メニュー  >  <民主党マニフェストを採点する>【6】税制編◎白川真澄
<民主党マニフェストを採点する>
【6】税制編


白川真澄

『季刊ピープルズ・プラン』編集長
2009年8月16日

◆財源問題をめぐって
 民主党と自民党の間で大きな争点になっているのが、雇用・社会保障政策を拡充するために必要な財源問題である。民主党マニフェストは、「税金のムダ使いを根絶する」ことによって新しい財源を調達し、消費税率の引き上げを4年間行わないとしている。これに対して、自民党マニフェストは、「消費税を含む税制の抜本的改革について、……11年度までに必要な法制上の措置を講じ、経済状況の好転後遅滞なく実施する」。これによって「『中福祉・中負担』の社会保障制度を構築する」と述べている。

 民主党マニフェストでは、子ども手当の創設などに当てる新しい財源16.8兆円(2013年度までの分)を次のように調達するとしている(マニフェスト「5つの約束」の1)。
◆公共事業の見直しなどによる「国の総予算207億円を徹底的に効率化。ムダづかい、不要不急な事業を根絶する」。9.1兆円
◆「『埋蔵金』や政府資産の活用」。5.0兆円。
◆「租税特別措置の見直し」。2.7兆円。

 川辺川ダムや八ツ場ダムの建設中止など公共事業の見直しを柱とする予算のムダ使いの根絶、埋蔵金や政府資産の活用、租税特別措置の見直しについては、短期的な当面の政策としては妥当であろう。しかし、これらは時限的な措置であって、貧困と格差をなくす新しい雇用政策や社会保障制度の確立のためには十分な財源を恒常的に確保する必要がある。そのためには、「公平な増税」(公平性をつらぬく負担増)のための税制改革が避けられないはずである。

◆税制改革の貧弱な内容
 民主党マニフェストは、税制改革については「公平で簡潔な税制をつくる」(マニフェスト9、以下M9と略記)としている。しかし、具体的な中身は、「租税特別措置の見直し」だけである。
これ以外に税制に関連する項目を拾いだすと、◆「相対的に高所得者に有利な所得控除から、中・低所得者に有利な手当などに切り替える」(子ども手当の創設との関連で。M11)。◆「年金受給者の税負担を軽減する」(M19)。◆2014年度からの「消費税を財源とする『最低保障年金』を創設」する(M18)。◆「自動車関連諸税の暫定税率は廃止」し、「将来的にはガソリン税、軽油取引税は『地球温暖化対策税』に一本化する」(M29)。◆「中小企業向けの減税を実施する」(M35)。
 
 問題の消費税については、新しい公的年金制度の導入(2014年度から)の財源を消費税に求めるが、それまでは消費税率は引き上げないという提案である。その問題を含めて「政策集INDEX2009」には次のようなことが書かれている。

◆「所得税改革の推進」。「相対的に高所得者に有利な所得控除を整理し、税額控除、手当、給付付き税額控除への切り替え」(INDEXp19。以下、Ip19と略記)。
◆「金融所得課税改革の推進」。「すべての所得を合算して課税する『総合課税』が望ましいものの、……当分の間は金融所得は分離課税と」する。「証券税制の軽減税率については、経済金融情勢等にかんがみ当面維持」する(Ip20)。
◆「消費税改革の推進」。消費税収を「社会保障以外に充てないことを明確にする」。「現行の5%を維持し」、将来的には「税率については、社会保障目的税化や……基礎的社会保障制度の抜本的な改革」を前提にして「引き上げ幅や使途を明らかにして国民の審判を受け、具体化」する。「逆進性対策のため、将来的には『給付付き消費税額控除』を導入」する(Ip20)。

◆求められる税制改革とは
 民主党マニフェストの税制改革の提案は、所得再配分による格差と貧困の解決という点から見ると、ほとんど評価できない。不十分というよりも、証券優遇税制の継続の政策に見られるように間違った方向を含んでいる。その問題点は、次のとおりである。

