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2016年参院選の結果と対抗勢力の課題(覚書)

白川真澄
(『季刊ピープルズ・プラン』編集長)
2016年7月14日記

? 結果――改憲勢力による3分の2獲得を阻めなかった

1 自公両党は、改選議席の過半数(61)を大きく上回る70議席(自民56、公明14)を獲得して圧勝した。

  民進党は13年の惨敗からは回復したが、改選議席から大きく後退。共産党は議席を増やしたが、予想されたほどの躍進はできなかった。民進・共産・社民・生活の4党プラス野党系無所属(4)は44にとどまった。おおさか維新は、議席を大きく伸ばした。

 *自民:50(改選議席)→56(13年は65)、公明:9(改選)→14(13年は11)
 *民進:43(改選)→32(13年は17)、共産:3(改選)→6(13年は8)、生活:2(改選)→1(13年は0)、社民2(改選)→1(13年は1)
 *お維新2(改選)→7(13年は維新8、みんな8)  

2 その結果、自公におおさか維新(7)を加えた改憲勢力は77議席を獲得し、非改選の改憲勢力(自・公・お・こ+無所属4)87を併せて164議席となり、参院3分の2(162)以上を占めることになった。

3 改憲3分の2勢力の出現を許すかストップするかがかかった参院選で、対抗勢力は歴史的な敗北を喫した。

 *改憲勢力が衆参両院で3分の2以上を占めるのは戦後初めてである。改憲発議に必要な3分の2の獲得をめぐって争われたのは1955年の総選挙であったが、この選挙で保守(保守合同前の民主党と自民党)は299を獲得したが、改憲反対の革新勢力(左派社会党、右派社会党、労農党、共産党)は162議席を獲得し、3分の1(156)以上を確保した。それ以来41年間、改憲勢力は衆参のいずれかで3分の2以上を獲得できない状態が続いてきた。

 *安倍政権は、ついに改憲案の国会発議に必要な政治的条件を手に入れたのである。逆にいうと、明文改憲を阻むための最初の大きな関門(国会内での改憲反対3分の1勢力の確保)を突破された。改憲をめぐる政治的攻防は、国会発議から国民投票へという新しいステージに入り込んだ。

4 リベラル・左派4党の野党共闘は、勝敗を左右する32の1人区すべてで野党統一候補の擁立を実現した。その効果が発揮され、11選挙区で自民党候補を破った。13年の2勝29敗から11勝21敗へと善戦した。とくに、米軍基地問題が焦点となる沖縄、原発と避難者支援が問われた福島で、野党統一候補が勝利した政治的意味は大きい。また、TPPの是非が争点になった山形での勝利も、大きな意味をもつ。さらに、同日に行われた鹿児島県知事選で脱原発派が勝利し、川内原発をめぐる攻防が新しい局面に入った(再稼働された原発が秋からの定期検査を終えた後の再稼働に知事が同意するか否か)。

5 にもかかわらず、自公両党が圧勝したのは、大都市の定員3人以上の複数区(東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡)と比例区および西日本の1人区でリベラル・左派を圧倒したからである。

 *とくに大阪(定員4)と兵庫(3)では、自公とお維新が議席を独占、神奈川(4)で自公が3議席を獲得し、民進が1議席を得ただけである。ただし、東京(6)と愛知(4)では半分にとどまった。

 *比例区(投票率54.69% 13年より2.08%アップ)では、自公プラスお維新が3283万票を得たのに対して、野党4党は2038票を得たにとどまった。
  自民党:2,011万票(36.0%) ← 13年:1,846万票(34.7%) プラス165万票 
  公明党: 757  (18.5%)     :757   (14.2%) 
  お維新: 515  (9.2%)      :636   (11.9%)
  民進党:1,175  (21.0%)     :713   (13.4%) プラス462万票
  共産党: 602  (10.7%)     :515   (9.7%)  プラス 87万票
  社民党: 154  (2.7%)      :126   (2,4%) プラス 28万票
  生活 : 107  (1.9%)      :94    (1.8%)


? 改憲3分の2獲得阻止のためのたたかい――安倍政治との攻防(1)

