『季刊ピープルズ・プラン』49号(2010年冬号)
【特 集】迷走する鳩山政権――スジを通せ!

特集にあたって

白川真澄

 政権交代から半年が経った。この政権交代が、既成事実として固定化されてきた常識や制度を変えうるという政治の可能性を解き放ったことは間違いない。だが、何十年ぶりかに到来した日本の政治のダイナミックな動きは、鳩山政権がブレまくり迷走するという姿をとって人びとの前に現れている。

 鳩山政権には、三つの大きな課題が課せられた。一つは、自民党政治の根幹である官僚主導の利益誘導政治に終止符を打つことである。二つは、小泉「構造改革」として行なわれた市場万能の新自由主義と訣別することである。三つは、対米・依存従属の政治から脱け出し、“アジアに顔を向ける”ことである。そこでは、右翼ナショナリズムと対決し、戦争責任を果たすことが不可欠の前提となる。この三つの課題は、新政権が自らの確固たる意思で選びとったというよりも、政権交代を生み出した歴史的状況、すなわち自民党が体現した日本の戦後政治の終焉(利益誘導政治の没落、新自由主義的改革の破綻、準拠枠としての米国の覇権の凋落)によって否応なく課せられたものである。鳩山政権は、マニフェストで公約した政策を裏打ちする原則や社会ビジョンも戦略的見通しもないままに、これらの課題に取り組み始めた。だが、米国の恫喝や経済界の強い抵抗に遭うとたちまち動揺・後退・迷走に陥ったのである。

 「官僚主導」から「政治家主導」への政策決定システムの転換、天下り先事業にメスを入れる事業仕分け、公共事業費の大幅な削減など、官僚主導の利益誘導政治に終止符を打つパフォーマンスは、それなりに奏功した。だが、新自由主義との訣別という課題では、看板政策の子ども手当てを含めて子育て・医療・介護・教育などのサービスの拡充は財源の壁に阻まれて前途が危うい、労働者派遣法改正案は抜け穴だらけ、といったように中途半端さが目立つ。ここでは、成長戦略を要求する経済界の圧力に押されて、富裕層や大企業への課税を強めて社会保障財源を確保する抜本的な税制改革、使い捨て労働の全面的な禁止に踏み込めないでいる。

 そして、既成の常識=神話に自縛されて身動きがとれなくなっているのが、対米依存・従属政治からの脱却という課題である。在沖縄海兵隊の抑止力、SACO合意、米軍再編計画、日米安保の存立根拠のすべてについて根本から意味を問い直し、人びとに投げかけ、米国と交渉するという発想はまったくない。日米同盟なしには一日も安心はないという神話にどっぷり浸っているというほかない。沖縄の人びとの基地を拒否する強い意思と行動が、辛うじて辺野古の新基地建設の決定を先送りさせ、ますます困難にしている。右翼ナショナリズムと対決しつつアジアに顔を向けるためには、外国人参政権法案が試金石になる。だが、民主党議員を含む地方議会での反対決議の策動、国民新党の反対や民主党内の抵抗によって、法案提出も危ぶまれる状況になっている。

 社会運動の内部では、鳩山政権をめぐって、これを「脱官僚」革命の推進者として評価する見解もあれば、保守二大政党の枠内で新自由主義的改革を安定的に推進する危険性を強調する見解もある。ピープルズ・プラン研究所では、夏に本誌47号で「日本国家はどこへ向かうか」を特集し、総選挙直後に小冊子『民主党政権を採点する』を発行したが、本号では、あらためて半年目の鳩山政権の性格と政策を具体的に検証し、社会運動がどのように向き合うべきかを論じてみた。社会運動の側が個々のイシューや政策をめぐって新政権に真っ当な政策の実現を迫るだけでなく、日本社会のオルタナティブの原則や構想を共有して政権に向き合うことが重要だと、私たちは主張してきた。小特集「オルタナティブ社会を構想する」は、そのための作業の試みである。特集と重ね合わせて、読んでほしい。
(しらかわ ますみ/本誌編集長)

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