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安倍新政権の野望とその困難

白川真澄

2013年1月7日記

【本稿は、年末に書いた「総選挙の結果と対抗勢力再生の課題」の続編です。安倍新政権が「ロケットスタート」と称して、野望の実現に向けていち早く動き出している現在、私たちの安倍政権への批判と反撃の態勢づくりも急がねばなりません。その思いから、拙速を顧みず書きました。】

 安倍政権は、大きな野望を抱いた政権である。だが、その政権基盤は、総選挙での圧勝が人びとの積極的な支持を得たものではないことが示すように、決して強くない。発足直後の内閣支持率も59%(「朝日」12月28日)にとどまり、第一次安倍政権の発足時の63%(06年9月、不支持率18%)を下回っている。当初から期待薄だった野田政権発足時(11年9月)の53%(不支持率18%)を上回っているが、不支持率は24%と高くなっている。
 にもかかわらず、安倍政権は野望だけを膨らませ、参院選までは「安全運転」という線を踏み越えて暴走する兆しを見せている。この政権の野望には〈やりたいこと〉と〈やらねばならないこと〉があるが、いずれも多くの無理・矛盾・困難を抱えている。

長期安定政権化と改憲へのステップづくり――安倍政権が〈やりたいこと〉その1

 安倍政権がやりたいことの第一は、「安定した政治を取り戻す」(「政権公約」)という名目で、参院において自公両党で過半数を確保し、何でもやれる長期安定政権になることだ。そのために夏の参院選で改選議席(121)のうち64議席以上の獲得を狙っている。

 それに加えて、安倍政権は、参院選により大きな野望を託している。いうまでもなく、安倍の宿願である改憲に向けての足がかりを確保することである。すなわち、憲法96条を改訂して改憲手続きを緩和する(衆参両院での改憲発議の条件を3分の2から過半数に下げる)ことをめざして、自公と改憲に積極的な維新の会・みんなの党を合わせて3分の2以上を握る。そのために、これらの勢力で改選議席の4分の3にもなる92議席以上を獲得しようというわけである。安倍も、「参院選で勝利を収め、自民党の中長期的理念を実現する機会を得ることができる」(12月26日、自民党両院議員総会)とあからさまに語っている。

 自民党の改憲草案は、国家を形成する基本原理そのものを180度転換しようとする。「国民」が国家権力を制限するのではなく、国家が「国民」に義務を課し人権を制限する。人権や国民主権といった「人類普遍の原理」ではなく、ナショナリズム、つまり「天皇を戴く国家」という「長い歴史と固有の文化」や「良き伝統」の上に立脚する。戦争への反省と軍事力の否定ではなく、「誇りと気概を持って自ら国を守る」。

 しかし、改憲への動きは、改憲草案の内容への支持を広げることよりも、“憲法を国民の手に取り戻す”という言い方で改憲手続きの緩和への同意を獲得することに最初のステップを設定している。世論調査でも、「憲法9条を改正して、自衛隊を国防軍にすること」には反対が53%と、賛成32%を上回っているが、「憲法改正の条件を緩めること」には反対43%、賛成41%と伯仲している(「朝日」12月28日)状況があるからだ。

 安倍自民党は、07年参院選では「新憲法の制定」を政権公約のトップに掲げたが、今回の総選挙では「憲法改正」を主要政策(「取り戻す」)の4つには入れず、「政策BANK」の最後に載せるという扱いにした。安倍の本音が改憲にあることは誰でも知っているが、その野望をずるいやり方で隠そうとしている。

