メニュー  >  20年度予算案を斬る  ――「全世代型社会保障」の看板に偽りあり          白川真澄
20年度予算案を斬る
 ――「全世代型社会保障」の看板に偽りあり

白川真澄


■100兆円超え予算が常態化
 安倍政権は、総額102兆6580億円の20年度予算案を決定した(19年12月20日)。19年度の当初予算よりも1.2兆円増、1.2%の伸びである。初めて100兆円を突破した19年度予算の急激な増え方(3.7兆円増、3.8%の伸び)に比べると、金額と伸び率ともに緩やかな増え方とはいえ、過去最高の規模である。もはや100兆円超え予算が当たり前の時代に入ったと言ってよい。
 最初に、主な支出項目を見てみる。
           金額       増減(前年度比)
社会保障費  35兆8608億円   1兆7200億円  5.1%
防衛費     5兆3133億円     559億円   1.1%
公共事業費  6兆8571億円    ▲528億円  ▲0.8%
国債費    23兆3515億円    ▲1567億円  ▲0.7%
地方交付税  15兆8093億円    ▲1758億円  ▲1.1%
 
 次に、歳入を見てみる。
           金額       増減
税収     63兆5100億円   1兆0180億円  1.6%
税外収入    6兆5888億円     2871億円  4.6%
国債     32兆5562億円     1043億円  ▲3.2%
(国債依存度 31.7%、19年度より0.5㌽低下)

■景気対策が財政支出を膨らませる
 この予算案の狙いの1つは、景気対策である。安倍政権は、「緩やかに景気が回復している」(12月の月例経済報告)としつつも、消費増税による個人消費の冷え込み、米中貿易戦争、東京五輪の宴の終わりによる経済の落ち込みを恐れて、景気下支えのための積極的な財政出動に乗り出した。そのため、予算案決定に先立つ僅か2週間前に、26兆円という大型の経済対策を3年ぶりに決定していた。予算案だけでは見えてこない財政出動の姿を捉える必要がある。
 経済対策のメニューは、自然災害に備える堤防の補強・川底の堀削・ダムのかさ上げ(「災害の復旧・復興」)から就職氷河期世代の就労支援(「経済の下ぶれへの備え」)、小中学生にパソコン1人1台配備・キャッシュレスによるポイント還元・成田空港の滑走路増設(「東京五輪後の景気下支え」)にまで及ぶ。インフラ整備のための公共事業投資は、災害対策に便乗する形で空港の滑走路増絶や高速道路の拡充が予定されている。なぜ、そんなものが必要なのかと首を傾げたくなる項目が数多くある。
 その規模は民間の負担分も合わせて26兆円で、3年前の経済対策(28兆円)に匹敵する。うち財政支出は、財政投融資の3.8兆円をふくめて13.2兆円、国費は7.6兆円に上る。7.6兆円のうち4.8兆円を19年度の補正予算で、1.8兆円を20年度予算(「臨時・特別の措置」)で支出する(他に特別会計で1兆円)。20年度予算案の公共事業費が前年度並み(528億円減)に抑えられているのは、19年度補正予算での1.6兆円の上積みや財政投融資の拡大がされているからだ。公共事業費は、実際には大幅な増大になっている。
 このように、予算案だけではなく補正予算案と合わせて見ると、安倍政権は財政支出を積極的に拡大する政策をとって、「反緊縮」を自ら実行している。短期的な景気対策を次々に打ちだすことで内閣支持率を維持してきた政権にとって、経済悪化を防ぐためにお金を投入するのは当然のことだろう。安倍政権を「緊縮財政」路線だと批判することは、見当外れなのである。

