『季刊ピープルズ・プラン』44号(2008年秋号)

世界を震撼させる金融恐慌
白川真澄


 9月中旬にウォール街を直撃した金融恐慌は、欧州に燃え広がり、アジア・中南米・ロシアを巻きこむ株価の世界同時暴落を引き起こし、世界経済全体を深刻な不況に引きずりこみつつある。銀行家・投資家・大企業経営者、そしてブッシュ大統領らは、これまで市場の自律性なるものを信奉してきたのだが、市場の自己調整機能は完全にマヒし、政府による強力な市場への介入を求める悲鳴に近い声が湧き上がっている。疑心暗鬼から銀行間の短期資金取引は途絶し、中央銀行による巨額の資金提供、政府の公的資金投入による不良資産の買い取りや資本注入に頼るしかないという異例の事態が起こっている。
 「今回の危機は過去半世紀以上なかったほどに厳しい」(グリーンスパン元FRB議長)、「世界経済は大恐慌以来の危機に直面している」(『日本経済新聞』10月11日)。その深刻さから、現在の危機を1929年の世界大恐慌との類似や対比で捉える言説や分析がいっせいに出てきたのも当然のことである。
 では、いったい何が起こっているのだろうか。9月中旬から1ヵ月の動乱を追ってみよう。

■何が起こったのか

 9月12日、米国の大手証券会社リーマン・ブラザーズ(第4位)が資金調達ができず経営危機に陥り、株価が3ドル台に暴落。官民の緊急会合がもたれたが、ポールソン米財務長官は民間主導の救済を主張し、モラルハザードの防止を理由に公的資金による救済を拒否した。
 これに先立つ半年前の3月には証券大手ベアー・スタンズ(第5位)が経営破綻し、7月には住宅金融公社ファニーメイとフレディマックの経営危機が表面化し株価が暴落した。昨夏以降、サブプライムローンを証券化した金融商品が値崩れを起こしていたが、それを世界のどの金融機関がどれくらい保有して損失を抱えているのかが分からず不安が広がるなかで、ベアーや住宅金融公社2社が信用失墜の槍玉に上げられたのである。ベアーに対してはFRB(連邦準備理事会)の特別融資の約束を前提にしてJPモルガンが買収・救済し、住宅金融公社2社に対しては政府が2000億ドルの公的資金注入を行って救済した【住宅金融公社の社債は米国債に次ぐ信用があり、海外当局の外貨準備の運用先として米国にとっては海外からのマネー流入の命綱になっている。それが株価暴落につれて社債の販売もできなくなる危機に追い込まれたため、米政府は、マネー流入の途絶によるドルの信認崩壊を防ぐために公的資金投入による救済に乗りださざるをえなかったのだ】。
 それだけに、政府がリーマン救済を拒否したことは衝撃を与えた。救済に乗り出すと見られていたバンク・オブ・アメリカは手を引き、リーマンではなく、メリルリンチ(証券大手第3位)を買収・救済した。9月15日、リーマンは米国史上最大の負債総額6130億ドルを抱えて破産し、全世界で株価が暴落。同時に、保険最大手のAIGが次の標的にされ、株価が急落。格付けも引き下げられ、資金調達が困難に陥った。16日、FRBはAIGに対して850億ドルの緊急融資に踏み切った【AIGは債務不履行の際に元本保証を与えるCDS[クレジット・デフォルト・スワップ]という金融商品を大量に売り出していた。AIGが破綻すると、世界の多くの金融機関は損失「保険」を失い、巨額の損失が世界中に広がる恐れが生じるため、政府が救済に乗り出した】。
 前後して、米欧日の中央銀行は協調して、金融市場に対して大量の資金を供給していった。民間金融機関の間では貸し倒れへの相互不信から短期資金の貸し借りが滞り、とくにドル資金の調達ができなくなったため、各国の中央銀行が金融仲介の役割をするしかないという異常な事態に見舞われていたからである。
 9月22日、大手証券ゴールドマン・サックス(第1位)とモルガン・スタンレー(第2位)が銀行持ち株会社への転換を発表。これで半年間に、証券大手5社がすべて姿を消した。
 米政府は19日に、7000億ドルを使って金融機関から不良資産を買い取るという金融安定化対策を発表したが、法案は29日に下院でいったん否決された。税金を使った銀行救済に対する人びとの正当な反発と政府介入をあくまで拒む共和党保守派の信条という違うベクトルがひとつになった。NY株式市場ではダウ工業株平均が777ドルの大暴落を起こすと同時に、金融危機は欧州に燃え広がった。銀行間の取引のマヒが続き、銀行は金融市場で資金を調達できず、中央銀行の特別融資に依存せざるをえなくなった。各国政府はフォルティスやデクシアなど大手銀行に公的資金を注入し、部分国有化に乗り出した。
 10月に入って3日には米国の金融安定化法が成立したが、事態は変わらなかった。6日にNY株式市場のダウ工業株平均が急落したのを皮切りに、世界的な同時株暴落が10日まで続いた。ダウ工業株平均は10日には一時8000ドルを割りこみ、日経平均株価も8200円にまで下落。たとえばGMの株価は、昨年10月から10分の1近く下落して4・76ドルと紙くず同然となった。欧米・中国など10の中央銀行が8日に協調して行った異例の同時利下げも、功を奏さなかった。まさに87年の「ブラックマンデー」を上回る「暗黒の1週間」(『朝日』10月11日)が出現したのである。
 10日のG7財務相・中央銀行総裁会議は公的資金による銀行への資本注入などの行動計画で合意し、各国政府はなりふり構わぬ対策に乗り出した。銀行への資本注入に、米国は2500億ドル(約25兆円)、英・独・仏は2700億ユーロ(約37兆円)の公的資金を投入(日本は1998?99年に12・4兆円を注入)。さらに欧州諸国は、銀行間取引の債務を政府が保証する措置に1兆6000億ユーロ(約230兆円)を充てる。
 これによって、13日には株価は急騰し金融市場は小康状態を取り戻したかに見えたが、15日にはNYで、続いて16日には東京で株価が急落。底なし沼にはまりこんだ状態が続いている。切り札とされた銀行への公的資本注入だが、住宅価格の低落が続いたり実体経済が悪化したりして不良資産が増大し損失が拡大すれば、銀行はふたたび資本不足に陥り貸し渋りに走る。巨額の公的資金を投入するためには国債発行が必要だが、米国・フランスなど財政赤字をすでに抱える国々では財政の悪化が避けられない。不安材料ばかりが山積している。