1 改憲の野望ストップへ対抗勢力は力を尽くしてたたかった。

(1)2015年夏の戦争法(安保法)反対運動の空前の高揚は、安倍政権をたじろがせ、生命線の内閣支持率をいったん急降下させた。戦争法の成立を阻止できなかったが、挫折感に陥ることなく、参院選に向けて制度圏政治に積極的に関与していった。従来の社会運動のなかにあった非政治性(選挙に距離を置き、傍観する態度)を軽々と乗り越え、全国各地で市民連合やミナセンを結成。

(2)その活動の最大の成果は、「安保法の廃案と立憲主義の回復」を旗印とする野党共闘の実現であり、具体的には1人区における野党統一候補の擁立であった。これは、当初は民進党内部の抵抗によって進展しなかったが、市民運動の強い働きかけによる野党4党の安保法廃案の共同提案(2月19日)をきっかけに動きはじめ、北海道5区の補選(4月3日)での実験を経て、32の1人区すべてで実現した。これには、共産党の独自候補の取り下げという決断が大きな要因となった。

(3)参院選における野党共闘は、第1段階として1人区における野党統一候補の擁立として実現したが、これはリベラル・左派勢力(民進党・共産党・社民党・生活)が強大な自公勢力に対抗できる唯一の有効な戦略であった。結果的に、野党共闘は32の1人区に置いて11人を当選させた。13年選挙での1人区が2勝29敗であったことからすれば、前進である。激戦区での僅差の勝利が多かったように、野党統一候補でなければ自民党に敗れたであろう。野党共闘は、その有効性を実証した。

 *1人区で、公明支持層の24%、無党派層の56%が野党統一候補に投票した。逆に自民党に投票したのは、無党派層では34%であった。前回(13年)は、1人区で野党6党(維新とみんなを含む)に投票したのは公明支持層では15%、無党派層では38%にとどまっていた(朝日7月11日)。

 *野党共闘は、1人区では野党統一候補の擁立に成功したが、複数区と比例区では実現しなかった。比例区では「統一リスト」方式(日本版「オリーブの木」)が模索されたが、実現には至らなかった。これは、衆院小選挙区での共闘の実現につなげる課題と並んで、未解決の難問として持ち越される。

2 なぜ、改憲3分の2阻止ができなかったのか。

(1)リベラル・左派勢力が野党共闘方式でたたかったにもかかわらず、その目標である改憲3分の2阻止を達成できなかったことについて、そもそも改憲問題を最大の争点に据えたことが失敗であった、という評価がある。なぜなら、有権者の投票に際しての判断基準(「最も重視する政策」)は改憲問題ではなかったからだというわけである。この評価を検証してみる。

(2)投票日の出口調査と事前の世論調査からは、次のような傾向が浮かび上がってくる。有権者全体の意識としては、改憲に反対・慎重な意見のほうが賛成を上回っているが、実際に投票に出かけた人(5割強)のなかでは改憲賛成という人が反対を上回った。憲法問題が争点としての重要度(「最も重視する政策」)の順位では高くなかったことから、改憲に反対(改憲勢力が3分の2以上を占めることに危機感をもつ)の人のなかで、投票に出かけなかった人がかなりいると考えられる[世論調査に反映される政治意識と実際に投票する人の政治意識の差]。憲法問題に関心の強い人のなかでは、改憲反対の政党に投票した人が多かった。

 *朝日新聞の出口調査では、投票に際して「最も重視した政策」は、?景気・雇用対策30%、?社会保障22%、?憲法14%、であった。憲法を最重視した人のうち、民進に投票した人は23%、共産に投票した人は34%であった。なお、告示前の世論調査(6月4?5日)では、2つまで選ぶ項目で?社会保障53%、?景気・雇用45%、?子育て支援33%で、憲法は?番目で10%にすぎなかった。

 *朝日新聞の出口調査では、改憲が必要49%、不必要44%と、改憲論がわずかだが上回っている。不必要と答えた人の44%が民進・共産に、42%が自・公・お維に投票している。逆に、必要と答えた人の68%が自・公・お維に、21%が民進・共産に投票している。

 *事前の世論調査では、安倍政権下の改憲に賛成36%、反対48%(共同、6月12?13日)、改憲勢力が3分の2以上を占めたほうがよい30%、占めないほうがよい47%(朝日6月4?5日)と、改憲反対が賛成を上回っている。