 第1に、所得税改革においては、所得税の最高税率を元の水準に戻し、累進性を強化する政策が、すっぽり抜け落ちている。所得税改革の最も緊要な措置は、1980年代後半には70%であった所得税の最高税率がどんどん引き下げられて累進性が緩和され、高所得者を優遇するようになった状態を抜本的に変えることである。民主党マニフェストは、所得控除から税額控除への切り替えを提案しているが、所得税の累進性強化の政策が欠落している。これとの関連で、相続税を強化し、最高税率を元にもどす(2003年に70%から50%に引き下げられた)という政策も、まったく言われていない。

 第2に、金融課税改革においては、証券優遇税制の継続が謳われている。小泉「改革」の下で、株式市場の活性化を狙って株式譲渡益・配当所得課税は20%が10%に引き下げられる措置が2003年から行われた。いったんはこの軽減税率の廃止が決まったが、金融危機の勃発を理由にして継続が決まったのである。この証券優遇税制は、小泉・竹中ラインが推進した「貯蓄から投資へ」という路線、すなわち金融(マネーゲーム)で経済を繁栄させるという路線の柱であった。「貯蓄から投資へ」は、郵政民営化の狙いでもあった。ところが、民主党は証券優遇税制を継続し、「『貯蓄から投資へ』の流れを加速させることが重要」だ(Ip18)と断言しているのだから、何をか言わんやである。

 第3に、「自動車関連諸税の暫定税率の廃止」だけを先行して行ない、環境税(地球温暖化対策税)への切り替えを「将来」に先延ばししている。CO2排出量の大幅な削減のためには、ガソリン税など自動車に課せられた石油エネルギー課税を、税率(暫定税率)を維持したまま環境税(地球温暖化対策税)にただちに組み替えることが求められている。しかし、民主党マニフェストは、減税だけを先に行ない環境税への切り替えを先延ばししている。「高速道路の無料化」(M30)政策と合わせて、温暖化防止の課題に対する問題意識のお粗末さが露呈されている。

 第4に、民主党マニフェストは、「租税特別措置の見直し」を提案しているだけで、大企業に対する課税のあり方について何も言っていない。巨額の内部留保を溜めこんだグローバル企業に対する法人税の減税を行わず、社会保険料の負担分を軽減することなく社会保障税といった形で負担させることが必要である。経済界は自民党マニフェストの「経済成長戦略」を高く評価しているが、それは「経済成長」戦略の核心に法人税減税の政策が仕掛けられているからである。また、基礎年金部分の税方式化に経団連が賛成するのは、企業の社会保険料負担がなくなることを期待しているからである。

 第5に、年間5兆円の軍事費を「聖域」扱いし、その削減に口を閉ざしている。雇用・社会保障政策の財源確保のために、軍事費の大幅な削減を行なうことが有効かつ必要である。フランスなどいくつかの国は、金融危機にともなう歳出削減の優先項目として軍事予算に手を着け、海外派兵部隊の撤退・縮小に向かっている。しかし、民主党マニフェストは、軍事費の削減について一言半句語っていない。「ムダ使いの根絶」を言うのであれば、その最たるものである軍事費の削減を提案するのが当然であろう。

 第6に、消費税率の引き上げは、以上のような税制改革を行なうこと、また日用品への税率を引き下げるか非課税にすることを前提にして、検討・提案されなければならない。財源をめぐる論争は、消費税率の引き上げの是非に限定されてはならないのである。たしかに、民主党マニフェストは消費税率の引き上げについて慎重であり、その導入に際して逆進性の緩和措置(「給付付き消費税額控除」)を提案している。

 しかし、「公平な高負担・高福祉」社会に転換するような税制改革の全体像を提示していない。そのために、新しい公的年金制度の導入をはじめとする社会保障制度を確立するために必要な財源をめぐる議論を、結局は消費税率引き上げの時期の問題に限ってしまう結果になっている。

※このシリーズ<民主党マニフェストを採点する>は衆議院選挙後の分析論文も加えてパンフレット『民主党政権を採点する』として発行しました。詳しくはこちらをご覧ください。
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