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アベノミクスの「新成長戦略」批判
――企業に無制限の自由を与える「4大改革」


白川真澄
(ピープルズ・プラン研究所運営委員)
2014年7月12日
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? 新成長戦略の狙いと特徴

1 最大の狙いは、株価の維持と上昇。海外投資家の日本株への投資と海外企業の直接投資によって、足踏みする株価(昨年末に1万6千円台に達したが、今年に入って1万4千円台に低迷)を再び押し上げる。「株価こそ政権の命綱」(日経新聞6月16日)。

*129兆円の公的年金を管理するGPIFの資金運用を、低リスクの国債中心からハイリスク・ハイリターンの株式にシフト(12% → 20%)。基本ポートフォリオの見直しを前倒し(9月から)。

*「4大改革」によって「(企業が)『稼ぐ力』を取り戻す」。「企業が世界一活動しやすい国」に。

*「国家戦略特区」(全国6地域)を規制緩和の突破口にし、海外企業の参入を促進。「国・自治体・民間が一体となって規制改革を行う。首相がトップダウンで進め、モデルとなる成功例を創る」。

*コーポレート・ガバナンスの強化(社外取締役の導入など)。企業の内部留保を吐き出させ、自己資本利益率(純利益/自己資本)を引き上げる → 海外からの投資の呼び込み。


2 新成長戦略の柱は、法人税率引き下げ、雇用・医療・農業の規制緩和(「岩盤規制」改革)という「4大改革」。財政再建よりも「成長志向型の法人税改革(20%台に税率引き下げ)」を優先。小泉改革でも十分に手を付けられなかった分野で、TPP参加と一体で規制緩和を強行。徹底した新自由主義的改革による経済成長主義。

3 人口減少社会への対策の前面化/2060年に人口1億人維持の目標。女性の活用。外国人労働者の受け入れ拡大。

4 アベノミクスの「第3の矢」である昨年6月策定の「成長戦略」の効果がなかった(公共事業による景気回復、株価の低迷)ため、あらためて再策定。新しい製品を生むイノベーションは、「ロボット革命」と「健康ヘルスケアサービス」というお粗末ぶり。

*原発再稼働、リニア新幹線建設などもプランに入っている。


? 法人税率引き下げの企て

1 「法人税率を数年で20%台に引き下げる」ことを明記(骨太の方針)。現在の法人実効35.64%、まずドイツ29.5%並みに、さらに中国25%、韓国24.2%、イギリス23%の水準に引き下げる。

2 転倒した税制改革/消費増税の見返りに大幅な法人税減税を進める。消費増税で税収増大(3%引き上げで8兆円、5%引き上げで12.5兆円の税収増)を行なう一方で、次々に法人税減税を実施。すでに復興特別法人税の前倒し廃止(1兆円)と設備投資・賃上げ促進のための法人税減税(1兆円)で14年度に2兆円の減税を実施するが、さらに5?10%の法人税率引き下げで2.5兆円?5兆円の減税となる。

3 税率引き下げによる大幅な税収減を補うための措置(課税ベースの拡大や外形標準課税の拡大)は、結論を先送り。法人税に関するこれまでの優遇措置をやめて、課税ベースを拡大すると、最大4.2兆円の増収になる(租税特別措置による減税額0・9兆円、欠損金=赤字分の繰り越し控除2.3兆円、受け取り配当金の非課税1兆円など)。

4 法人税率引き下げを正当化するアベノミクスの論理/“法人税率引き下げによって経済成長を加速(海外企業の呼び込み、企業の利益増大分を賃上げに還元し消費拡大) → 税収の増大 → 財政再建”。経済成長がすべての難問を解決するという幻想。

5 膨れあがる累積財政赤字(「国の借金」は2013年6月に1000兆円を突破し、1008兆円に)。2010年度の赤字23兆円というプライマリーバランス(基礎的財政収支)を2020年度に黒字化する国際公約の達成は絶望的。アキレス腱としての財政再建問題。



? 労働市場の全面的な流動化――「雇用改革」

1 雇用分野の規制緩和の柱は、労働時間規制の緩和(ホワイトカラー・エグゼンプションの導入)。

*年収1千万円以上の高収入の専門職の労働者(為替ディーラーや証券アナリストやコンサルタントなど)については、時間ではなく成果で評価する制度を導入(16年春)。「柔軟で多様な働き方」の名の下に残業代ゼロや深夜・休日手当ゼロの対象を、管理職以外にも拡大 → 年収1000万円以上の労働者は、管理職を含めて全体の3.8%  → 「名ばかり管理職」のように対象者を拡大し、長時間労働を野放しにする危険。