(3)選挙において何を争点=アジェンダ(「最も重視する政策」)に設定するかをめぐる争いこそ、勝敗を左右する鍵となる。それは、「有権者の関心」を反映するというよりも、政権与党・マスメディア・野党・社会運動などの間の政治的攻防によって創り出されダイナミックに変化する。「有権者の関心」そのものが政治的攻防の過程を通じて創り出されてくるのである。とはいえ、争点=アジェンダ設定の主導権を握るのは、マスメディアを味方につける政権与党である。その主導権を奪い返すためには、野党と社会運動の力量の成長と創意工夫の発揮が必要不可欠となる。

(4)安倍政権は、「争点はアベノミクスへの評価」だという争点設定を行い、憲法問題(改憲の是非)の争点化を徹底して回避する戦略をとった。安倍は遊説で憲法のケの字も語らなかったが、自民党の「選挙公約」においては本体部分ではなく「政策バンク」の末尾に小さく改憲の主張を記した。しかも、そこでは「憲法審査会における議論を進め、各党との連携を図り、あわせて国民の合意形成に努め、憲法改正を目指します」とだけ記されている。「総合政策集2016 J―ファイル」には、この文言に続けて「憲法改正草案を提示」として、そのエッセンス(※)明言されているが、「選挙公約」の「政策バンク」からは削られている。
(※)(「(憲法の)3つの基本原理を継承しつつ、日本国の歴史や文化、国や郷土を守る気概」、和を尊び家族や社会が互いに助け合って国家が成り立っていることなどを表明)、「天皇陛下は元首」、「自衛権の明記、国防軍の設置」、「武力攻撃や大規模な自然災害に対応するための『緊急事態条項』の新設」など。

(5)リベラル・左派の野党共闘は、「立憲主義の回復」を共通の旗印として、安倍政権による改憲に反対、改憲勢力による3分の2議席獲得のストップを積極的に訴えて、争点化しようと試みた。その努力は、憲法問題を重要な争点の1つにまでは押し上げた(「最も重視する政策」における憲法の順位が次第に上り、マスメディアが改憲3分の2議席に積極的に言及するようになった)。

(6)しかし、殻に閉じこもって姿を現わさない「改憲」像に対して、対抗勢力の側は、まず相手の改憲の意図と内容を説明し、しかる後にその醜悪さを批判するという議論を仕掛けざるをえなかった。いわば、まどろっこしい一人芝居を演じることを強いられた。このため、憲法問題を最大の争点にまで高め、争点=アジェンダ設定の主導権を奪い返すことはできなかった。

(7)自民党改憲草案がほとんどの人に知られず、それをめぐる批判や議論が展開されていない状況下で、憲法を争点化する戦略には最初から困難がつきまとっていた。しかし、この戦略は、野党共闘の成立にとっても長期的な視野での政治的対決にとっても必要なものであった。また、一定の効果を発揮したことも間違いない。

(8)だが、憲法を争点化する戦略は、改憲に反対・慎重な意見や気分をもつ多数の人びと(有権者のなかで相対多数を占める)を投票に赴かせ、改憲勢力にノーの意思表示をするまでの政治的動員に成功しなかった。


? アベノミクス批判と代替案――安倍政治との攻防(2)

1 自公政権に打撃を与え改憲勢力3分の2を阻止するためには、安倍政治の全体と対決する戦略が必要であった。すなわち、安倍による改憲の野望と対決し、改憲に危惧や不安をいだく人びとを動かすだけではなく、アベノミクスと対決し格差や社会保障の将来に不安をもつ人びとを動かす、という戦略が不可欠であった。それによってはじめて、安倍政権に対する広範な批判と不信が高まり、内閣支持率が急激に低下する変化が起こるからである。

(1)私は昨年9月時点から、戦争法廃案・改憲阻止という対決点だけではなく、アベノミクスからの転換という対決点という2つの争点=対決点を設定した戦略が必要であることを主張し続けてきた。
 参院選の争点は、まちがいなく?改憲3分の2勢力の獲得を許すかストップさせるか、?アベノミクスの継続(信任)か転換(不信任)か、の2つである。
 1)野党共闘(およびこれを後押しする市民運動)は、安保法の廃止と立憲主義の回復を政策的な一致点としているから、?改憲3分の2勢力をストップさせるというテーマでは、安倍政権と明確な対抗軸を立てることができる。しかし、?のアベノミクスにさよならを!(不信任)というテーマでは、格差是正という方向性の一致が生まれているが、中身に踏み込むとバラバラで曖昧さが出てくる。
 2)無党派層や若者をはじめ投票の帰趨を決するテーマは、?のアベノミクスの継続か転換か、であろう。アベノミクスに対する明快で全面的な批判と説得力あるオルタナティブ(「代わる道」)の提示が問われる(「2016年参院選をめぐる政治攻防と課題」、2016年5月5日)。

