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「コロナ・ショック」への経済対策 何が必要か 白川真澄

Q1 新型コロナウイルスの感染拡大が経済に大打撃を与えていますが?

 感染が爆発的に広がる危険性が出ていて、誰も収束の見通しを立てられません。感染拡大は、すでに訪日旅行客の激減、イベントの相次ぐ中止、ライブハウスなどの閉館、外出の自粛、休校措置などによって経済や生活に深刻な影響を与えています。観光、宿泊・飲食のサービス、航空・バスの交通業や卸売り・小売り業などでは売上高が目立って落ち込み、資金繰りに窮して経営危機に陥る企業や業者が出ています。サービス産業だけではなく、製造業でも中国からの部品供給がストップしたため生産ができなくなったり(日産やLIXL)、欧米での感染拡大による世界的な需要激減で国内の工場を休止する事態(トヨタやマツダ)に追い込まれています。
 感染拡大による経済の停滞と先行きの不安から、世界の株価が暴落しました。ニューヨーク株式市場では史上最大の下落に見舞われ、世界の時価総額は1月から約2割も減りました。日経平均株価も19%下落し、2万円を割りました。そのため、公的年金の積立金も、その50%を株(国内株と海外株)で運用するというリスクの高い誤った政策のせいで大赤字を出すことが避けられません。
 感染拡大による経済的損失は、2?4月だけでも4.8兆円、7月まで感染が長引いてオリンピックが延期されると7.8兆円に上るという試算(SMBC日興証券)もあります。昨年10?12月期の実質GDPは消費増税による個人消費の減少で年率7.1%のマイナスになりましたが、1?3月期、さらに4?6月期もマイナスになることは必至です。低成長を続けてきた日本経済は、今年はマイナス成長に陥ろうとしています。経済危機は刻一刻と深刻化し、「コロナ恐慌」とでもいうべき様相を呈しつつあります。

Q2 人びとの生活はどうなるのでしょうか?

 最大の問題は、社会的に弱い立場に置かれている人びとが大打撃を受けることです。パート、アルバイト、派遣、請負(「個人事業主」)で働く非正規の労働者と自営業者の人たちです。2008年?09年の「リーマン・ショック」の時は、製造業で働いていた派遣労働者が大量に「雇止め」にされ、仕事を失うと同時に寮からも追い出されました。その数は15万7800人(09年3月、厚労省)とも推計されています※1。リーマン・ショックの再来と言われる今回の「コロナ・ショック」でも、同じような事態が起こるでしょう。今回は、消費の落ち込みによって観光・宿泊・飲食などサービス部門で「雇止め」や勤務時間の削減が次々に起こっています。すでに、観光業では888人が解雇される見通しだ(3月27日)と言われています※2。
 安倍首相による突然の全国一斉の休校「要請」は、小さな子どもを世話するために仕事を休まざるをえない多くの親の窮地を明るみに出しました。在宅のテレワークが可能だったり休業手当を支給される正社員は何とかなるとしても、仕事に行けないパートやアルバイト・派遣やフリーランスはたちまち収入を失います。
 「コロナ・ショック」が直撃する宿泊・飲食サービス、娯楽業、卸売り・小売業、運輸業の就業者は2068万人ですが、この分野では非正規労働者や自営業者が多いのです。非正規労働者は2120万人と、リーマン・ショック時よりも355万人も増えています。雇用の仕組みは、経済危機のショックに耐える力が弱くなっているのです。また自営業者・家族従業者は686万人います。仕事と収入を失う労働者が正確にどのくらいになるかは分かりません。しかし、大打撃を受けることが確実な産業分野や非正規雇用の人びとの仮に半数としても、1000万人という大変な数になります。

Q3 政府は、「リーマン・ショック時」を上回る経済対策を打ち出すようですが?

