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<民主党マニフェストを採点する>
【2】刑事政策/治安対策編


山口 響

ピープルズ・プラン研究所運営委員
2009年8月14日

<刑事政策/治安対策>

 「体感治安」の悪さがメディアで喧伝されるようになってから久しい。詳しく述べることはできないが、私は、生活状況が不安定化して人びとが心を病むようになりそれが犯罪につながっている面と、捜査機関の活動内容や統計の取り方などの変化により統計上犯罪が増加しているように見えているという面と、両方をみなくてはならないと考えている(後者の側面については、たとえば、河合幹雄『安全神話崩壊のパラドックス――治安の法社会学』岩波書店、2004年を参照)。

 いずれにせよ、「体感治安」を改善するために、ただ警察の権限を強くしたり刑罰を強化したりしてもほとんど意味はない。しかし、現実にはその意味のない措置ばかりが「治安対策」として打ち出されている。ここでは、そうした批判的な観点から、民主党のマニフェストを評価していきたい。

◆警察への監視強化
 マニフェストで評価できる点は、警察への監視強化が打ち出されている点だ。「政策集 INDEX」では、警察を監督する公安委員会の体制強化や、都道府県知事・都道府県議会による監督の強化、苦情処理制度の大幅な拡充(以上、p.1)、防犯カメラ・Nシステム(自動車ナンバー自動読取装置)・DNA鑑定などの新たな捜査手法の利用にあたって人権に配慮した運用ルールをしっかりと定めること(p.2)などが公約としてあがっている。

 また、捜査機関による取調べ過程の可視化(録音・録画)については、部分ではなく全過程とした点(p.12)も評価できる。部分的だと、捜査機関にとって都合のよい部分だけ(被疑者が素直に自白している所だけ)が裁判の証拠として提出される危険性があるからだ。「刑事裁判での証拠開示の徹底を図るため、検察官手持ち証拠の一覧表の作成・開示を義務付ける」(p.12)とした点もよい。

◆共謀罪の否定
 政策集では、共謀罪を導入せずに国連組織犯罪防止条約を批准するとしており、この点も評価できる(p.12)。共謀罪とは、犯罪行為(たとえば、殺人とか麻薬取引とか)自体がなくても、それを将来的に行うことを誰かと合意した段階で犯罪とみなすものであり、導入されれば、捜査機関の大幅な権限強化となる。共謀罪で実際に誰も起訴されなくとも、市民運動の中では強い畏縮効果が発生するだろう。民主党はこれまでも共謀罪に反対する市民運動と熱心に連携してきたが、民主党政権が誕生すれば、共謀罪の導入はほぼ難しくなるものと思われる。

◆終身刑を含む刑罰の見直し
 政策集は、「死刑の存廃問題だけでなく当面の執行停止や死刑の告知、執行方法などをも含めて国会内外で幅広く議論を継続していきます」(p.13)と述べる。表現としては弱いものの、「悪いヤツは殺してしまえ」という直情に流れず、死刑の存廃論議にまで踏み込んだ点は歓迎したい。

◆再犯防止
 「刑事施設の過剰収容状況の解消、収容者の生活環境改善のための施設・職員体制の整備、適正な医療体制の整備、矯正処遇プログラムの充実、社会復帰に向けた職能教育・就労支援、保護観察体制の充実など、再犯防止の取り組みを強化します」(p.13)と政策集は述べる。

 治安対策はしばしば「刑事」政策として囲い込まれ、平たく言えば「性根の腐ったヤツの根性を叩きなおす」という思想をベースにしている。しかし、実際には、あらかじめ「悪いヤツ」がいてその人が罪に走るというよりも、ある生活環境の中から犯罪が生まれてくるのである。

 したがって、治安対策をたんに「刑罰」の問題としてのみ捉えてもダメだということだ。労働政策や住居政策、生活保護行政など他の政策分野とじゅうぶんな連携が取れていなければ、「貧困と犯罪」のスパイラルから逃れることは難しい。民主党のマニフェストは、格差社会といわれる新しい情勢の下で治安対策を位置づけなおす視点に欠けている。

◆人権侵害への取り組み
 マニフェストは、これまで日本に存在しなかった人権侵害救済機関を創設するとしており、その点は評価できるが、これを内閣府の外局とした点は残念だ。やはり、ここは独立の機関としてほしかった。

 また、「個人が国際機関に対して直接に人権侵害の救済を求める個人通報制度を定めている関係条約の選択議定書を批准する」(マニフェスト第50項)とした点は大いに歓迎。

 「難民認定行政を法務省から切り離し、内閣府外局に難民認定委員会を設置するとともに、難民認定申請者や在留難民等の生活の支援に関する法的規定を整備します。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が認定した難民は、原則として受け入れることとします」(政策集、p.14)とした点も評価できる。難民行政が法務省管轄下にあるということは、難民が潜在的に「治安を乱す者」とみなされていることを意味する。法務省から切り離すことによって、難民とは「本国で迫害を受けている者」という正しい認識の下に、難民をもっと受け入れる社会にしていってほしい。

※このシリーズ<民主党マニフェストを採点する>は衆議院選挙後の分析論文も加えてパンフレット『民主党政権を採点する』として発行しました。詳しくはこちらをご覧ください。
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