(2)アベノミクス批判と代替案の提示の必要性は、次の理由による。?安倍政権が「アベノミクスの継続・前進か後戻りか」を参院選の争点に設定してきた。?有権者のなかで最大の争点=関心事(「最も重視する」テーマ)が、景気・雇用と社会保障である。?アベノミクスへの期待と幻想が(萎みつつも)高い内閣支持率を支えている。

(3)したがって、安倍政権に対する広範な批判と不信が高まり、内閣支持率が低下するような政治的変動が生じるためには、アベノミクスへの不信・幻滅・離反・憤りが生まれることが必要である。そして、その不信・幻滅・離反・憤りの高まりを誘導する対抗勢力の有効な言説(批判と代替案)が求められる。

2 アベノミクスは、どう評価されているのか

(1)安倍首相は、参院選の結果は「『アベノミクスをいっそう加速せよ』と国民から力強い信任をいただいた」ことだと強弁した(7月11日、記者会見)。ひいき目に見ても、アベノミクスは行き詰まり失速している。その現状を「まだ道半ば」と自己採点した(誤魔化した)ことが容認されたにすぎない。

(2)アベノミクスへの評価は、期待・幻想と不信・幻滅とが拮抗している。
 *朝日新聞(1月16?17日)/3年間で全体として成功だ37%、失敗だ35%
 *朝日新聞(4月9?10日)/評価する51%、評価しない46%。
 *読売新聞(6月3?5日)/評価する44%、評価しない44%。
 *朝日新聞(7月2?3日)/さらに進めるべきだ28%、見直すべきだ55%。

(3)アベノミクスは、生活や賃金の改善をもたらしていないが、悪化させてもいないという評価が多数を占めている。
 *朝日新聞(1月16?17日)/アベノミクスの下で暮らし向きはよくなった5%、悪くなった16%、変わらない76%。

(4)多数の人びとは、アベノミクスが明らかに失速し、トリクルダウンによる恩恵(生活の向上)をもたらしていない現状を実感している。貧困のリスクが高齢の単身女性・シングルマザー・非正規の若者に集中し、中間層を含む大多数の人のなかで社会保障の将来への不安がおおきくなっている。そのことが家計支出の節約による個人消費の停滞を生んでいる。

(5)しかし、多数の人びとのなかでは、アベノミクスから転換しないと生活がいっそう悪化し将来不安がますます大きくなるという切迫した危機感は、まだ生じていない。これは、アベノミクスが新自由主義に純化して緊縮策を押し付けてくるよりも、金融緩和(リフレ派)と財政出動(ケインズ主義)と成長戦略(新自由主義)を混ぜ合わせたことによる。

3 リベラル・左派のアベノミクス批判は、限定的な有効性しか発揮しなかった。

(1)アベノミクスの「成果」を吹聴する自公政権に対して、リベラル・左派はアベノミクスが「失敗」したと批判し、?格差是正と分配重視(社会保障の拡充)による経済成長、?リスクが高まる世界経済への過度の依存から内需主導型の経済への転換、を対置した。その批判は的確であり、代替案の2つの方向も間違ってはいなかった。だが、それは限定的な有効性しか発揮しなかった。

(2)安倍政権は、アベノミクスの失速・失敗・破綻(株価の低落と円高への逆行、個人消費の停滞による景気回復の足踏み)の原因が世界経済のリスクの高まりにあると誤魔化し、消費増税再延期で批判を巧みに逸らした。

(3)さらに、アベノミクスを「分配重視」へと手直しし、リベラル・左派の政策を巧みに採りこんだ。同一労働同一賃金、最低賃金の時給1000円への引き上げ、給付型奨学金の創設、保育士・介護士の待遇改善。したがって、社会保障の充実のメニューについては自公とリベラル・左派の間で差異化できなかった。給付型奨学金の創設に共感した学生が、与党のほうが実現可能性という理由で自民党に投票した例もある(朝日新聞7月11日)。

