高市「積極財政」が人びとの生活を苦しめる

高市「積極財政」が人びとの生活を苦しめる

                                   白川真澄

1 財源なき「無責任な積極財政」

 高市政権が21.3兆円にも上る「総合経済対策」を11月21日に決定した。これは、「1

 生活の安全保障・物価高への対応」、「2 危機管理投資・成長投資による強い経済の実現」、「3 防衛力と外交力の強化」の3つの柱から成るが、「物価高対策を最優先で実施する」ことが目玉とされている。

 物価高対策として、次のようなメニューが並べられている。

*ガソリン暫定税率(25.1円)の廃止(1.0兆円)/1世帯あたり平均年約12,000円の負担減。
*電気・ガス代支援(0.5兆円)/26年1~3月の3か月で1世帯あたり7,000円の負担減。
*重点支援地方交付金(2.0兆円)/1世帯あたり平均1万円の支援、おこめ券や電子クーポンを1人あたり3,000円。
*子育て応援手当て(0.4兆円)/子ども1人あたり2万円。
*「年収の壁」見直し(1.2兆円)/基礎控除引き上げによる所得税減税で納税者1人あたり2~4万円の減税。

 

 インフレに苦しめられている人びとにとっては朗報となるような大盤振る舞いである。そのため、経済対策全体の規模は21.3兆円(一般会計から17.7兆円、減税分2.7兆円など)に膨れ上がり、昨年度(14.8兆円)を6.5兆円も上回っている。当初の案では17兆円程度であったが、高市本人が20兆円規模に拡大することに強くこだわったと言われる。

 ただし、この財政支出の膨張は、急を要する物価高対策だけではなく、本予算で支出すべき項目を盛り込んだことによる。危機管理投資・成長投資(6.4兆円)に加えて、トランプの「防衛費GDP比3.5%」要求に応えるための防衛力強化の費用(1.7兆円)まで加えているのだ。人びとの生活がインフレで破壊されているというのに、物価高対策の看板の影で大軍拡のための防衛費負担を増やそうというわけだから悪質である。

 経済対策の大規模化は、少数与党政権として野党の要求を取り込まなければならないという要因もあるが、やはり高市の「責任ある積極財政」路線が根幹にある。高市によれば、「いま行なうべきことは、行き過ぎた緊縮財政による国力を衰退させることではなく、積極財政により国力を強くすること」である。「企業収益の改善と賃金上昇に伴う個人所得の増加という経済の好循環による税収増を通じて、財政の持続可能性を実現」する。「強い経済を構築し、成長率を高めていくことと相まって、政府債務残高の対GDP比を引き下げ、財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保」する(1)

 「責任ある積極財政」の核心は、財源を明示しない無責任さにある。言いかえると、税収の上振れ分(2.87兆円)などだけではとうてい賄えず、大量の国債発行に頼ることである。国債発行額は、昨年度の補正予算の6.6兆円を上回る11.7兆円とされる。当初予算と補正予算を合わせた補正後の国債発行額は40.3兆円になり、当初の28.6兆円から大幅に増える。
※注1:高市、11月21日の記者会見

2 円安インフレを加速

 しかし、総合経済対策の決定は、「生活の安全保障・物価高への対応」を掲げながら、インフレを加速する逆効果を招いている。国債増発への依存つまり財政悪化への懸念から円への信認が揺らいで、円売り・ドル買いが起こって急激な円安が進行し、物価高が加速したからである。対ドル円相場は、11月20日には1ドル=157円台後半をつけた。約10か月ぶりの円安水準だが、高市が自民党総裁に選出された(10月3日)後から10円超も円が売られたのである。

 円安で利益を得たのは、輸出向け大企業だけである。消費者物価(生鮮食品を除く総合指数)は2%台後半の上昇を続けていたが、25年10月分は3.0%の上昇である。食料品の値上がりがいちじるしいが、たとえばコンビニのおにぎりはこの5年間で40円も値上がりしたし、ペットボトルのジュースは200円に引き上げられた。コーヒーとチョコレートの値段が2倍になっているのは、私には大打撃である。円安インフレは現役世代の実質賃金を押し下げ(9月の実質賃金はマイナス1.4%と、9カ月連続の低下)、年金に頼る人びとを不安に追い込んでいる。