■「全世代型社会保障」の内実――世代間対立を煽る
 歳出のなかで伸び率が最も高く(5.1%)、最大の比率(34.9%)を占めるのは、社会保障関係費である。5300億円と見込まれていた「自然増」を4100億円に切り詰めたにもかかわらず社会保障費が大幅に増えたのは、「全世代型社会保障」への改革を掲げた施策による。すなわち、幼児教育・保育の無償化3410億円(地方分を合わせると8858億円)、大学や専門学校など高等教育の一部無償化(低所得世帯の学生を対象)4882億円を新たに盛り込んだ。また低年金の高齢者への支援給付金(年6万円)が支給される。これらには、消費税率2%引き上げによる税収増のうち1.2兆円が回されて、消費増税の正当性をアピールしている
 保育の無償化は、希望者全員に保育サービスを提供する(待機児童ゼロ)対策を後回しにしたため強い批判を浴びた。だが、政策の優先順位を間違えたとはいえ、所得制限をなくす普遍主義的なサービスの提供に前進する試みとして評価できる。
 しかし、安倍政権が「誰もが必要とする」対人社会サービス(医療・介護・保育・教育など)の無償での提供へ向かって踏み出したのかといえば、まったく逆である。その看板政策である「全世代型社会保障」は、若い世代や現役世代への給付を増やす分だけ、高齢世代への給付を削るというものだ。むしろ世代間の対立を煽るものでしかない。
 政府予算案の決定の1日前に、「全世代型社会保障検討会議」の中間報告がまとめられた(12月19日)。その報告は、「現役世代の負担上昇を抑え」るために高齢者の医療と介護のサービス利用時の自己負担を引き上げる方針を打ち出した。
もっとも中間報告では、一定所得以上の後期高齢者の医療費の窓口負担(現行1割)の2割への引き上げ、介護サービス利用時の自己負担上限の引き上げだけを明記している。医療費の窓口2割負担の「原則」化(後期高齢者全員への適用)、外来受診時の一律100円(ワンコイン)負担の導入、風邪薬など市販類似薬の保険適用からの除外、ケアプラン作成の自己負担導入、介護サービス利用者の自己負担(現行1割)の2割負担者への拡大、要介護1・2の人への生活援助サービスの除外などは、検討課題として先送りされた。そのため、これでは「改革なお不十分」(日経新聞12月20日)、「負担増見送り相次ぐ」(朝日新聞12月20日)、「大きな痛みを伴わない改革ばかり」(矢代尚宏、Diamond online12月21日)と激しく叩かれた。
しかし、検討課題として提示されたメニューは、高齢者の医療・介護サービスの自己負担の軒並み引き上げのオンパレードである。また、70歳までの就業機会の確保、年金の受給開始時期の選択上限の引き上げなど、高齢者の就労、つまり自分で所得を稼ぐ努力の促進を提言している。中間報告は、「社会保障改革」が連帯・助け合い型社会の構築ではなく自己責任型社会の強化をめざすことを明確に打ち出しているのである。

■社会保障費はもっと増やすべき
 社会保障関係費の増大は、政府予算が100兆円超えの膨張を続ける主要な要因として目の敵にされている。そこから、社会保障費をどのように削るか、何が減らせるかが「社会保障改革」の焦点にされてしまっている。
 対称的なのは、軍事費である。こちらも8年連続で毎年1%づつ増え続けて、20年度は過去最大の5.3兆円になった。軍事費を膨張させる要因は、高額な防衛装備品を複数年で購入する「後年度負担」である。しかもその約4分の1は、米国製の装備品調達である。地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージスアショア」の配備や最新鋭ステルス戦闘機F35の取得などだ。さらに、F35の離発着を可能にするために護衛艦「いずも」を空母化する改修費も計上されている。
これらは、自衛隊を米軍の一部化する企てである。しかし、軍事費をどう削減するかを議論する公式の検討会議など、立ち上げられたことはない。社会保障費とは対照的に、軍事費は「聖域」扱いされている。
対して、社会保障費は、その増大が問題視され、どれくらい削減できるかという議論ばかりが盛り上がっている。しかし、社会保障費の増大は、高齢化の進行と若者を含む貧困・格差の深刻化という現実からすれば、必然であり、必要なことである。求められているのは、(1)貧困・低所得層だけに限らず、すべての人に対して対人社会サービス(医療、介護、保育、教育など)を自己負担なしに無償で提供する、(2)若者まで対象にする最低保障年金を導入し、すべての人に最低生活を保障することである。そのために必要とされる財源は、20兆円を超える(拙稿「消費増税をどう考えるか(その2)」、「テオリア」12月10日号)。この財源をどのように確保するのか、すなわち公正な増税をどのくらいまで行うのかという問題こそ、真正面から議論されるべき最重要なテーマなのである。
しかし、膨らむ社会保障費を支える財源や税負担をどうするべきかかという議論は、「消費税は(10月の増税後)10年間ぐらい上げる必要はない」(安倍、7月3日)という発言によって封じられてしまった。そのため、「年齢ではなく負担能力に応じた負担の視点」(「中間報告」)という、それ自体は合理的な考え方も、社会保険料の負担と自己負担の問題にだけ矮小化された。現在の不公正きわまる税制を「負担能力に応じた負担」を行うものに抜本的に変革するという肝心の課題は、完全にスルーされたのである。
そうなれば、社会保障費の増大をどこまで抑えるかという「改革」(効率化)の議論しか行われなくなる。予算案の社会保障費に関しては、保育や高等教育の無償化、低年金の高齢者への給付金などによって支出をかなり増やしたから、「緊縮」とは言えない。しかし、生活の安心を保障するために必要とされる社会保障の拡充という点から見れば、まったく不十分なのである。