(4)消費増税の再延期(17年4月→19年秋)によって、社会保障充実のための財源をどのように確保するのか、という重大な課題が突き付けられたが、明確に争点化されなかった。そこには、リベラル・左派の弱点が顔を出していた。
*自公両党は、赤字国債に頼らずアベノミクスの「成果」(税収増)を社会保障財源に当てるという苦しまぎれの主張をしたのに対して、民進党は「大企業、富裕層に公正で応分の税負担を求める」(金融所得課税の5%アップ、高所得者の所得税率引き上げなど)、共産党は「消費税に頼らない別の道で財源確保」、「富裕層や大企業への優遇をあらためる」(大企業優遇税制の見直し、所得税の最高税率を元に戻すなど)を対置した。
*しかし、民進党も共産党も、これらの真っ当な税制改革案を一貫して押し出さず、中途半端な姿勢に終わった。民進党は赤字国債発行による財源調達(岡田)を、共産党は「平均2%台の経済成長による税収増20兆円」(選挙政策)を言いだした。共産党の提案は、経済成長主義という点ではアベノミクスとは変わらない。

(5)アベノミクスをめぐる安倍政権とリベラル・左派の対決は、アベノミクスの「分配重視」への手直しによって「成長と分配の好循環」VS「分配による成長」(民進党は「分配と成長の両立」)という構図になった。両者の間に違いを見出すことは難しい。これでは、人びとのなかに広がっている生活と将来への不安(人口減少による経済成長の低下と社会保障の持続不可能性)をアベノミクスへの不信と転換要求にまで凝集し、安倍政権への不信任のエネルギーに転化させることはできない。

(6)アベノミクスの本質は経済成長主義にあるが、これと根本的に対決するためには、経済成長を当然の前提にした雇用創出や社会保障といったパラダイムを覆す必要がある。脱成長の路線の提示が、アベノミクスに代わるオルタナティブとして多数の支持を獲得することは短期的にはありえない。だが、同じ経済成長主義に立った代替案(社会保障の拡充)を提案しても、その実現可能性という点で政権党には勝てない。「もはや経済成長の時代ではない」という認識や実感は、確実に広がりつつある。より長期的な射程に立って脱成長の路線を提示し実践していくことが、アベノミクスと対抗していくことができる道である。

5 自公を勝利させた最大の要因は、野党よりもマシという安倍政権への消極的な支持である。いいかえると、安倍政権にとって代わる対抗勢力(野党)への支持がいっこうに高まらないことにある。

(1)安倍政権の支持率が下がらない最大の要因は、アベノミクスを含めた政策への支持ではなく、他に代わる勢力がないという消去法による支持である。だが、この消極的な支持の高さは、大きな強みである。
 *朝日新聞の調査(7月11?12日)では、安倍政権を支持すると答えた人の理由では「他よりよさそう」が46%と断トツで、「政策の面」は25%にとどまる。
 *読売新聞の調査(6月3?5日)でも、安倍政権を支持する理由のトップは「これまでの内閣よりよい」44%で、「政策に期待できる」は13%にすぎない。
 *朝日新聞の調査(7月11?12日)では、自公が過半数を大きく上回る議席を得た理由については「野党に魅力がなかったから」が71%に対して、「安倍首相の政策が評価されたから」は15%にすぎない。

(2)民進党は、安倍政権と対決するリベラル色を強めてきたが、支持が回復しない。民主党政権時代の「失敗」(極端にイメージ化されがちだが)と失望の後遺症が残っていること、党のトップのイメージが変わりばえしないこと(「メディア政治」の時代には致命的)ことなどが、その理由である。

(3)リベラル・左派の連合としての野党共闘の試みについては、半年前に比べると評価が高まり、評価する見方が評価しない味方を上回った。
 *朝日新聞の調査(7月11?12日)では、野党が統一候補を立てたのは「よかった」が39%、「良くなかった」が31%。
 *NHKの調査(1月13日)では、野党共闘に「期待する」33%、「期待しない」61%であった。4月(11日)の調査では、「評価する」38%、「評価しない」54%へと、やや評価が高まった。


