『季刊ピープルズ・プラン』59号(2012年10月31日号)
【特集1】「成長なき時代」を生きる──新しい生き方・暮らし方
【特集2】政治の危機──権力の暴走にストップを

特集に当たって

白川真澄(本紙編集長)

 「世界経済は減速し、いちじるしい不確実性と下振れのリスクがある」。これは、日本で開かれたIMF・世銀総会での主要国の共同声明である。そこには、世界経済の先行きに対する強い危機感が表明されている。ユーロ危機は、南欧諸国への金融支援の枠組みが作られたとはいえ、先送りされただけである。金融支援の前提条件とされた緊縮財政政策は、ギリシャやスペインで民衆の激しい抵抗に遭っている。しかもこの政策自体が経済活動を縮小させて、財政再建を困難にしている。さらに、米国経済が年明けには「財政の崖」を転がり落ちて、失速すると不安視されている。そして、中国をはじめ新興国の経済も、ユーロ危機の影響を受けていちじるしく減速している。新興国がリーマンショック後の世界経済の回復を牽引してきただけに、その影響は計りしれないが、日中間の領土紛争が中国経済に悪影響を及ぼしている。

 世界経済が失速する危機に直面して、IMFと主要国は、財政再建のための緊縮政策一辺倒を修正し、経済成長を促進する政策との両立路線に転換した。経済成長なしには、財政再建も社会の安定もありえないというイデオロギーへの立ち帰りである。しかし、巨額の政府債務を抱える先進国が経済成長のために採りうる政策手段は、ごく限られている。財政出動がもはや困難になっているから、中央銀行がマネーをじゃぶじゃぶ注入する量的金融緩和政策に依存するしかない。だが、先進諸国は争って金融緩和政策をとってきたが、中央銀行がいくらマネーを市中銀行に供給しても、資金の借り手が見つからないためほとんど効果がない。それどころか、先進国から大量のマネーが溢れだして新興国や発展途上国に流れこみ、バブルを引き起こし、最近では食料品価格を高騰させて人びとの生活を直撃している。いぜんとして大量のマネーが世界を駆けめぐって、世界経済を極度に不安定化させているのである。

 為政者たちが経済失速の危機に恐れおののいて経済成長の神話と戦略にしがみついている対極で、「成長の時代は終わった」「経済成長はいらない」とオルタナティブな生き方・働き方や経済を創りだし実践している人びとが増えている。ローカルに拠って自立する多様な営みが確実に広がり、国境を越えてどうつながっていくのか。特集1は、世界のあり方を変える起点となる日本のさまざまな試みを取り上げた。

 一方で、日本の政治はいま、大きな危機を迎えている。野田政権の下で、大飯原発の再稼動、原子力ムラの人間の原子力規制委員会トップへの任命、消費増税法案の成立、オスプレイの沖縄配備と、民衆の多数の意思に真っ向から逆らう政治が強行された。権力の暴走としか言いようがない。

 そして、尖閣諸島(釣魚島)をめぐって日中間で領土紛争が激化し、領土ナショナリズムが両国で噴出している。日本では、自民党から共産党までが「尖閣諸島は日本の固有の領土だ」と呼号する。そこには尖閣諸島を領土拡張戦争の渦中で領有した歴史に対する何の反省もなければ、国境線の恣意性や主権の虚構性を問い直す発想も見られない。さらに、野田政権は、日中間に「領土問題は存在しない」と言いつのり(竹島や北方四島は「領土問題」だと言うのだから、辻褄があわないのだが)、対話と交渉によって問題を解決する意思がないことを表明している。これでは、軍事的な衝突が起こっても仕方がないと言っているに等しい。この政権には、この言葉の意味するものが分かっているのだろうか。

 尖閣諸島をめぐる領土紛争で野田政権が唯一頼りにしたのは、米国が日本に肩入れしてくれることであった。尖閣諸島に安保条約が適用されるという言質をとることに躍起となり、米軍と自衛隊による離島奪還のための共同訓練を行なった。米国は、中国の軍事力の増大に対抗する措置をとりつつ、領土問題をめぐって中国と戦火を交えることは避けようとしている。それは、米中間の経済的依存関係からも、米国にはこの地域で新たに戦争をする余力などないことからも当然のことであろう。

 しかし、米国にとっては、日本政府が領土紛争をきっかけにして日米同盟の強化に走る、つまり米国の言いなりになってくれれば十分なのだ。案の定、野田政権はオスプレイの沖縄配備を沖縄の人びとの激しい抗議を無視して唯々諾々と受け入れた。「二〇三〇年代に原発ゼロ」という方針を、米国の要求に従って閣議決定しなかった。「日米同盟が揺らぎ、米国との距離感を中国に見てとられた」ことが領土紛争を招いた(『日本経済新聞』九月一七日社説)といったイデロギーも流布されてきた。

 日本の政治の危機は、深い。しかし、領土紛争をめぐって「領有権争いを棚上げせよ」、「交渉と対話で解決せよ」という言説が出はじめている。「経済的な視点に立つと、お互いの領土の問題は重要ではありません」(宮本元中国大使)といった発言も目立つようになっている。何よりも、脱原発の運動は、原発ゼロを謳わざるをえない所にまで政権を追いこんだ。もちろん、原発ゼロの社会を実現するために、米国との同盟関係や経済界の発言権という権力構造とのたたかいが待ち構えているのだが。特集2は、政治の危機を考察し、民衆運動が立ち向かうべき課題を取り出した。


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