■成長頼みの税収見込み、露骨な大企業優遇税制
 税収は63兆5130億円と、19年度当初予算より1兆180億円の増収が見込まれている。内訳は、所得税19兆5290億円(4050億円減)、法人税12兆650億円(7930億円減)、消費税21兆7190億円(2兆3270億円増)である。10%に引き上げられた消費税が税収全体の最大の柱になり、所得税と法人税の減収をカバーしている。
 ところで、19年度の税収は、当初の見込みより2.3兆円も下振れして60兆1800億円にとどまる見通しとなった。これは、米中貿易戦争の影響を受けた輸出不振から企業業績が悪化し法人税収が1.1兆円も減少したことに主として起因する。だが、20年度の税収見込みは、消費税収の増大分を超える3.3兆円(19年度の実績よりも)もの増収となっている。
 これは、20年度の経済成長率を名目2.1%、実質1.4%と、無理やり高く想定しているからだ。実質成長率は19年度0.9%、過去6年の平均も0.8%にすぎない。民間エコノミストの平均の予測は0.49%である。実質1.4%という予測が、根拠なくかさ上げされていることは明らかだ。
 経済成長率を高めに想定して税収増を見込んでいるのは、新規の国債発行額を減らして(わずか1000億円の減少だが)国債依存度を0.5㌽低下させて31.7%にする数字上の操作のためである。また、国債発行額を抑えるために、特別会計(外国為替特別会計)の剰余金の繰り入れを増やして税外収入を増大させている。
 消費増税を行ったにもかかわらず、高めの経済成長による税収増に頼らざるをえないのは、安倍政権が富裕層と大企業への課税強化に手をつけないからである。むしろ大企業を優遇する税制改正を進めている。
 税制を実質的に決めるのは与党の税制調査会だが、「経済成長」派の甘利明が主導して決定した20年度「税制改正大綱」(12月12日)は、大企業への優遇措置が目立つものとなった。大綱は、「イノベーションの促進など中長期的に成長する基盤を構築すること」を税制改正の目標に掲げた。そして、大企業がスタートアップ企業(設立10年未満の未上場ベンチャー)に1億円以上を出資した場合、出資額の25%を所得金額から控除できる「オープンイノベーション促進税制」を創設する。5Gの通信網整備を促すために基地局などへの投資額の15%を法人税から税額控除する、といった施策を決めた。また、少額投資非課税制度NISAを24年から2階建ての新しい仕組みに変えて、老後の資金を自助努力で形成することを促すことなどを盛り込んだ。
 しかし、金融所得に累進課税を導入する(総合課税化)、法人税率を元に戻す、大企業に有利な研究開発税制や受取配当益金不算入制度を縮小する、環境税を抜本的に強化するといった肝心の改革は、ことごとく放棄されている。大企業の交際費支出に特例として適用している減税措置をなくすなどの小手先の施策でお茶を濁しているだけである。
 必要なことは、まず富裕層と大企業への課税を抜本的に強化することである。とりあえず高所得者への最高税率を5%以上引き上げる、金融所得に累進課税を適用する、法人税率を10年前に戻す(10%強引き上げる)だけで、10兆円を超える税収増が得られる(前掲、「テオリア」20年1月1日号)。それだけでは足りない財源は、消費税率の引き上げに頼る必要が出てくるが、それには議論を尽くすことが不可欠になる。
 自己責任型社会の強化に向かう安倍政権の「社会保障改革」路線に対して、《富裕層と大企業への課税強化で、自己負担なき社会保障の実現》を掲げて対抗していくことが、市民運動と野党共闘の課題となるだろう。

(2020年1月7日)
プリンタ用画面