? 課題

1 安倍政権による改憲の国会発議と国民投票の企て

(1)改憲勢力の3分の2議席獲得によって、“改憲案を国会で発議し国民投票にかけて成立させる”という安倍政権の企てが、現実の政治的日程に上ってきた。この企てを阻み挫折させる抵抗こそが、ここ数年の最大の政治的課題になる。

(2)「在任中の改憲」という安倍首相の野望を達成するためには、最短で“16年秋に憲法審査会で改憲項目の議論開始 → 17年秋に憲法審査会で改憲原案の議論と採決 → 18年春に衆参両院の本会議で3分の2以上で改憲案を発議 → 18年夏以降に国民投票で改憲案成立”という政治日程が予想される(18年9月自民党総裁任期切れ、18年12月衆院議員の任期満了)。もちろん、これにはいくつかのハードルがあり、安倍首相の思惑通りに事が運ぶことは容易ではない。

(3)安倍首相は、改憲についての自分の姿勢を率直に語っている。
 *「どの条文をどう変えるべきかについて、憲法審査会でまずは真剣に議論していくべきではないか」(7月11日、記者会見)。
 *「我が党が独自に衆参で3分の2を持っているわけではないから、我が党の案[改憲草案]がそのまま通るとは考えていない。いかに我が党の案をベースにしながら3分の2を構築していくか、これがまさに『政治の技術』と言ってもいいだろう」(同)。
 *「今は民進党の中にも憲法改正をすべきだという人たちが多くなっている。どの条文をどういう風に変えていくかが大事で、憲法改正にイエスかノーかは今の段階ではあまり意味がないのではないか」(7月10日、TBSでの発言)。

(4)安倍が言いたいことは、?改憲か否かはもはや争点でない。改憲は自明の(共通の)大前提であって、どの条項を改正するか(だけ)が争点になっている。いいかえると、改憲か否かという議論(をする勢力)は、議論から排除して進める。?3分の2の多数という新しい条件を武器にして民進党に楔を打ち込み、改憲派を抱き込む。言い換えると、(参院選で抵抗力を発揮した)リベラル・左派の連合を解体・縮小する。その上で、?民進党内の改憲派とも合意できる改憲項目(「緊急事態条項」の新設など)を絞り出して改憲案を作り、最初の国会発議と国民投票を試みる。つまり「お試し改憲」を行う。

2 改憲の国会発議と国民投票の企てを阻む運動と主体を構築する。

(1)参院選における憲法議論を新たなスタート地点として、国民投票での改憲案の否決までを射程に入れた運動と主体の構築が、最大の課題である。当面の目標は、衆参3分の2以上の多数を背景にした国会発議を行わせないことである。

(2)そのためには、多くの人びとのなかに根強く潜んでいる憲法意識(平和主義、立憲主義)に働きかけ、その潜勢力を効果的に引き出すことである。憲法意識の潜勢力は、日本の民衆の独自の政治意識として、昨夏の戦争法反対運動の高揚として表現された。また、リベラル・左派4党の支持者だけではなく、公明党を支える創価学会員や自民党支持の保守層のなかにも潜在する(公明党は、「改憲勢力」に括られることに対する学会員の反発の強さから神経をとがらせている)。

(3)原点に立ち返った憲法議論を展開する。
 *安倍政権が仕掛けてくる憲法議論に対して、なぜ改憲が必要なのか、何のために・誰のために改憲が必要とされているのか、という大前提を問う論争を行うことが必要である。安倍政権側は、改憲か否かはもはや争点でなく、改憲は自明の(共通の)大前提である、したがってどの条項を改正するか(だけ)が課題である、という議論の土俵を設定してきている。この議論の土俵や枠組みそのものを壊し、原点に立ち返った憲法議論の土俵を設定しなければならない。
 *その立脚点は、立憲主義である。争点になっている。安倍政権のめざす改憲は、政府が好き勝手に振る舞うことのできるように強大な権力を手に入れ、人権と生存権を脅かしてくる改憲である。すなわち、立憲主義の破壊としての壊憲である、と。