脱原発を敵視し原発推進へ――安倍政権が〈やりたいこと〉その2

 安倍政権がやりたいことのもう1つは、原発の再稼動と新増設を強行しながら、脱原発の流れを押し止め、原発推進の国策に戻すことである。

 自公連立合意では、「省エネ・再生可能エネルギーの加速的な導入などによって可能なかぎり原発依存度を減らす」という紛らわしい表現をとった。しかし、安倍は、原発ゼロの政策を敵視して原発推進に転じ、再稼動を次々に行ない新増設を進めるという発言を矢継ぎ早に繰り返している。「安全性が確認された原発は順次再稼動し、重要な電源として活用することで電力の需給に万全を期す」と、全閣僚に指示(12月26日の組閣時)。あろうことか訪れた福島の地で「30年代に原発ゼロ」政策の撤回を改めて主張(12月29日)。さらに「新たに作っていく原発は、事故を起こした福島第一原発のものとは全然違う。国民に理解を得ながら新規に作っていく」(12月30日、TBSの番組)と宣言。また、経済政策の司令塔として復活させた経済財政諮問会議の民間議員に、あえて原発メーカー東芝の佐々木社長を選任した。

 この挑戦的な言動には、民衆の運動が久しぶりに高揚・持続し、躊躇する政府を追い詰めて曲がりなりにも原発ゼロの方針を文書に記させたことに対する憎悪と恐怖が見てとれる。安倍は、60年安保闘争の巨大なうねりの前に窮地に立たされて退陣した岸信介を祖父にもつ。その怨念を引き継いだ安倍にとっては、民衆が自らの意思を国家権力に押しつけるようなことが絶対にあってはならないのだ。こうして、安倍政権は、脱原発運動が積み上げ獲得してきた成果を一気に潰す攻撃に出ている。

アベノミクスによる景気回復――安倍政権が〈やらねばならないこと〉その1

 新政権がやらねばならない緊急の課題とされているは、「デフレ脱却・経済再生」政策によって景気回復の実績を急いでつくりだすことである。これは、参院選で勝つためにどうしても必要な条件となる。

 その経済政策は、3本の柱から成る。日銀を脅迫して、政府との協定の下で無制限の金融緩和を行なわせる。国債を44兆円の枠を超えて増発し、財政出動で大型公共事業を再開する。企業の投資を呼び込む規制緩和の推進など「成長戦略」を作る。アベノミクスと呼ばれる経済政策への期待感と幻想は、急激な円安と株高を呼んでいる。しかし、安倍を舞い上がらせているこの政策は、大きな矛盾とリスクを抱えている。

 たとえ円安が輸出向け部門の企業の利益を回復させ株価を押し上げても、その足元では大がかりなリストラが電機産業を中心に進行し、非正規雇用だけが増え、賃金は上がらないだろう(株価が年末に1万円台を突破した陰で、現金給与総額は連続3カ月減少している)。「国民が求めるデフレ脱却とは、雇用が確保されて賃金も上昇し、企業収益も増えてその結果として物価もあがっていく」ということだ(白川日銀総裁、「日経」12月29日のインタビュー)という内実とはほど遠い事態が進行する可能性が強い。

 また、無制限の金融緩和で日銀が資金をジャブジャブ注ぎ込んでも、おカネが金融機関に滞留するだけで、企業の設備投資や個人の消費活動の活性化にはつながらない。結局は、政府が増発する国債の購入に向かい、財政ファイナンス(財政赤字の穴埋め)の役割をする結果になってしまう。

 物価上昇率2%を無理やり達成するためには、米国の経験からすると食料品や公共交通料金や医療費の値上げしかない、と指摘されている(「日経」13年1月1日)。グローバル市場競争にさらされる自動車や家電製品の価格が上がるはずがないからだ。日本でも、消費者物価が2%を越えて上昇したのは、1997年に消費税率を引き上げたときと2008年にガソリン・食料品価格が急騰したときだけであった。ゆるやかなインフレの実現が、食料品や公共料金の値上がりと消費増税による価格への転嫁という姿をとれば、結局は多数を占める低所得者層が重い負担を払わされるだけだ。

