脚注】

  1. ただし、マッキンリーが2000万ドルで買い上げたフィリピンでは米国による植民地化に対する独立戦争となった。戦争は1902年のフィリピン軍の敗北まで続き、この間の犠牲者はフィリピン人20万人、米国人は5000人超とされる(Gould 2025)。 ↩︎
  2. マッキンリー山は、アラスカ州にある北米最高峰の山。米連邦政府は1897年に先住の人々がデナリ山(Denali)と呼ぶその山を大統領の名にちなんでマッキンリー山と命名した。アラスカ州政府によるデナリ山(Denali)の正式名称化の要請は1975年に始まり、2015年にオバマ大統領により受け入れられ、正式名称となった。 ↩︎
  3. 第1身分は聖職者、第2身分は貴族、第3身分は平民である。 ↩︎
  4. なお、1970年代には中国は独自の3つの世界論を展開したが、それについては第3節で扱う。 ↩︎
  5. Google Books Ngram Viewerは現時点では2022年まで確認できるが、2019年以降、3つの呼称の使用頻度はいずれも減っている。ただし本稿で指摘するように、2023年以降、グローバル・サウスの使用頻度は増えていると考えて間違いない。 ↩︎
  6. 筆者は、BRICsの共通性を人口規模に求めた。事実、BRICsの造語者のJ. オニールもこの点に究極の発展可能性をみている。国名の頭文字から作ったBRICsの特徴をより一般化するために筆者は潜在的大市場経済(PoBMEs)と呼んでいる。それはグローバル化の新たな市場を求める段階に資本主義的市場経済が至っていると理解できるからである(Hirakawa 2010、Hirakawa and Aung 2011、平川・小林 2017)。 ↩︎
  7. 2025年5月にはトランプ大統領がサウジを訪問し、サウジは6000億ドルの対米投資と1420億ドルの武器の購入を約束している(ロイター、2025.5.14)。 ↩︎
  8. ASEANのBRICS加盟に関しては、平川「ASEANの進路とBRICSへの参加」『世界経済評論』2025年7・8月号を参照のこと。 ↩︎
  9. 2024年12月と25年1月にトランプ大統領はBRICSの脱ドル化の動きにいかなる脱ドル化の試みも許さない、導入国には100%の関税をかけると脅した。2回目の警告でロシアは共通通貨の議論はしていないと公式に否定している。 ↩︎
  10. 両国を含む北欧諸国の骨身を削る中立主義政策の追求については、武田(2022改訂版)を参照のこと。 ↩︎
  11. この表現は、フランシス・フクヤマ(F. Fukuyama)の著書『歴史の終わり』(原題 The End of History and the Last Man)から採ったものである。 ↩︎
  12. A. ストゥブは、2025年6月10日東京大学先端科学技術研究センター主催「フィンランド共和国 アレクサンデル・ストゥブ大統領 来日記念公開シンポジウム」で『地政学と多国間秩序の再編』の主題で講演を行ており、そこで同様の指摘をしている。 ↩︎

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