(4)“憲法を知る”学習運動を草の根から組織する。
 *参院選での憲法議論は、自民党改憲草案はむろんのこと現行憲法をきちんと知っている(読んでいる)人がいかに少ないかという現状を痛感させた。多くの人、とくに若い世代が憲法の核心的内容(前文、9条、人権条項、生存権など)も自民党改憲草案のエッセンスもまったく知らないままに、改憲議論が展開されれば、“時代に合わなくなった部分は変えればよい”という形式的・抽象的な常識論がまかり通ってしまう。
 *「日本国憲法前文」のとじ込み冊子を付録にした「週刊スピリッツ」が、あっという間に売り切れた。「明日の自由を守る若手弁護士の会」による「憲法カフェ」のような学習会を無数に組織し、憲法を知るためのテキストと人材を大量に育て上げる。

(5)憲法審査会における条項議論の焦点として持ち出されてくる「緊急事態条項」に反対する声を上げ、運動を組織する。
 *緊急事態条項(国家緊急権)は、歴史的な経験(ワイマール憲法、緊急勅令)に照らしてみても、憲法の秩序や機能の停止を可能にし立憲主義を空洞化する「蟻の穴」(「蟻の穴から堤も崩れる」)である。

(6)安倍政治と対決する具体的なテーマと憲法の原理との内在的な連関を掴みとり、明らかにしていく。
 *沖縄の米軍基地の新設、原発再稼働、TPP、貧困〈非正規雇用の拡大〉、社会保障サービスの縮小といった社会運動のそれぞれのテーマと憲法の基本原理(いのちを守る平和主義、人権、生存権)との思想的・論理的な関連を探る。

(7)安倍改憲に対して不安と警戒心を高めている韓国や中国をはじめアジアの人びととの連帯を強化する。民衆の国際連帯にもとづくアジア・太平洋レベルの平和・非核の構想を具体化していく。

(8)改憲に対抗するリベラル・左派勢力の連合(立憲主義の回復をめざす野党共闘)を継続させ発展させる。同時に、その内部での生産的な論争を展開する。

 *安倍政権が狙う民進党の分断とリベラル・左派連合の解体を撥ねかえして、リベラル・左派の連合を継続し、総選挙での野党統一候補の擁立にまで進むことが求められる。とはいえ、安倍政権による切り崩し工作が激しくなることは間違いない。
 *同時に、参院選の論戦で自公が攻め立ててきた自衛権や自衛隊の違憲性といったテーマでの論争を深化させることが必要である。このテーマについて、共産党の動揺が参院選の政党間論争で露呈された。絶対平和主義の立場にたつ私たちの側からの議論の展開と深化が求められる。

3 破綻するアベノミクスとの訣別をめざす

(1)安倍政権は、アベノミクスが行き詰まり失速するなかで、10兆円の経済対策の実行を持ち出してきた(7月11日、記者会見)。それは、?「一億総活躍プラン」にもとづく「分配」重視・社会保障の充実と?インフラ整備のための公共事業の2本柱から成り立っている。

 *社会保障の充実/介護と保育の受け皿の整備と介護士・保育士の待遇改善、無年金者の救済[受給者資格を得るための保険料納付期間の25年から10年への短縮によって、42万人のうち17万人が受給可能に]、無利子奨学金の導入と給付型奨学金の創設検討。長時間労働の是正と同一労働同一賃金の実現。
 *インフラ整備/リニア新幹線の全線開業を8年間前倒し実施、整備新幹線の建設加速、
  農林水産物輸出1兆円の実現に向け輸出対応型施設の建設、外国人観光客4000万人ン見合うクルーズ船受け入れの港湾施設の整備。

(2)しかし、それはすでに大きな矛盾を抱えている。その1つは、財源問題の浮上である。もう1つは、財源不足から社会保障サービスの縮小に乗り出さざるをえないことである。

 *安倍政権は、消費増税を延期し、大企業や富裕層への課税強化も行わず、赤字国債にも頼らないで、アベノミクスの「成果」=税収増に「安定財源」を求めると主張した。だが、肝心の税収増が法人税収によって予想を下回り、10兆円の経済対策(補正予算)の財源が不足する事態に陥っている(昨年は剰余金1.6兆円、税収の上振れ1.9兆円を財源に3.3兆円の補正予算を組んだが、今年度は10兆円の補正予算を組むのに剰余金2500億円、税収の上振れゼロである)。そのため赤字国債ではなく建設国債の発行と財政投融資による公共事業投資という案も出ているが、これは公共事業投資に使えるだけで、社会保障充実策のためには赤字国債に頼る可能性も生まれている。