 安倍首相は、リーマン・ショック時の56兆8千億円、うち国の財政支出15.4兆円を上回る大規模な経済対策を実施すると表明しています。その規模は、名目GDPの1割以上の60兆円、財政支出20兆円(自民党案)になることが検討されています。
この経済対策の中心柱の1つは、所得が大幅に減った世帯に現金を直接に給付する政策です。収入が激減した人びとに対する政府の対策は、実に場当たり的でした。一斉休校に伴う休業への補償(休業手当への助成)でも、フリーランスや自営業者を対象から外すといった差別的な措置を打ち出し、強い批判を浴びました。そのため、雇用形態や職業に関わりなく困窮した人びとに現金を給付する措置が採られることになりました。
 実はリーマン・ショック時に、全世帯を対象に1人1万2千円(高齢者と子どもは2万円)の給付金が支給された例があります。この給付金は総額2兆円になったのですが、1人当たりの金額が少なかった上に、申請しなかった人がかなりいたり、貯蓄に回ってしまい消費を喚起する効果がなかったとされています。政府が検討しているのは、全世帯ではなく所得が大きく減った世帯に「ターゲットを置いて」(安倍、3月28日)、10?20万円の現金を支給する施策です。しかし、この場合、所得をどの程度減らした世帯を対象にするのかといった線引きが簡単ではありません。所得制限を設けて約1千万世帯、全世帯の2割弱に絞り込むという案も検討されているようです。
また、雇用を維持するために、正規・非正規を問わず従業員を解雇せず休業手当を出した企業を支援する雇用調整助成金の助成率が、90%(中小企業の場合)?75%(大企業)に引き上げられます(安倍、同)。資金繰りに苦しむ中小企業や自営業者に対しては、実質無利子・無担保の融資を行おうとしています。電気・ガス、電話などの公共料金の支払い猶予を電力会社などに要請することも検討されています。
 さらに、収入が2月以降に大幅に減少した企業や個人事業主の税金や社会保険料の支払いを1年間猶予する特例措置が設けられます。具体的には法人税や(消費者や取引先から預かった)消費税、個人事業主の所得税、企業が負担する社会保険料の納付を猶予し、延滞税も免除するというものです。また企業の固定資産税を減免することも検討されています。
 野党の一部や自民党内の若手議員からは、消費税の5%への引き下げが提案されていますが、安倍政権は「消費税は全世代型社会保障改革にどうしても必要な税」であり、消費税減税は「即効性」に乏しい(安倍、同)として否定的です。

Q4 経済対策としては何が最も必要なのですか?

 検討されている政府の経済政策は規模が大きくメニューも多いのですが、何よりも急を要する政策は、働く人びとの生活と雇用を守り抜くことです。収入の道を突然絶たれてしまう人びとが、「雇止め」(派遣)や勤務時間の大幅削減(パートやアルバイト)、契約解除(フリーランス)によって、またお客がまったく来ない事態(自営業者)によって大量に生み出される危険性が急速に高まっています。
 企業に「雇止め」や解雇をさせず休業手当を支給させるように労働者が要求し、そのために政府が雇用調整助成金を拡充する措置を取ることが必要です。しかし、休業手当の支給の対象は雇用保険に加入している正社員や一部のパート労働者に限られています。また、いくら無利子・無担保の融資でも、返済できるメドが立たなければ、自営業者やフリーランスの人はお金を借りることができません。いま緊急に必要なことは、収入を大幅に失ったすべての人に対して政府が生活支援金を直接に給付する措置です。
 パートの現金給与総額(名目賃金)は月10万円(19年)、派遣の常用労働者のそれは月24.3万円です。イベントの自粛などに直撃されるフリーランスの場合、音楽家ら千人以上へのアンケート調査では6割以上の人が3月だけで10万円以上の収入減になる見込みだと答えています※3。ですから、生活支援金は、1人当たり月額で最低10万円?上限20万円が必要になると思われます。
 生活支援金を直接に支給する施策の必要性については社会的合意が形成されつつあります。しかし、収入を大幅に減らして困窮している人に支給の対象を絞るのか(ターゲッティズム)、それとも全世帯(約5800万世帯)あるいは国民全員(約1億2700万人)に支給するのか(ユニバーサリズム)という対立があります。
 生活支援金は収入が蒸発して窮地に陥った人びとを支援するのが目的ですから、これまで通りの収入を得られる人びと(多くの正社員や年金生活者など)や富裕層にまで支給する必要はありません。とはいえ、対象を絞って申請があれば支給するという方法だと、書類作成や収入証明など手続きの煩わしさから申請しない人が続出する恐れがあります。その意味で、全世帯あるいは全国民に一律で支給し、収入が減らなかった人からは後に所得課税で払い戻させるという方法も一理あります。しかし、困窮した人への支援という趣旨からすれば、災害時と同じように申請の手続きを思い切り簡単にし、収入を減らした人すべてに現金をすみやかに支給する方法がベターだと言えます。
 月10?20万円の生活支援金を仮に1000万人に支給すると、3カ月で3兆円から6兆円の財政支出が必要になります。それ以外の施策も含めれば、財政支出は20兆円あるいはそれ以上になってもおかしくはありません。これは、予算の予備費(19年度と20年度の分を合わせて7700億円)で賄える金額ではありません。巨額の赤字国債の発行が必要になります。本来なら公正な税制による税収増で累積債務の増大を抑えてきておけば、経済危機の非常時に思い切った財政出動が可能になります。しかし、日本では巨額の累積債務の膨張が抱えるリスクをいっそう大きくしながら、巨額の赤字国債を発行するしかなくなっています。