 同時に、債券市場では国債が売られ、長期金利が上昇(国債価格は低落)した。すなわち新規10年物国債の利回りは、1.835%にまで跳ね上がった(12月4日には1.935%に)。リーマンショック時の208年6月以来、約17年半ぶりの高水準である。超長期債の40年債の利回りも、3.745%(11月20日)と過去最高になった。長期金利の上昇は、巨額の累積債務として積み上がった国債の利払い費を急増させる。そのため国債費が32兆円強(26年度、24年度は28兆円)と、社会保障費(35兆円)に近づく規模にまで膨らみ、必要な財政支出を圧迫することになる。

 高市は、「補正後の国債発行額は、昨年度の補正後42.1兆円を下回る」、「政府債務残高の対GDP比を引き下げる」ことによって「財政の持続可能性を実現」(2)すると釈明する。しかし、そこには見えないトリックが隠されている。インフレの継続によって税収が増えているから、債務残高があまり増えず、対GDP比はやや低下している(2022年の256.3%から25年の248.7%へ、純債務残高も22年の149.5%から24年の134.6%へ)。人びとは、インフレによって知らないうちに所得税や消費税をより多く納めさせられている、つまり「インフレ税」を払わされているのだ。インフレの継続は、人びとを打ちのめすが、債務を抱える政府を救う働きをし、高市を笑顔にさせている。
※注2:高市、11月21日の記者会見

3 忍び寄る「トラス・ショック」

 高市が自民党総裁に選出されると、歴史的な株高が引き起こされた(「高市トレード」)。日経平均株価は10月27日には5万円を突破し、10月31日には最高値5万2411円をつけた。これは、米国の巨大テック企業(エヌピディアなど)の株高と連動したAI・半導体関連の企業が突出して牽引しているのだが、高市政権の「積極財政」への期待も大きな要因であった。

 ところが、大規模な経済対策が公表されると、株高のいっそうの進行ではなく、金融市場では株安・国債安(長期金利上昇)・円安の「トリプル安」が生じた(11月18日)。日経平均株価は、最高値の5万2411円から4万8537円にまで3873円も下落した。その後、株価は5万円台にいったん回復し、5万円を挟んで上下に変動している。

 だが、この出来事は、日本でも「トラス・ショック」が起こるのではないかという不安を掻き立てている。2022年9月に、イギリスではリズ・トラスが新首相に就任し、景気刺激のために総額で約450億ポンド(約9.2兆円)という過去最大の減税政策を発表した。その内容は、所得税の基本税率の引き下げ、高額所得者向けの最高税率(45%)の撤廃、法人税の引き上げの凍結を含むが、財源を明示せず、大部分を国債発行で賄うというものであった。

 これに対して、たちまち金融市場に激しい動揺が生じ、国債が売り浴びせられて長期金利(10年物国債利回り)は3%前後から4.5%前後に上昇した。ポンドの対ドルレートは過去最低の1.035㌦/ポンドにまで下落し、株価も1年半ぶりの水準に低落した。急激な金利上昇によって担保(証拠金)不足に陥った多くの年金基金が、保有国債を売却せざるをえない状況も生じた。

 中央銀行の緊急介入(長期国債の買い入れ)によって金融危機は収まったが、トラス政権は就任からわずか44日で退陣に追い込まれた。イギリスは通貨主権を持つ国でありながら、国債の大増発が招く財政悪化への不安からトリプル安(通貨安・長期金利上昇・株安)を引き起こすことを立証したのである(MMTの理論的な破産)。

 この経験から、高市政権の財源なき「積極財政」が招く債務増大への不安が広がっている。円安の急激な進行、長期金利の上昇は明確であり、これに株価の急落が重なる「トリプル安」がいつ起こっても不思議ではない。

 もちろん、イギリスと日本では違いがある。国債の32%が海外投資家によって保有されているイギリスと違って、日本では海外投資家による国債の保有は12%にとどまる。また、経常収支が赤字のイギリスに対して、日本は巨額の経常収支と対外純資産を持っている。こうしたことから日本では「トラス・ショック」のようなことは起こらないという見方もある。

