現地ルポ:尹錫悦大統領の罷免と韓国市民民主主義(第1回)

現地ルポ:尹錫悦大統領の罷免と韓国市民民主主義(第1回)

白石 孝(日韓市民交流を進める希望連帯代表
NPO法人官製ワーキングプア研究会理事長

 昨年12月3日、私はソウルにいた。2016年秋から17年春にかけての「キャンドル革命」の記録映画の日本上映に関する打ち合わせのためだった。その深夜、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領(当時)による突然の「非常戒厳」が宣布された。深夜にスマホが何度か鳴ったが、ぐっすり寝込んでいて知ったのが翌朝。しまった。午後、ソウルの友人と国会に向かった。中高年者に混じり20、30代だと思われる女性たちがいることに初めて気づいた。二人連れなど少人数ごとで、いずれもメッセージボードを手にしていた。

 私が現代韓国政治、自治体政策、市民社会運動に強い関心を持つようになったのは、2010年に全国一斉展開された「親環境無償給食」運動と、それに続く2011年、故朴元淳(パク・ウォンスン)さんが当選したソウル市長補欠選挙がきっかけだった。それ以前は1997年頃から韓国版マイナンバーの住民登録制度、2001年からは非正規労働センターなど非正規労働者問題で訪韓、調査・交流をしていた。

 親環境無償給食運動は、「たかが給食」なのに「自治体選挙のメイン課題」になるのが不思議だった。しかし、2012年からのソウル市政、2016‐17年キャンドル革命に接することで、韓国の市民社会運動にとっては保守と民主・進歩の大きな違いを象徴する課題であることを理解出来た。

 2018年に『ソウルの市民民主主義~日本の政治を変えるために』(コモンズ)を出版したのもそういう韓国の運動を日本社会に伝えようとの思いだった。だが、文在寅(ムン・ジェイン)政権を経て尹錫悦政権が誕生したことには大きな衝撃を受けた。

  これぞ市民の力

 2022年5月の大統領就任からおよそ2年半経った12月3日、突然非常戒厳が宣布された。以降の動きは、多く報告・報道されているので、時系列的な紹介は省くが、例えば12月14日、尹大統領の弾劾訴追案が国会で可決された日、国会周辺には200万人の市民が集まった(警察発表は20万人~時事通信)。弾劾を成立させるために必要な200票をギリギリ超えた204票、大統領の職務が停止された。

 この200万人は、人口比だと日本では2.5倍の500万人になる。一人ひとりが「普通の市民」、現場に行くとよく分かる。その数500万人だったら、それだけでも「政治の力」になる。日本で国会周辺や銀座に500万人が集まる、それを想像してみるといい。まさに(韓国)「K‐民主主義」だ。

 今回の行動を担っているのが1,700以上の団体で構成されている「尹錫悦即刻退陣・社会大改革非常行動」(非常行動)。他にも「ろうそく勝利転換行動(ろうそく行動)」がある。

 4月4日、韓国憲法裁判所は大統領弾劾を8人の裁判官全員で決定した。私は、3日に急きょソウルに向かった。4日午前11時、憲法裁判所の審判のテレビ中継を3万人ほどの市民とともに見た。歓声が上がり、喜びを爆発させていたが、韓国メディアはソウルや龍山駅頭、中高大学生の教室など各所で歓声を上げる市民の光景を映し出していた。

 来て分かったのは、「動員」らしき姿はほとんど見当たらなく、個人や2人、数名のグループなど、こういう「個人」が自らの意思で来ていることだ。

 昼食後、ソウルいちの観光名所「景福宮」正門の光化門に行くと、12月の非常戒厳以降、市民運動の宣伝・販売テントがずらっと出来ていた。地方から泊まり込みで来る人の宿泊テントもあった。

夜7時からの集会は、ソウル市庁舎先の道路の幅半分を使用して開催。ここも会場整理スタッフがてきぱきと動き、座る場所に誘導、メッセージボードも配られる。参加者は防寒敷物、それに応援棒も目立つ。

 発言は皆短い。抗議自殺した建設労働者のお連れ合いもしっかりと発言された。音楽が結構多く、政治家の発言は少ない。日本だと「〇〇党◇◇議員が来られました」が定番だが、市民にとっては「〇〇党」議員が増えればいい、ではなく、「韓国社会をよくしていくのは市民自ら」だ。主役は「政党」「政治家」ではない、市民がどう政治を創っていくのか、集会の構成もそうだ。

