白石 孝(日韓市民交流を進める希望連帯代表 NPO法人官製ワーキングプア研究会理事長)
韓国、米国で民主・進歩運動が進む一方、日本はどうなのか?
世界的に極右政治が一定の支持を集め、移民排斥の主張や運動が拡がっている。米国のトランプ政権をはじめ、欧州各国でも、ドイツ「ドイツのための選択肢(AfD)」、フランス「国民連合(RN)」、イタリア「イタリア同胞」、オーストリア「オーストリア自由党(FPÖ)」、ハンガリー「フィデス(ハンガリー市民連盟)」などが伸張している。
極右政治は、反共、権威主義的統治、伝統的家族観の強調、民族的同質性の維持などの政治主張や政策を掲げている。排外主義は移民政策、外国人(雇用・経済)政策、文化摩擦などが主たる主張で、両者は完全に同一ではないが、排外主義、ナショナリズムの強調、治安・経済不安の政治利用、グローバリズム批判など重なる部分も多い。
その一方欧州では、福祉国家の維持・強化、労働者の権利保護(最低賃金・労働時間・労働組合支援)、公的サービスの充実(医療・教育・交通など)、格差是正・富の再分配、環境政策・エネルギー転換の推進、社会的包摂(男女平等、移民政策など)などを掲げる社民や急進左派なども根強く存在している。
トランプに対抗する米国左派運動勢力
政権を奪取し、やりたい放題のトランプに支配されている米国はどうか。
11月4日のニューヨーク市長選挙で民主党のゾーラン・マムダニ候補が勝利した。34歳ウガンダ生まれのインド系でイスラム教徒、民主的社会主義者だ。さらに西海岸のシアトル市長選でもケイティ・ウィルソン(43)が当選している。
民主党主流派は「中道路線」を敷いたがトランプを超えられていないなか、新しい動きが始まった。その先駆けが民主党内左派として存在感を示したバーニー・サンダース上院議員とアレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員たちだった。
マムダニは今年2月までは無名の存在で、世論調査支持率は1%、「その他」の候補のひとりに過ぎなかった。それがあっという間に支持を拡大したのは、「中道左派の間で起きている『YIMBY(住宅建設推進派)』的な動きを、大胆に感じられる政策へと変換した」ことで、「クオモと闘ったときに大きな違いを生んだ。他の候補者たちの主張はいろいろだったが、『それで自分の生活がどう変わるのか?』と感じさせるものはなかった。もし頻繁にバスを利用する人なら、『バスの無料化』は週に少なくとも40ドルほど(1カ月で160ドル=約24,000円)の節約になる。それは確かに大きな違いだ」。マムダニは、人々の必要性に確実に答えたのである。(『HuffPost』11月4日)
私が目を見張ったのは、政策とともにその選挙運動だ。10万人のボランティアによる300万件の個別訪問で、半世紀ぶりに高い投票率となった。(『レイバーノーツ』11月4日)
こういった変化を呼び起こしたのはトランプ自身に他ならない。「2016年にトランプ支持へと転じた白人労働者層は、24年も彼を支持し、さらに多くのラテン系、アジア系アメリカ人、(学位を持たない)若者たちを取り込むことで、トランプはハリス候補を上回る勝利を収め、年齢や人種を超えて団結し、共和党を支える「持続的な労働者階級の多数派」を形成するという流れになった。
しかし、再選から1年も経たないうちに破綻の兆しが見られるようになった。ラテン系有権者は、11月のニュージャージー州とバージニア州の州知事選で民主党候補を支持した。これはトランプが物価抑制に失敗し、移民・税関捜査局による強制的取り締まりで移民コミュニティを恐怖に陥れたことへの不満の噴出だった。(同レイバーノーツ)
韓国では極右やカルトを凌駕する民主・進歩派運動
韓国では極右やカルト集団の影響を一部に押しとどめ、民主・進歩派が大統領を誕生させ、国会議員も多数派を形成している。
6月3日に行われた大統領選挙結果、スタートした李在明大統領の主要政策については、前回(6月11日「時評」)詳報したので、今回はそれ以降の動きを紹介する。