■金融恐慌の勃発

 私たちが目の当たりにしているのは、資本主義の市場システムを基底で支えている「信頼」という関係が音を立てて崩れている現実である。市場システム、なかでも金融システムは相互の信頼関係なしには成り立たない。たとえば貸したお金は必ず期日までに利子を付けて返済してくれるという信頼があってはじめて、資金の貸し借りが成り立つ。
 金融機関どうしの取引は、互いの信頼を基礎にしてわずかな金利で一度に数億ドル単位で資金が融通されている。ところが、サブプライムローン問題が表面化して以降、この信頼関係が崩れてきた。大量の不良資産(回収困難なローン債権を証券化した金融商品、つまりサブプライムローン関連証券)を抱えている証券会社や銀行は、損失の発生とその処理のために経常利益の赤字化が予想されるから、株価の急落や格付けの引き下げに見舞われる。そうすると、増資のための資金調達(社債発行)や短期資金の調達が困難になり、経営破綻に追い込まれる。リーマンがそうであった。しかし、同じようにサブプライムローン関連の不良資産を抱える金融機関は数多くあるから、誰が、どの程度の損失を抱えているのかが分からない。つまり、誰がいつ破綻するか分からないという疑心暗鬼が広がる。
 そうなれば、互いに短期資金を貸し出さなくなる。こうして、銀行間取引金利がいちじるしく上昇し、短期資金の流れが枯渇する事態が起こる。金融恐慌の勃発である。同時に、銀行は企業や個人のローンに対する貸し渋りに走るから、不況を招く。さらに、ヘッジファンドは、投資家による換金要求の強まりに対応するために株を売って現金化する。株安→換金売り→株安という悪循環が起こる。株式や金融商品に対する信頼が失われ、人びとは現金しか信用しなくなる。これが現実に起こった事態である。

