総選挙・政権交代と新政権の行方
白川真澄

2009年9月6日

? 民主党の圧勝


 8月30日の総選挙で、予想どおり民主党が圧勝し、政権交代が起こった。政治の風通しが良くなり、本格的な流動化が始まるという点で歓迎すべき歴史的な出来事である。

 民主党は308議席と、前回(05年の「郵政」総選挙)の119議席から大躍進した。得票数(比例区)も2984万票と、前回よりも880万票も増やした。逆に、前回296議席の自民党は119議席と、壊滅的な敗北を喫した。得票数も1881万票と、前回から707万票も減らした。公明党も21議席、805万票と、10議席、93万票減らした。共産党と社民党はそれぞれ9議席と7議席と現状を維持したが、得票数は共産党が494万票と前回とほぼ変わらなかったのに対して社民党は300万票と70万票減らした。

 比例区で見ると、自民党が減らした700万票がちょうど民主党の増加分に移った計算になる(実際には投票数が前回よりも256万票増えているから、これほど単純ではないが)。民主党を圧勝させた最大の功労者は、自民党支持層の崩壊である。出口調査(朝日新聞)の結果では、比例区で自民党支持層のうち34%が民主党に投票し、自民党に投票した人は54%にとどまる(前回は自民党支持層の73%が自民党に投票した)。

 次に、無党派層は53%が民主党に投票し、自民党には15%しか投票しなかった(前回は、37%が民主党に、33%が自民党に投票した)。前回の総選挙では、大都市(政令市+東京23区)でも、自民党が得票率(比例区)38%と、民主党の30%を上回ったが、今回は自民党が24%と急落し、民主党の42%に大きく水を空けられた。

 前回の総選挙で自民党を支持した都市無党派層が民主党支持に回ったことに加えて、自民党の伝統的な支持層が大量に離反したことが自民党を惨敗させ、民主党を大勝させたのである。

? 自民党政治への歴史的不信任――民主党圧勝の中身

 このように見ると、民主党の圧勝は、民主党への積極的な支持によるものではなく、自民党政治に対する強い不信によるものであったことは明らかである。自民党に対する「ノー」が民主党への投票→政権交代という形で表現された。自民党政権は、歴史的に不信任されたのである。このことは、民主党による政権交代を望む人が多数を占めているにもかかわらず、民主党の政策を支持する人は少数であるという意識状況に現われている。
(※朝日新聞の世論調査では、「政権交代が起きたのはよかった」が69%(「よくなかった」は10%)「民主党が大勝したことはよかった」が54%(「よくなかった」は25%)、「民主党が大勝したのは、有権者が自民党からの政権交代を望んだことが大きな理由だと思う」が81%(「思わない」は12%)となっている。逆に、「民主党が大勝したのは、有権者が民主党が掲げた政策を支持したことが大きな理由だと思わない」は52%(「思う」が38%)、「配偶者控除を廃止して財源にする代わりに子ども手当を支給する」政策に「反対」が49%(「賛成」が31%)、「高速道路の借金を税金から返済し、高速道路を無料化する」政策に「反対」が65%(「賛成」が20%)となっている。読売新聞の世論調査でも、同じ結果が示されている。)

 自民党政治への不信は、小泉「改革」の進行とともに、まず伝統的な自民党支持層のなかで醸成された。公共事業の削減と郵政民営化は、大都市の無党派層の支持を引き寄せる代わりに、地方の強固な自民党支持層を急速に掘り崩していった。前回の「郵政」総選挙でも、自民党が大都市で得票を増やして民主党に大勝した陰で、郵便局の密度が小さい地方では自民党の得票率は03年よりも軒並み低下していた(北海道31.0%→29.14%、岩手33.5%→31.65%、秋田41.2%→37.81%、宮崎40.0%→35.29%、「読売新聞」05年9月13日)。