日本では参議院議員選挙の最中だったが、新政権発足から一カ月経った状況を知りたいと、7月上旬、急きょソウルに向かった。知りたかったのは外交、内政、尹前政権の内乱清算の3課題だ。政党関係者、社会運動活動家、若もの、地域活動家などと会い、ヒアリングを進めた。
まず外交政策だが、左派リベラルという「政治主張本位」の外交から「国益中心」の「実用外交」へと調整し直そうという見方は皆さん一致していた。実用外交とは、「価値と実利のバランスをとり、戦略的自主性を確保し、脅威に対処しながら時機を捉える高度な外交戦略」と外交副次官(聨合ニュース6月11日)が会見で述べている。米日とかロシア・中国という特定の国に依存しすぎず、柔軟性を高められるように、多様な外交関係を築くことを目指している。
「世界を分断する大国間競争により韓国の自主性が制限され、地域内で不要な緊張が生じかねない」という懸念から、韓米同盟の重要性を認めつつも、特定の国とのつながりが強すぎることを避け、米中緊張が高まる中でどちらか一方の国を選ぶことは危険、と。高市政権とは立ち位置が明らかに真逆だ。
内政については、前稿で詳しく述べたが、私の評価は国内政策については実用ではなく、明確に左派(民主・進歩派)的主張を掲げている。定数300の国会でも、共に民主党に加え、祖国革新党や進歩党、社民党、基本所得党などを加えると180議席を超え、李政権の法案は順調に可決・成立している。労働関係法などが典型的だ。
原則非公開だった国務会議(日本の閣議にあたる)の原則公開への転換、ユーチューブで視聴できるのもすごい。李は就任した6月、「国務会議で交わす言葉を国民に公開できない理由があるだろうか」「検討して特に問題なければ公開可能な部分は公開しよう」と述べた(中央日報6月20日)。「国民中心の国政の扉を開く」「全ての国家機関が主権者の意思を反映できるよう、民主的制度改革に拍車をかける。」
経済分野では、消費を喚起する「民生回復消費クーポン」支給で内需が活力を取り戻し、経済成長率を押し上げたほか、輸出も大幅増加している。ほかに、研究開発予算、人工知能(AI)、画像処理半導体(GPU)など世界トップ3のAI大国入りを目標に掲げた。(私自身はこの分野に批判的意見を持っているが)
3つ目は、24年12月3日の尹内乱の清算だ。政権発足後に特別検察官が任命され、捜査が加速。11月には、戒厳宣言の大義名分をつくるため、北朝鮮に無人機を飛ばして韓国への攻撃を誘発しようとしたとして、尹被告らを外患罪の一種「一般利敵罪」などでも起訴した。韓国メディアによれば、尹被告は内乱や外患、職権乱用など計5件の裁判を抱えている。さらに事件に絡み起訴された閣僚や軍幹部は20人を超える。韓悳洙前首相も戒厳宣言を阻止しなかったとして起訴され、判決は被告の閣僚らの中で最も早く来年1月21日に言い渡される見通しだ。(時事、12月3日)
最後になるが、旧統一教会問題も顕在化してきた。12月2日の国務会議で、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を念頭に解散命令を検討するよう指示した。名指しを避けつつ、「政教分離という非常に重要な原則を破って宗教団体が組織的に政治に介入した事例がある」と指摘。「日本では解散命令が出ているので検討してほしい」と述べた。(時事、12月2日)
韓国は2024年12月4日からちょうど1年、民主・進歩政治が着実に進んでいる。保守派、極右の妨害や反対などで改革が滞る場面もあるが、一日最大200万人が街頭に結集した市民民主主義の底力が、改革をさらに押し進めるだろう。保守から極右に触れつつあり、革新勢力が徐々に後退している日本との違いは大きい。
最後になるが、2000年1月に発行した『写真集キャンドル革命-政権交代を生んだ韓国の市民民主主義』(写真)の直売を改めて始めた。2016‐7年の無血革命の記録だが、24‐25年の第2の無血革命「光の革命」の根っこにも通じる本で、日本での運動に多くのヒントを与えてくれる。(希望される方は白石まで、kanseiwakingupua1950@yahoo.co.jp)