 アベノミクスほど、互いに矛盾・対立する政策をつなぎ合わせたものはない。1000兆円の政府債務を抱えて財政出動が困難だから金融緩和策に頼るしかないはずなのだが、アベノミクスは、無制限の金融緩和と国債増発による200兆円もの公共事業投資を同時にやろうとする。しかも公共事業投資が民間部門に波及しGDPを押し上げる乗数効果は、20年前の1.33から今や1.07にまで低下している。残されるのは、政府の借金の加速度的な膨脹と長期金利の上昇(国債の利払いの急増)だけである。そして、一方で消費税率を引き上げながら、もう一方で生活保護給付の切り下げなど社会保障を削減しようというわけだから、人びとにとっては踏んだり蹴ったりである。

 アベノミクスは、景気が回復し経済が成長すれば雇用も拡大するという幻想をばら撒いて、人びとの支持を得ようとする。この成長神話はそれなりの効力をもつだろうが、その幻想は遅かれ早かれ冷酷な現実の前に崩れ落ちるにちがいない。

日中関係の改善――安倍政権が〈やらねばならないこと〉その2

 安倍政権を待ち構えている最大の難問は、領土紛争で悪化した日中・日韓関係を改善することである。なかでも日中関係の悪化は日本経済に大きな打撃を与えているだけに、その早急な改善は経済界から強く求められている。

 ところが、「危機突破内閣」と称する割には、日中関係の改善に向けての安倍政権の姿勢には危機感や切迫感が感じられない。他力本願の姿勢が目立つのである。これは、安倍の描いているシナリオから来ている。そのシナリオとは、「失われた日米同盟の絆を回復し、強い外交力を取り戻した上で各国との外交関係を変えていく」(12月17日、記者会見)というものである。すなわち、まず日米同盟を再構築し、それを後ろ盾にした外交力で対中関係を改善していくというわけである。

 このシナリオに沿って安倍政権は、日米同盟の再構築についてはひじょうに具体的な政策メニューを用意している。「集団的自衛権の行使を可能とし、『国家安全保障基本法』を制定」する(「政権公約」)。「減らし続けてきた自衛隊の人員、装備、予算を拡充」する(同上)。ここには、防衛計画の大綱を見直し、オスプレイを自衛隊に導入することまで含まれている。そして、日米ガイドライン(防衛協力の指針)を改訂し、自衛隊を米軍に従っていつでも世界のどこにでも派兵できる恒久法を制定する。米国の軍事力を補完する役割を飛躍的に拡大しようというわけである。
 
 それでは、米国への忠誠と日米軍事協力をいっそう強めることで、外交力をどのように取り戻すのか、そしてそれによって対中関係をどのように改善するのか。その点になると、このシナリオは、たちまちリアリティを失くしてしまう。
 
 政権公約では「日米同盟の強化のもと、主張する外交を展開する」と謳われていた。つまり強い外交力を発揮するという。これは具体的には、中国に対して“尖閣諸島は日本の固有の領土であり、交渉の余地はない”と強硬な態度で臨む、その際に強化された日米同盟を強い後ろ盾にするということである。分かりやすく言えば、もし中国が尖閣諸島を占領する行動に出て武力衝突が起こるならば、安保条約第5条にもとづいて米軍が出動すると中国を威圧して、領海侵犯をやめさせ尖閣諸島の領有を断念させる。交渉を拒むのだから、日米同盟という力をちらつかせる「強い外交」しかないことになる。

 だが、そんな子ども騙しのような外交は、中国にはまったく通用しない。米国が日中間の領土紛争で日本に肩入れしたり、ましてや中国との戦争に踏み切ったりする意思がないことは、明らかだ。だが、安倍政権は今のところ、日米同盟の威力に頼る以外に対中関係を改善する方策を何も示すことができていない。