 その後、「三位一体改革」による地方交付税の削減は、地域経済の崩壊を加速した。同時に、格差の拡大と貧困の急増は小泉「改革」への失望と不満を呼び起こした。安倍は小泉「改革」を継承したが、2007年参院選で「地方の反乱」(地方の伝統的な自民党支持層の大がかりな離反)が起こり、自民党は惨敗した。

 昨秋以来の世界的な経済危機の勃発は、「派遣切り」に象徴される雇用の急激な悪化を招き、社会的なセーフティネットの貧弱ぶりをさらけ出した。不況期には財政を握る政権与党が選挙に勝つという従来の常識に従って、麻生は100兆円を超える大型予算を組んで景気回復を図り、劣勢を覆そうとした。だが、そうした常識(自民党政治の知恵)は、もはや通用しなかった。利益誘導によって業界団体と地元の保守層の支持を調達する仕組みは、足元から崩れていた。失業率は史上最高を記録し、失業者が1年で100万人以上増え、勤労者報酬は前年よりも大きく落ち込むという過酷な現実が進行している。人びとは、日本社会のあり方がすっかり変わった(悪くなった)ことを実感し、何かおかしいという「不正義の感覚」(齋藤純一)を持ちはじめている。

 自民党政治に対する多くの人びとの不信は、さまざまの要素が重なり合った複合的なものである。伝統的な官僚主導の政治に対する不信(年金記録喪失や天下りに象徴される)だけではむろんない。小泉「改革」=市場主義的「改革」の悲惨な結末である格差と貧困、地域社会と地方のいちじるしい疲弊に対する不満や怒りも大きい。不安が底から湧いて出てくるような日本社会の一大変化に対応しようとしない自民党の言説や手法(麻生首相の言説、政権のたらいまわし)に対する苛立ちや失望も働いている。

 政権交代を引き起こした深部の力である現状への不満・不信は、形のないカオスのようなものである。それは、一定の政治路線を選択する(たとえば、新自由主義を拒否して社会民主主義的な政策を支持する)といった表現をとっていない。したがって、何かがおかしいという現状への不満・不信は、そのまま新政権にも向けられる。

? 新政権の行方?――日米関係

 民主党は、そのマニフェストに見られるように「国民の生活が第一」を掲げて、雇用や社会保障の分野では社会運動の主張を反映したそれなりに真っ当な政策を打ち出している(労働者派遣法の抜本改正、貧困の実態調査、最低生活保障年金の創設、生活保護の母子加算の復活、後期高齢者医療制度や障害者自立支援法の廃止など)。しかし、政策の根拠となる新しい社会ビジョンがまったく欠落しているために、日米関係のあり方、経済成長主義やグローバリゼーションに対する対応、といった基本テーマ(社会の基本的なあり方をめぐる争点)で明確な路線や政策を持つことができていない。

 したがって、民主党政権は、原則を持ち合わせないまま、国際的・国内的な政治的力関係によってたえず揺さぶられ、状況追随的な政策対応しかとれない可能性が大きい。「チェンジ」への期待(幻想?)を裏切って、早々と立ち往生する可能性もある。

 新政権が直面する重要な政治的争点は、まず日米関係のあり方である。

 民主党政権に対する圧力をいち早くかけてきたのは、米国である。米国のメディアは、ニューヨークタイムズ紙(電子版)に掲載された鳩山論文を材料にして、新政権が日米関係を見直してアジア重視の路線に転換するのではないかと警告を発している。そして、米国政府は、新政権がインド洋での給油活動を打ち切ったり沖縄の新基地建設を見直して日米関係を損ねることがないように要求している。これに応えて、鳩山もオバマとの電話会談で「日米同盟が基軸」と誓約した。