※山本勲/黒田陽子は、景気後退期には労働時間規制が除外されている労働者は、労働時間が長くなっていたことを実証(『労働時間の経済分析』)。

*労働時間規制の緩和によって「働き手の創造性と高い生産性が発揮される」と評価する論者でさえも、「実効性のある長時間労働の抑制策が盛り込まれていないのが不満」(鶴光太郎、日経新聞6月17日)と危惧。

2 アベノミクスは、労働市場の全面的な流動化を企てている。

*非正規雇用をいっそう拡大する/派遣労働の期限と職種の限定をなくし、人を入れ替えればあらゆる職種で無期限に利用できる。「例外」から「常態」へ[労働者派遣法の改正]

*正社員の解雇規制を緩和・撤廃する/解雇を厳しく制限した判例や労働契約法よりも、解雇の条件を定めた入社時の契約を優先して解雇できるというルールに変更。

*解雇しやすい「限定正社員」制度の導入を拡大する/職種や地域の営業所がなくなれば解雇できる → 人材確保のために非正社員を「限定正社員」に昇格させる動き(ユニクロなど)だけではなく、正社員を「限定正社員」に降格させる。

*アベノミクスは、「成熟産業[衰退産業]から成長産業への失業なき労働移動」によって経済を成長させるという戦略を打ち出している(昨年6月の成長戦略)。そのためには、いつでも労働者を解雇できるようにして、スキルアップさせて高い生産性部門に転職させることが必要[手厚いセーフティネット抜きのスウェーデン・モデルの模倣] → 現実には、生産性の高い部門(製造業)は雇用吸収力が小さいという限界。

3 アベノミクスの「雇用改革」は、(1)すべての労働者を不安定な非正規雇用に近い状態に追いやる、(2)「自由な働き方」(労働者にとっての)ではなく、「自由な働かせ方」「自由な雇い方」(企業にとっての)を実現する。これによって、企業に無制限の利益追求の自由、最大限のビジネス・チャンスを与える。



? 混合診療の拡大――「医療改革」

1 患者の申し出でによって先端医療などを混合診療(保険診療と保険外診療を併用し、後者のみ全額自己負担)として使える「患者申し出療養制度」を創設/患者が使用を望む国内未承認の新薬や医療機器を大学病院などで使えるようにする。

2 経済界は、混合診療の拡大によって新薬の開発や高度医療機器の利用の増大、民間保険への加入者増などでビジネス・チャンスが拡大することを狙っている。医療関連産業の市場規模を16兆円から20年までに26兆円に増やす(政府の目標)。保険外診療の拡大で医療への支出が増えれば(医療支出の対GDP比が、現在の9・5%から米国なみの17・6%になる場合)、GDPを8%、40兆円押し上げると試算(読売新聞6月17日)。

3 未承認の新薬や治療法の安全性や有効性に疑いが残るため、混合診療を実施する医療機関を、臨床研究で実績のある15カ所の中核病院に限定するか(厚労省)、できるかぎり増やすか(規制改革会議)について綱引きが続いている。

4 混合診療の拡大は、TPP参加と密接不可分の関係(米国の保険会社や医薬品企業の参入が促進される)で全面解禁への突破口になる → 保険診療の範囲の縮小と高額な保険外診療の範囲の拡大が進み、“儲かる医療”への転換(医療の成長産業化)と国民皆保険制度の空洞化(低所得者の医療サービスからの排除)へ。



? 農業への企業参入の促進――「農業改革」

1 JA全中の権限を大幅に縮小し(地域農協への指導権の廃止・縮小)、株式会社化する。これによって地域農協や農家の経営の自由度を高める。

2 企業の農地所有の緩和/企業の農業生産法人への出資を25%以内から50%以内にまで緩和 → 企業の農地所有を全面的に解禁する(農業生産法人への50%超の出資を認める)案は、5年後に先送り。

3 大規模農家だけを生き残らせる「農業改革」。

*TPP参加による輸入農産物の急増に対応して、企業の農業への参入をテコにして高品質のコメなどを中心に農業の輸出産業化をめざす(農業の輸出額を現在の5千億円から20年に1兆円、30年に5兆円に増やす)。

*減反(生産調整)による価格支持政策は18年度に廃止 → 米価(現在13,000円、95年は21,000円)がいっそう下落(10,000円を割る) → 小規模農家は耕作中止し、農地は大規模農家に集約 → 規模拡大で生産コスト低下  → コメの競争力強化 という筋書き。生産性の低い中山間地の零細な農家は切り捨て、農業の担い手を少数の大規模農家と企業に絞る。