■何が金融恐慌を引き起こしたのか

 金融危機を引き起こした張本人は、ハイリスク・ハイリターンの証券化ビジネスによって大儲けしてきた金融資本主義である。証券化はリスクを回避・分散するために用いられる手法であるが、これが高い利益をもたらす金融商品として世界中に売り出されていった。
 サブプライムローンは借り手の返済能力に疑問がある住宅ローンだが、その分金利が高く証券化すれば利回りは高い。借り手が返済できなくなっても、住宅バブルの時期には担保物件の住宅を売れば債権を回収できる。だが、ローンの延滞が増え、住宅バブルが崩壊すれば利息収入は得られなくなり、元本も回収できなくなる。このハイリスクのサブプライムローン債権が、他の住宅ローン債権(返済能力の高い優良な債権)と束ねられてRMBS(住宅ローン担保債権)に組み込まれ、さらに他の債権と束ねられてCDO(債務担保証券)に組み込まれていった。サブプライムローンのリスクはどんどん分散されていくが、それに伴ってリスクがどこに、どれくらいあるのかは誰にも分からなくなる。
 この証券化に当たっては、格付け会社によるリスクの格付け、さらにモノラインと呼ばれる金融保険会社による債務不履行の際の支払い保証(CDSの発行)が重要な役割を演じた。格付け会社は、ハイリスクのサブプライムローンを含んでいる証券に高い格付け(トリプルA)をして、その販売促進に一役買った。サギ商法である。
 米国の証券会社は、預金を集めて貸出を行う商業銀行とは別に、株式売買の取り次ぎやM&Aの仲介を行う「投資銀行」業務を営むが、預金など安定した資金源がないため少ない自己資本で多額の資金を借り入れて事業を行う(「信用レバレッジ」)。そこで、証券会社は、少ない資本で高収益をあげる証券化ビジネス、すなわち多くの証券化商品を作りだし、手数料を稼ぐビジネスを飛躍的に拡大した。規制緩和によって、銀行も証券化ビジネスに積極的に融資してきた。サブプライムローン関連の証券化商品の発行高は1兆3000億ドルにまで膨れ上がった。ゴールドマン・サックスの自己資本利益率は、昨夏までは40%にも達していた。
 今回の金融危機は、米国の証券大手5社がわずか半年間で相次いで姿を消したことに象徴されるように、こうした投資銀行の証券化ビジネスの破綻を意味している。米国の金融資本主義は転換を強いられているが、証券化ビジネスに代わるどのようなビジネスに新たな高収益の機会を見出すのだろうか。試行錯誤と混乱が長く続く過渡期に入った。
 ハイリスク・ハイリターンのサブプライムローン関連の証券化商品が、高い格付けや支払保証を得て世界中で飛ぶように売れた背景には、過剰流動性、つまり世界的なカネあまりがある。現在のグローバル資本主義は、過剰なマネー(有利な投資先を見つけられない資金)の投機的な運動が経済活動全体を主導している。世界の金融資産は152兆ドルと、世界のGDP総計の3・2倍に達する(06年末)。実体経済から遊離した金融経済が異常な自己膨張をとげたのである。
 この過剰マネーを氾濫させることになった最大の要因は、米国によるドルの垂れ流し(恒常的な貿易収支赤字の放置)である。それにもかかわらず基軸通貨としてのドルへの信認を支えてきたのは、米国に世界中の資金が流入し、それが米国の大量消費を当てにした中国や日本の旺盛な対米輸出を可能にするという循環構造であった。もうひとつの要因は、各国政府による金融緩和政策の繰り返しての発動である。80年代以降、先進国の政府はバブルが崩壊し金融危機が発生すると、中央銀行による大量の資金供与や金利引き下げの政策をとって危機を乗り切ろうとしてきた。そのことが、過剰マネーをさらに増大させることになった。
 こうして、巨額の過剰マネーは、バブル経済とその崩壊による金融危機(それが雇用や消費という実体経済の減退を招く)を周期的に引き起こすことになった。大きな危機は、87年のブラックマンデー(株価暴落)、97年のアジア通貨危機と米LTCMの破綻、今回の金融危機と、10年に1回発生している。金融資本主義の宿命である。

■これからのこと

 金融資本主義がこれからどこへ向かうのか、誰も予測できない。次のことだけを確認しておこう。
(1)世界的なカネあまり=過剰流動性のなかで、金融市場における短期資金の貸し借りが収縮する(流動性の枯渇)というパラドクスが生じている。
(2)ヘッジファンドや投資銀行がしゃにむに推進してきた市場での自由な競争が、金融市場の自律的な機能をマヒさせ(金融危機の勃発)、逆に政府の強力な介入(公的資金支援による救済)を求めているというパラドクスが生じている。
(3)為政者たちは、市場の自己調整機能が崩壊しているなかであらゆる政策手段を動員した国際協調に頼って危機を乗り切ろうとしている。しかし、それが民衆に犠牲を転化することなく、マネーの動きに対する厳格な規制と監視の強化を導くかどうかは疑わしい。
(4)仮に金融市場が小康状態になっても、金融機関の企業や個人ローンへの貸し渋りがひどくなる。倒産や首切りの増大、消費の縮小と実体経済は深刻な不況に陥るだろう。
(5)求められているのは、金融資本主義に対するオルタナティブである。安心して働き、暮らしを営むことのできる経済と金融の新しいシステムとは何か。私たちの構想力が問われている。
(しらかわますみ/本誌編集長)

※本誌次号では、「金融恐慌─資本主義はどこへ行く? そして我々は?」を特集する予定です。

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