 米国の圧力に呼応して、国内でも、日米同盟を維持・強化する路線をとるべきだとする声が一気に高まっている。自民党マニフェストは北朝鮮のミサイルの脅威に対する集団的自衛権の行使を謳ったが、読売新聞は「政権交代によって、国際公約を反故にすることは許されない。外交の継続性に留意し、日米同盟を堅持しなければならない」と「政権公約の見直しを」要求している(8月31日社説)。経済界の意向を体する日本経済新聞は、「野党時代の方針を惰性のまま続け、日米関係に波風を立て、北東アジアを不安定にする選択は、政権党として無責任」と主張している(9月2日社説)。すなわち、インド洋での給油活動の打ち切り、沖縄での新基地建設の中止、思いやり予算の削減、日米地域協定の改定という4つの政策について「君子豹変」せよと求めている。さらに、岡田幹事長が米国に核の先制不使用宣言を求めていることについて「北朝鮮が東京攻撃を宣言した場合に、米国による先制攻撃が想定されなければ、日本の安全・安心は保てない。米国が先制不使用を宣言すれば、北朝鮮のような国やテロリストへの核拡散を誘発」すると、あからさまに好戦的な「核の傘」の強化論を展開している。

 民主党は「緊密で対等な日米関係」を謳っているが、具体的には「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」としているにすぎない。沖縄の新基地建設の中止も海兵隊グアム移転協定の再交渉も主張していない。おずおずと「対等な日米関係」への転換に踏み出すと口にしているだけなのである。しかも、北朝鮮への制裁強化政策に見られるように、「北朝鮮の核・ミサイルの脅威にさらされる日本」という図式を、自民党と共有している。

 それでも、米国と日本国内のタカ派や経済界は、民主党政権が「対等な日米関係」を口にすることさえやめて、日米同盟の維持・強化を明言し、インド洋での給油を継続するように猛烈な攻勢をかけはじめている。こうした圧力に抗して、連立政権を組む社民党を足がかりにして、民主党政権にインド洋での給油の打ち切り(アフガンでの戦争から手を引く)を実行させるためには、社会運動の力が何倍にも強まることが必要である。ましてや、「核の傘」論を打ち破って、民主党政権を北朝鮮との対話政策への転換にまで動かすためには、運動の巨大な力が生まれることが求められる。これは、容易ではない課題である。

? 新政権の行方?――雇用・社会保障政策

 新政権が直面するもうひとつの重要な政治的争点は、雇用・社会保障とそれに関連する経済政策である。

 景気が底を打ったという楽観論が流布されているが、これは――中国向け輸出の回復もあるが――政府による巨額の財政出動(公共事業の増額)や消費促進策(定額給付金、エコカー減税やエコポイント)が支えているもので、年末以降に再び失速するという予測もある。最大の問題は、雇用のいっそうの悪化である。失業率は史上最悪の5.7%、失業者は1年前から103万人の増加、有効求人倍率は0.42倍、正社員のそれは0.24倍と過去最低(7月)。その結果、勤労者の現金給与総額(6月)は前年同月比で7%減り、13か月連続して前年実績を割り込んでいる(厚労省「毎月勤労統計調査」)。個人消費の回復による内需拡大にはほど遠い状況である。

 雇用の分野での最初の争点は、労働者派遣法の抜本改正である。これは連立政権の政策的合意のひとつでもあり、運動の側はその実現に向けてアクションを起こそうとしている。しかし、抜本改正に対しては経済界が強く抵抗している。日本経済新聞の経営者緊急アンケート(大手110社のトップが回答、8月31日)によれば、民主党政権に対しては49%が「製造業派遣の原則禁止」の政策見直しを求めている。派遣労働の規制強化に反対する理由として、企業の競争力を弱めるということに加えて、雇用機会を減らし失業を増やすということが持ち出されている。「企業が生産拠点を海外に移しやすくなっている今日、派遣の規制によって正規労働が増えるかは疑わしい。非正規労働者はかえって働く場所を減らしかねない」(日本経済新聞9月1日社説)。劣悪で不安定でも雇用がある方が失業するよりましだろう、という相変わらずの論理である。