4 規模拡大・生産性向上・競争力強化の路線は、4割を占める中山間地の小規模農家を切り捨て、農業の多面的な機能(洪水防止など)を破壊・喪失させる。



? 急激な人口減少への対策の前面への押し出し

1 50年後(2060年)に1億人の人口を維持する目標の設定。

*現状の出生率では、人口は現在(13年)の1億2730万人から2060年に8674万人に、生産年齢人口は7901万人から4418万人に減少。出生率が現在の1.41から2.07に回復すれば、人口は2060年に1億545万人を、生産年齢人口は5500万人を維持できる(減少幅を1000万人以上抑えることができる)という推計。

*出生率の2.07への回復(「選択する未来委員会」)は目標にされなかったが、前提にされていて、産まない女性・産めない女性への抑圧となる。

*2.07という数値は、まったく非現実的。フランスやスウェーデンなど出生率の高い先進4カ国の平均でも1.93。出生率の回復に必要な子育て支援(子ども手当や保育サービスなど)のための「家族関連支出」の対GDP比は、1.35%(11年度)にすぎず、フランスの3.0%(07年度)やスウェーデンの3.35%に比べるといちじるしく低い。

2 生産年齢人口の減少にともなう労働力人口の減少を補うために、「女性の活躍促進」、つまり女性の労働市場への参加を促進する。

*昨年6月の成長戦略では、25?44歳の女性の就業率を5%引き上げて、2020年に73%にする目標を提示。「5年で40万人分の保育の枠を確保」を謳った。

*新成長戦略では、「5年で学童保育30万人の枠を拡大」、子育て経験のある主婦を「子育て支援員」に認定、就労インセンティブを高めるために配偶者控除の廃止の検討などのメニューを並べた。

*安倍政権の女性活用策の矛盾。女性の労働力としての活用促進と同時に、「自助」=「家族による助け合い」を強調し、介護や保育の仕事を女性に担わせる発想が強い。

3 労働力人口の減少・不足を補うために、外国人労働者の受け入れを泥縄式に拡大する。

*建設業や介護の分野で深刻な労働不足が表面化。介護の分野では、2025年に100万人が不足すると予測されている。

*悪名高き技能研修制度の利用。3年間の技能研修終了後に帰国せず、3年間延長して働くことができるようにする。東京五輪に向けて建設業から利用を決定。

*関西の国家戦略特区では、家事支援サービスを提供する外国人を受け入れ。

*安倍の本来の保守主義・ナショナリズム的発想から、定住の可能性をもつ移民としては受け入れず、短期の出稼ぎ労働者だけを使い捨て労働力として利用。



? アベノミクスの現在

1 景気回復ムードの演出。

*なりふり構わぬ株価対策、企業に儲けさせる「新成長戦略」による株価の上昇/15,000円台半ばへの株価の回復。

*企業の経常利益の大幅な増大(上場企業の14年3月期の経常利益の総額は約29兆円、リーマンショック前の08年3月にほぼ並ぶ)。

*雇用の改善/失業率は3.5%、有効求人倍率は1.09に(14年5月)。

*消費増税による個人消費の落ち込みは想定内

2 経済の本格的な「好循環」(賃上げによる労働者の所得向上→個人消費の拡大→設備投資の増大)には至っていない

*15年ぶりの賃上げ2.07%(昨年は1.71%、大企業2.12%、中小企業1.76%、連合の集計)にもかかわらず、物価上昇率は消費増税もあって前年同月比3.4%(消費者物価指数、5月)。勤労世帯の実収入はマイナス4.6%(前年同月比)と8カ月連続でマイナス。「1年前よりもくらしのゆとりがなくなってきた」と答えた人は43.7%と、13年3月以来の最高(日銀アンケート調査)。

*非正社員の時給は11.64円アップ(前年比0.06円アップ、月で2,328円アップ)にとどまる。飲食サービスなどの人手不足にもかかわらず、上昇は鈍い。

*企業の経常利益の急増によって内部留保は304兆円(14年3月)と史上最高に。設備投資の増え方は緩慢。海外への投資が先行。M&Aによる海外株の保有増大へ。

3 海外投資家の動向による株価の乱高下(暴落)の可能性。

4 新成長戦略に対する対抗は、脱成長のオルタナティブと戦略の対置でのみ可能(略)。

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