『季刊ピープルズ・プラン』47号(2009年夏号)
【特 集】【特 集】日本国家はどこへ向かうのか

特集にあたって

白川真澄

 総選挙で民主党が単独過半数を獲得し、政権の座に就くことが確実視されている。政権交代は、1993年の細川非自民連立政権の誕生以来のことになるが、二大政党下のそれとなると55年体制の成立以来はじめての出来事となる。日本の政治が大きな転換と流動化の時代を迎えることは間違いない。民主党政権の出現によって何が変わるのか、何が変わらないのかを、多くの人びとが期待と幻想、不安と不信が入り混じる目で注視している。本号では、政権交代の可能性を視野に入れながら、日本の国家がどこへ向かおうとしているのかをテーマに取り上げた。

 迷走を繰り返した麻生政権の下で、しかし、海兵隊グアム移転協定の調印、「海賊対処」法の成立、北朝鮮に対するミサイル防衛態勢の発動といった重大な事柄が次々に行われた。そして、自民党はマニフェストで、日米安保体制のいっそうの強化、北朝鮮に対する集団的自衛権の行使というタカ派の強硬路線をぶちあげ、麻生は保守への回帰を叫んでいる。それに呼応するかのように、右翼ナショナリズムの潮流が独自核武装論、天皇「在位20年奉祝」キャンペーン、田母神の熱狂的な担ぎあげ、カルデノンさん一家に対する国外追放運動の展開といった動きを活発化している。麻生政権は、世界的な経済危機の到来と雇用の悪化への対応を迫られ、巨額の財政出動による景気回復政策をとり、小泉・竹中流の新自由主義路線をなしくずし的に転換してきた。だが、その雇用対策や経済政策は誰が見ても場あたり的で、結局は2%経済成長による200万人の雇用創出と家庭の手取り100万円増という使い古しの「戦略」(?)に逃げ込んだ。

 それでは、民主党政権の誕生が確実視されているなかで、何が変わり、何が変わらないのだろうか。そのことを見るために、世界的な状況の大転換のなかで、日本の政治に何が問われているのかという基本課題に立ち帰ってみよう。米国に追随しておれば大丈夫という長年の惰性的な思考から脱却し、日米安保体制を根本的に見直し、東北アジアの非核化・非軍事化に向かって踏み出す。侵略戦争を肯定する言動ときっぱり決別し、戦争責任を果たし、アジア諸国との間に経済面での相互依存関係を越えた信頼・協力を築く。外国人への差別をなくし、開かれた多民族・多文化社会に転換する。住民自治の再生、行政機構に対する市民の監視とコントロールの強化にもとづいて民主主義を再生する。そして、新自由主義の経済政策と全面的に手を切り、非人間的な労働・貧困・格差をなくす政策を実行し、脱経済成長主義の新しい経済の創出に向かう。

 これらは、日本社会のひどすぎる現状を変えるための最小限の課題である。こうした基本課題から民主党のマニフェストを読むと、それは全体として、現状を変えることについてあまりにも消極的である。たとえば「対等な日米関係」を謳っていながら、その重要な一歩となる沖縄の新基地建設を凍結する、グアム協定を見直す、思いやり予算を削るといった政策が提案されていない。これは一例にすぎない。たしかに、総選挙最大の争点になっている雇用や社会保障の分野では、民主党は一連の真っ当な政策を打ち出している。それらは、反貧困運動やユニオンをはじめとする社会運動がこの間強く主張してきた要求を反映したものである。そのなかには、労働者派遣法の抜本改正をはじめ、本格的な貧困対策につながる「貧困の実態調査」、最低保障年金プラス所得比例年金の一元的な公的年金制度の導入、所得控除から手当への転換を意味する子ども手当の創設など、これまでの雇用・社会保障政策を質的に転換するような重要な政策が多く含まれている。それらの真っ当な政策は、民主党政権を挟んで経済界と社会運動が激しくぶつかる争点が設定される可能性を意味する。

 しかし、民主党のマニフェストには、一連の政策の前提になる社会ビジョンが見当たらない。それは、先に挙げたような現在の日本社会の現状を変えるための基本課題を柱とするオルタナティブな社会の構想である。この社会ビジョン(民主党なりの)の不在は、致命的である。一方で労働者の権利と生活の保障、小規模農家を含む個別所得補償制度の導入を提唱しながら、他方でWTO交渉の早期妥結やFTAの推進、「貯蓄から投資へ」の加速といった新自由主義政策を主張するといった支離滅裂ぶりも、そこから来ている。めざすべき社会ビジョンが明確でないかぎり、新政権の政策がその時々の国際的・政治的・社会的な力関係によってご都合主義的に右往左往することは避けられない。

 本号では、政権交代の可能性を睨んで、日本国家の現状の詳しい分析に加えて、私たちなりの社会ビジョン(日本社会の現状を変えるための基本課題)を明確にしながら、その観点から民主党の政権政策を批判的に論じるようにした。同時に、本号と並行して、ピープルズ・プラン研究所ウェブサイトで、民主党マニフェストを分野別(外交・安全保障、刑事政策・治安対策、子ども・男女共同参画、障害者政策、雇用・社会保障、税制、分権改革、教育政策、農業政策)に検討することを試みた。その作業は、個別の制度・政策に即しながらその問題点の抽出を通じてトータルな社会ビジョンに視野を広げていく作業の重要性を示唆している。具体的な制度・政策の問題を含んだ私たち自身のオルタナティブ社会の構想がますます必要になっている。本誌はこれからさらに、政治的・社会的な個別の争点―制度・政策―社会ビジョンの相互連関を方法的に自覚しながら、政治の大きな転換期に切りこんでいきたい。
(しらかわ ますみ/本誌編集長)

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