翌5日の夕方、光化門前の集会に行く。雨、毎週土曜日に出続けていて、さすがに疲れも溜まっていることもあり、参加者はそれほど多くなかった。でも、参加者の顔が明るい。2022年尹大統領就任以降、徹底した民主・進歩派の排除・弾圧が続き、加えて12.3内乱とそれ以降前日の弾劾審判まで、4カ月間緊張が続いていたわけだから。

 日本にはほぼ伝えられていないが、尹とその一派は、猛烈な弾圧を続けていた。もし、審判で大統領継続となったら、またあの暗黒政治が続く。国会の弾劾決議も2度、尹拘束も抵抗に遭い、その後のあり得ない釈放、憲法裁決定もずれ込む、ということで、多くの市民は「恐怖」を感じていた。

 この集会にも自前の旗、例えば「全国猫飼い主労働組合、手足冷え性聨合、逆ボーダー経験者連帯、おにぎり美食家協会、不安になって家でゲームもできない、家でゴロゴロする連合」などを掲げた若ものが多く参加していた。若い男性もかなり目立ったので、「日本では若い男女分断との報道、でも実際は違う、という写真を撮りたいけど」と、数名の若手男子の写真を撮らせてもらった。

集会文化を生み出し、政策を作る社会運動

 この集会を『ハンギョレ新聞』日本版(4月7日)はこう伝えている。(要旨)

 罷免翌5日、景福宮の東十字閣で開かれた「尹錫悦即時退陣!社会大改革!第18回汎市民大行進」に参加した市民たちが、司会者の話を聞きながら笑顔で互いを見つめた。毎週末「尹錫悦を罷免せよ」という叫びが鳴り響いていた都心はこの日、「民主主義が勝利した」というスローガンで埋め尽くされた。そして市民たちはもう一つのスローガンは「新しい世界を迎えよう!」

 罷免後、これまで広場から溢れ出た様々な声をもとに、「再び巡りあう世界」(少女時代の歌「Into The New World」)を準備しなければならないという要求が噴出している。演壇には労働者、農業者、青少年、女性など様々な人々が上がり、これまで経験した差別と苦しみを語り、解消する代案作りを要請した。

 私の友人が、「実は罷免運動と並行して政策作りをしている」と話してくれたが、ハンギョレでは「非常行動は、127団体、189人の専門家と活動家が市民の要求を分析し、『社会大改革に向けての課題』としてまとめた」とも書いている。「政界と新政権に『みんなのための民主主義』を本格的に求める」とも。

 「社会大改革課題は、憲政秩序回復、政治・司法改革、経済・暮らし、性平等、気候危機、ケアワーク、労働、言論の自由、教育・少年、食糧主権など分野だけでも12項目で、それに伴う法律制定と改正、政策基調の転換など課題は118項目にのぼる。関連した細部課題は424項目」。文政権の「5大国政目標、100大国政課題」を思い出した。

 ハンギョレはさらに「市民たちは『罷免は終わりではなく始まり』と語る。『広場に集まった私たちは違いの中でも似た点を探し出し、差別と抑圧を受けた経験をつなげてきた』『連帯の力を逃さず、罷免以降の日常に持ち込みたい』」と書いている。

 「ガールズグループaespaの『Whiplash』、ロックバンド無限軌道の『君に』に合わせてスローガンも、『罷免、罷免、尹錫悦罷免』から『変えろ、変えろ、世界を変えろ』に変わっていた。」(イム・ジェヒ、パク・ゴウン、イ・ジヘ記者)

 1987年制定の大韓民国憲法第1条に「権力は国民から生じる」とあり、「市民が主役」を実体化しているのが市民民主主義だ。運動団体も課題を超えた横断的組織。集会はひとりでもカップルやファミリーでも「楽しく」参加できるし、また来たくなる。直接参加出来ない人が寄付をして無料屋台なども出る。SNSで知り、個々判断で参加する。日本の運動でも部分的には見られるが、「市民が権力の主体」とまでははるかに及ばない。

 次回は、韓国民主化と市民民主主義、日韓米に共通する宗教右派と保守政治、では日本ではどうするか、6月3日の韓国大統領選挙結果もふまえて書こうと思っている。

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