 しかし、11月18日には小規模とはいえ現実に「トリプル安」が発生している。財政悪化への警戒心が強まれば、より大規模な「トリプル安」が起こる可能性は十分にある。また、株価の高騰も、米国と同じように、AI関連の特定の企業の株価が上昇を演出していて、裾野がひじょうに狭い。すなわち、3つの企業(アドバンテスト、ソフトバンク、東京エレクトロン)の銘柄が、24年末から25年10月までの上げ幅(1万2515円)の67%を占めている。逆にいうと、AI関連企業の株価が下落すれば、株価全体が落ち込む。こうした少数の企業の株価の変動によって、株価全体が激しく変動する不安定さを抱えている。
※注3:日経新聞11月29日

4 高い支持率の高市政権が抱えるアキレス腱

 高市政権の内閣支持率は、異例に高い。出発時に68%(不支持19%、朝日新聞、10月25~26日)の支持率は、3週間後も69%(不支持17%)を維持している。NHKの調査(11月7~9日)でも支持66%:不支持15%、時事通信の調査(11月7~10日)でも支持63.8%:不支持10.8%と、歴代政権と比べて突出して高い。

 支持する理由としては、「実行力がある」(33%、NHK)、「人柄が信頼できる」(37%,日経)、「指導力がある」(34%、同)などが挙げられている。初めての女性首相が登場したこと、笑顔をやたらと振りまき、官僚作成の文書の読み上げではなく自分の言葉で語る政治的パフォーマンスが、まちがいなく好感を呼んでいる。これと並んで、経済政策への期待も大きい。「経済政策に期待できる」(朝日、10月)が65%と、「期待できない」の25%を大きく上回っていた。また、「物価高に対する対応」を評価する」人は44%と、「評価しない」人の35%を上回っている(朝日、11月)大きい。

 政治的パフォーマンスへの共感、また「外国人政策を厳しくする方針に期待する」が高い(66%、「懸念の方が大きい」は24%)ことは、高い内閣支持率を維持する要因として働くであろう。

 しかし、経済政策への期待、とくに物価高対策への期待は、まちがいなく高市政権のアキレス腱に転じる。「責任ある積極財政」、21.3兆円の総合経済対策は、財政悪化への不安から円安インフレを加速し、株高で儲ける少数の人間の対極で大多数の人びとの生活を苦しめる。政府は、総合経済対策によって消費者物価を0.3%(年間を通じて)、0.4%(26年2~4月)押し下げる効果がある、と皮算用している。しかし、円安の進行を止める有効な対策(金融緩和と国債増発の政策からの転換)に背を向け、むしろ円安を加速する措置に固執するのだから、インフレが確実に加速せざるをえない。

 いかなる政権も、インフレには勝てない――この間の世界各国の政治的変動が立証してきた冷厳な真理である。高市の物価高対策の効果がないことがいつ実感され、失望と不満が噴き出すのかは予測できない。だが、期待が失望と不満に転じることは不可避である。

 また、「台湾有事」への日本の軍事介入(集団的自衛権の発動)がありうると明言した高市の国会答弁(11月7日)は、日中関係を一挙に悪化させている。この答弁に対する国内での批判は弱く、政権を揺さぶる可燃材料にはなっていない(毎日11月22~23日の調査では、「問題があったとは思わない」50%、「問題があった」25%)。しかし、トランプにまで説教されるように国際的には支持されず、孤立を深めている。そして、中国からのインバウンドの急減に見られるように、マイナスの影響が日本経済に重たく圧しかかりつつある。

5 対案は何か

 高い支持率を誇る高市政権だが、アキレス腱を抱えてその前途は多難である。しかし、リベラル・左派が高市政権に対する明確な対抗軸を打ち出せていない。そのことが高市政権の延命に手を貸すことになりかねない。