Q5 経済対策のなかには不要・不急なものはないのでしょうか?

 いま緊急に求められているのは、感染拡大を防ぎ医療体制を強化することと働く人びとの生活を守ることです。ところが、政府の経済対策のなかには、筋ちがいの施策も多くあります。
 その1つは、消費を喚起して景気を回復するといった目標を入れ込んでいることです。そのために、外食や旅行に使える割引券や商品券を発行する、キャッシュレス決済によるポイント還元を延長するといった消費刺激策が検討されています。そもそも外出自粛やイベント中止など感染拡大防止を求めながら消費を増やそうというのは、矛盾しています。消費の喚起は、感染拡大がある程度収まってからということになるでしょうが、しかし、これまでのような大量消費を元通りに戻すということでよいのか、根本的な再検討が必要だと思われます。
 安倍首相は、大規模な経済対策の狙いが「日本経済を確かな成長軌道へと?字回復させる」ことにあると公言しています。また、国民全員に一律の生活支援金を支給するとか、消費税を停止するといった提案※4にも、とにかく消費を活性化して景気回復をめざすという発想が透けて見えるのが気がかりです。景気回復や経済成長をめざすというマクロ経済政策と働く人びとの雇用や生活を守る政策とは、関連しますが、はっきり区別すべきです。大事なことは、後者なのです。
 そして、「コロナ・ショック」による経済への大打撃は、産業構造や暮らしや働き方に大きな変化をもたらすにちがいありません。例えばインバウンドや郊外のショッピングモールに依存した爆買い型の消費のあり方も見直されるでしょう。あるいは感染症の再来が予想されるなかで、保健所や公立病院の削減にストップをかけ、衛生・医療体制の拡充に資金や人材を重点的に投入する政策への転換が必要不可欠になります。経済対策は、人口減少と低成長の時代にふさわしい経済・社会の構築につなげる中身にすべきでしょう。
また、政府は日銀に、ETF(上場投資信託)をかつてなく大量に買わせています。上限年6兆円を12兆円にまで引き上げました。これは、株価を支えて株式市場の安定を取り戻すためとされています。日銀によるETFの大量購入は、「株価下落の原因が市場参加者の投機行動ではなく、まったく市場と無関係な感染症である」という理由で正当化されると、これを擁護する見解もあります※5。しかし、公的な資金による株価の下支えから最大の恩恵を受けるのは、大量の株を保有して大儲けしてきた富裕層なのです。こうした不必要な対策に対しては、市民による厳しい批判と監視の目が必要です。

※1 白川真澄『金融危機が人びとを襲う』(樹花舎、2009年)
※2 日本経済新聞20年3月28日
※3 前掲、3月21日
※4 薔薇マークキャンペーン「消費税・新型コロナショックへの緊急財政出動を求めます」(20年3月22日)
※5【経済学者による緊急提言】新型コロナウイルス対策をどのように進めるか――株価対策、生活支援の給付・融資、社会のオンライン化による感染抑止(20年3月18日)
                              (20年3月31日記)
《関連の論稿》
*白川真澄「リーマン・ショックの再来――『働く弱者』を襲う危機」(20年3月)
http://www.peoples-plan.org/jp/modules/article/index.php?content_id=223
*同「『コロナ・ショック』――経済危機が『働く弱者』を襲う」(「テオリア」4月10日号)
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