 日中関係の改善のためには、まず尖閣諸島をめぐる領土紛争が存在することを認め、交渉の席に着くことが必要である。その上で、不毛な領有権争いを棚上げして、尖閣諸島とその近海の共同管理と資源の共同保全の具体的あり方を探る。丹羽前中国大使も、「中国政府高官と会談したが『日本は領有権問題がないと言って終わり。話もできない』と言っていた。だれが見ても係争はある。争いを認めて対話の場を設けなければ、いがみあいが続くだけだ」(「日経」12月29日、インタビュー)と指摘している。関係改善のためのリアリティのある具体策に、安倍政権はいつまで背を向けつづけるのだろうか。

安倍政権の弱み

 安倍にとって日米同盟の強化は〈やりたいこと〉であるから、どんどん進める。だが、それは、〈やらねばならないこと〉である日中関係の改善にはまったく役立たない。

 同じようなことが、日韓関係の改善についても起こっている。安倍は、特使を送り日韓関係の改善を先行させる動きを始めた。両国は民主主義や市場経済の重視といった価値観を共有しているからだというのが、その理由だ。しかし、両国の間には歴史認識という最も根幹的な価値観に関わる深い対立や断絶が存在している。日本政府が戦争責任の象徴である「従軍慰安婦」問題について謝罪し犠牲者に償いをすることを拒んでいるからだ。

 日本の対アジア「外交力」の最大の弱点は、戦争責任をごまかし続けてきたことである。これは、日韓・日中関係をたえず揺さぶり、関係改善を妨げてきた。安倍政権の登場は、この弱点をいっそう拡大し、新たな緊張を生む可能性がある。ここでも、安倍は、靖国参拝や河野談話の撤回や歴史教科書の書き直しといった〈やりたいこと〉をやるのか、それを抑制して日韓・日中関係の改善という〈やらねばならないこと〉を優先するのか、という選択を迫られる。安倍の右翼ナショナリズムは、日米関係に亀裂を入れる可能性まで含めて、この政権のアキレス腱になりうるのである。

 安倍政権の野望は大きく、衆院で3分の2を超える勢力をもつ強力な政権に見える。しかし、安倍の〈やりたいこと〉は、人びとの多数の意思や思いに反する事柄である。何よりも原発推進がそうである。脱原発は、社会のなかに後戻り不可能な意識として根を下ろしている。これに真っ向から逆らう政策は、間違いなく人びとの強い抵抗を受ける。私たちの側に、脱原発の意識と声を頑強な抵抗力に組み立てる運動の取り組みが問われる。そして、参院選に向けて脱原発の有効な政治表現をする知恵と工夫が求められる。

 改憲の企ても、「国防軍」規定に対しては反対が多数である。自民党改憲草案が描く国家像の全体が炙りだされるならば、抵抗はさらに強まるだろう。問題は、この改憲草案の狙う国家像を浮き彫りにして改憲阻止の新しい運動と戦線をどのように築いていくかである。

 しかし、安倍の〈やりたいこと〉に対する民衆の抵抗力にはデコボコがある。たとえば日米同盟の強化策に対する抵抗力は、沖縄のそれが突出しているが、全体の運動はひじょうに弱い。脱原発の運動や沖縄のたたかいが先頭を切って反撃に出ているが、さまざまな運動や戦線が交流し協力しあって大きな抵抗力を持続的に形成していく必要がある。

 また、安倍政権が〈やらねばならないこと〉も、すでに見たように「経済再生」政策であれ日中・日韓関係の修復であれ、大きな困難やリスクを抱えている。また、TPP問題でも、安倍は、日米同盟の強化のためにはぜひとも交渉参加を決めたいのだが、農協や医師会の反対を押し切るのは容易ではない。TPP参加に反対する農民や市民の運動の力はまだまだ小さいが、農協や医師会などの反対の動きとうまく連携すれば、安倍政権を立ち往生させることが十分に可能である。

 安倍政権の野望が抱える弱点や困難をきちんと見抜き、民衆の側の社会的・政治的な抵抗力を高め、対抗勢力の再生を準備しながら反撃に出ようではないか。

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