 高市の「責任ある積極財政」、2.1兆円の総合経済対策に対して、私たちは次のような対案を明確に対置してたたかうべきである。

(1)緊急の物価高対策としては、円安の進行をストップさせる。そのためには、まず日銀による金利引き上げをすみやかに実施する。金利引き上げが景気回復や経済成長を妨げるという経済成長主義の発想と訣別し、金融緩和を信奉するアベノミクスから脱却しなければならない。

 なお、円安は、日米間の金融政策の違いによる金利差からだけ来ているのではない。日本の経済構造の転換による国際収支構造の変化にも起因している。その変化とは、貿易収支が赤字に転換したこと、インバウンドの黒字を上回るデジタル赤字が増大していること、海外で稼いだ巨額の黒字(直接投資、証券投資の利益)の大部分が国内に還流されず海外で再投資されていることである(4)。とはいえ、日米間の金利差の縮小は、円安の進行を止める当面の有効な政策である。

 同時に、「責任ある積極財政」という名の国債依存の財政政策をただちに撤回する必要がある。「危機管理投資」・「成長投資」や防衛力強化への支出をやめ、国債の発行を最小限に縮小する。これによって、政府債務の増大=財政悪化の不安から来る円への信認の揺らぎによる円売り=円安に歯止めをかけることができる。

(2)低所得層に対する現金給付をただちに実施すると同時に、給付付き税額控除をできるだけ早く導入する。

 高市政権が持ち出したガソリン暫定税率の廃止、電気・ガス代支援、おこめ券、子育て応援手当てなどの物価高対策は、全世帯を対象にしたバラマキである。こうしたバラマキは、需給ギャップが小さくなっている(25年7~9月はマイナス0.0%、年2000億円程度の需要不足)現状では、インフレを加速する可能性がある。必要とされている有効な対策は、物価高で食料をはじめ生活必需品の購入を諦めている低所得世帯に対して、手厚い支援を行なうことである。

 さらに、給付付き税額控除を早期に導入し、低所得世帯への恒久的な所得保障と消費税の逆進性の解消をはかることが求められる。

(3)財政支出は、ケア(介護・医療・子育て)、生活インフラ(上下水道、公共交通など)、再エネ食と農にこそ集中的に行なう。

 高市政権は、「強い経済」の実現のためにAI・半導体など17の戦略的分野への投資を官民で行なうとしている。「強い経済」、つまり安全保障と結びつけた経済成長の復活を掲げているが、潜在的成長率が1%にも達さない現実(25年4~6月、0.66)を直視すれば、まったくの幻想に終わるだろう。

 必要なことは、「強い経済」ではなく、人びとの生活を安定させ支える経済の実現である。人びとがいま困っている事柄は何か。介護に来てくれるホームヘルパーがいない、上下水道が老朽化して漏水・噴出が起こっている。都市部でも運転士が足りずバスの運行が減っている。コメの供給が不足し米価が高騰している。エネルギーを輸入に頼るため電気料金が上がっている。

 したがって、問われているのは、限られた資金と労働力をケア・生活インフラ・食と農・再エネの確保に集中的に投入することである。「危機管理投資」・「成長投資」と防衛力強化への財政支出を撤回し、生活を保障するための支出の拡大に切り替えなければならない。ましてや防衛費の増額は中止し、削減に向かう必要がある。リベラル・左派には、高市政権の経済政策と根本的に異なる対案を対置してたたかうことが求められる。

(4)財政支出の拡大のために公正な増税によって財源を確保する。

 財源を経済成長やインフレによる税収増に、また国債増発に依存することは、安定性を欠く措置であり、とんでもない錯誤だ。富裕層や大企業に対する課税強化、すなわち金融所得課税の強化、法人税への累進性の適用や租税特別措置の抜本的縮小、富裕税の導入などがすみやかに実行されなければならない。また所得減税ではなく、「男性稼ぎ主」型家族を前提にした所得税のあり方を改革する(扶養者控除など複雑で多すぎる控除の仕組みの整理)。社会保険料を引き下げる。消費税率の将来的な引き上げを検討する、といった課題も避けて通れない。
※注4:日本の国際収支構造の変化については、唐鎌大輔『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(2024年、日経プレミアシリーズ)が詳しい。

                              (2025年12月4日記)

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