*社会保障拡充の財源をもっぱら消費増税に求めるという歪んだ財政構造は、消費増税の再延期によって必要な財源確保ができなくなるという事態を生む。その結果、社会保障サービスの切り捨て・縮小が行われることになる。すでに、「総合合算制度」(低所得者の社会保障の自己負担に上限を設ける)の導入は見送られたが、次の焦点は、介護保険における生活援助サービス(要介護1と2の人が利用)を切り捨て、自己負担に替える策である。そして、遅かれ早かれ年金支給年齢の引き上げが出されてくるだろう。
(3)したがって、社会保障の財源確保のために、どの税負担を増やすのかをめぐる争いを本格的に組織することが課題になる。

 *タックスヘイブンを利用した税逃れをする多国籍企業や富裕層に対して本国並みの課税を行う、金融所得に対する累進課税を実行する、所得税の最高税率を引き上げる、法人税率を下げず政策減税を大幅に縮小する、巨額の金融資産を有する富裕層に対する富裕税を創設する、といった公正な税制を提案して安倍政権と争う。
 *リニア建設事業の加速など大型公共事業の拡大にストップをかけ、介護における生活援助サービスの切り捨てに反対する。

(4)安倍政権は、「1億総活躍」のための子育て支援、「介護離職ゼロ」、長時間労働の是正(残業時間の上限規制)を謳いながら、成長戦略の柱として労働市場の規制緩和を進める、具体的には残業を野放しにする「脱時間給」(残業代ゼロ)法案を成立させようとしている。この支離滅裂さを突き、「脱時間給」法案に反対する。

4 安倍政治に対する抵抗拠点を確実に強化する運動を持続し発展させる。

(1)参院選1人区における沖縄、福島、山形(および鹿児島知事選)での野党共闘の勝利は、安倍政権とのこれからの対決・対抗の進め方に大きな示唆を与えている。辺野古基地の新設、原発再稼働、TPPといった具体的な対決テーマによる抵抗の運動の持続が、人びとの共感を呼んで制度圏政治における争いでの勝利まで生んだ。

(2)こうした具体的なテーマに即した抵抗運動の持続と発展こそ、安倍政治の全体と対決しこれを押し戻していく際の堅固な前進拠点になりうる。

5 現在の政治的・経済的な条件の下では、リベラル・左派の政治勢力が急激に支持を拡大して、次の総選挙で安倍政権に代わって政権に就くという見通しはきわめて小さい。民進党や共産党が気の利いた対案や「魅力的な」経済政策を提案したからといって、一気に支持が高まり政治的力関係が激的に変わるなどと夢想できない(参院選における安倍政権のアベノミクス手直しによる対応の素早さや狡猾さ)。リベラル・左派の勢力に求められているのは、次のことである。

(1)安倍政権による改憲反対の旗印による野党共闘を継続して対抗線を維持し、有権者の相対多数を占める改憲反対やリベラル支持の人びとの支持を固める。さらに、創価学会の支持者や自民党支持の保守主義の人びとのなかの平和主義支持・改憲反対の人びとの支持を引き寄せる。

(2)リベラル・左派の連合である野党共闘は、1回の試みだけで大成功するものではない。次の総選挙でも必ず試み、小さな成果を獲得しながら何回もチャレンジしていくことが必要である。

(3)世界経済のリスクがますます高まっており、アベノミクスの前途の困難は大きくなる。何が起こるか分からない不確実性の高まる時代を見据えて、アベノミクスの破綻、アジアにおける国際関係の急変など安倍政権の失政が誰の目にも明らかになるような「好機」の到来を捉えて、反攻に出るように準備する。

(4)反資本主義左派(グリーン・レフト)は、リベラル・左派の連合の継続と強化を促進しながら、より大きな政治的変動に備えて、独自の力と基盤の形成に力を注ぐ必要がある。
*改憲の国会発議と国民投票の企てを阻む運動の組織化に全力を挙げる。安倍政権による改憲反対の広範な結集を創ることに尽力しながら、絶対平和主義の立場に立って自衛権や自衛隊の違憲性をめぐる論争を発展させる。
*アベノミクスに対抗して、脱成長のオルタナティブの構想を提示し、同時にローカルな実践を展開していく。
 *さまざまな社会運動との結びつきを発展させながら、ローカルにおける政治勢力としての可視化を進める。
                              

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