 次に、大きな争点となるのは経済政策である。経済成長戦略がないという自民党からの批判に対して、民主党は、子ども手当に代表される社会保障政策によって家計の可処分所得を増やして消費を拡大し、内需主導型の経済への転換によって安定した経済成長を実現すると切り返した。いぜんとして経済成長主義の神話に囚われているとはいえ、雇用と生活の保障によって内需主導型の経済に転換するという路線は、輸出主導の経済成長でグローバル企業だけが肥え太るという経済よりは、少しはマシである。

 多額の子ども手当の支給など社会保障の拡充は「経済活性化策としての意味もある」(日本経済新聞9月1日社説)という評価もある反面、経済界は、内需と外需(輸出の拡大)の「双発エンジン」による経済成長を主張している。「少子高齢化で労働力が減る中、内需だけでは限界がある。内外需のバランスのとれた経済運営を望みたい」(御手洗経団連会長、9月2日)。経営者緊急アンケートでも、民主党への注文としては、「市場メカニズムによる経済成長の重視を」という項目が60%を越えて断トツである。経済界の主張する経済成長戦略は、第1に、自由貿易の推進である。「生産性向上を伴う農業改革と合わせFTAの輪を広げ」る(日本経済新聞9月1日社説)。第2に、国際競争力の向上であり、その要は法人税の引き下げである。「中小企業の法人税軽減だけではなく、大企業の法人税の軽減も考慮すべきだ」(同)。

 労働者派遣法の抜本改正をはじめ雇用・社会保障の分野で民主党が掲げた真っ当な政策を、社会運動の力によって新政権にどこまで実行させることができるか。これが政権の行方を占う最初の試金石となるだろう。運動の側がひとつでもふたつでも成果を獲得できるならば、雇用や社会保障政策をめぐる本格的な争いが政治舞台に登場するだろう。

 しかし、景気回復が進まず雇用の悪化が続けば、民主党政権に対する批判や注文が噴き出すことは避けられない。最低保障年金の創設を含めた社会保障制度全体の整備が進まないと(年金制度改革は2013年度からとされている)、たとえば子ども手当の支給による家計の可処分所得の増大が消費支出に回るとは限らない。そうなると、「ムダ使いの根絶」の柱である公共事業削減政策に対して、公共事業の復活を求める圧力が地方から高まるだろう。雇用創出のために規制強化を見直すべきだという声もいっそう強まるに違いない。子ども手当の支給をめぐっては、配偶者控除や扶養控除の廃止が増税になるとして反対する声も強い(共産党)上に、5.3兆円の財源の調達が容易でない。消費税率の引き上げを4年間凍結する政策(これ自体は妥当だが)だけでなく、所得税の累進性の強化という税制改革の方針がないために、財源問題が火種になるだろう。

 民主党は、めざすべき経済のビジョン(たとえば脱成長経済)を持っていないから、その時々の経済状況に振り回されるご都合主義的な経済政策を行わざるをえないだろう。

? 新政権の行方?――右翼ナショナリズムの潮流

 日本の政治に強い規定力をもつ右翼ナショナリズムの潮流は、民主党政権に対してどのように対応し、また政権の行方にどのような影響力を及ぼすだろうか。

 右翼ナショナリズムの潮流は安倍政権の出現によって政権中枢にまで駆け上がったが、歴史認識や「従軍慰安婦」問題をめぐる米国の疑念を招き、安倍政権の自壊とともに政治の表舞台から後景に退いた。しかし、この潮流は、田母神論文の公表とその後の田母神ブーム、「在日特権を許さない会」による排外主義むきだし行動の展開、「つくる会」の歴史教科書の横浜市での採択(18区のうち8区)、それを推進した中田前横浜市長らによる「日本人の誇りと自信と夢を回復する」を掲げた「『よい国つくろう!』日本国民会議」の立ち上げと、むしろ活発な動きを見せている。

 この潮流の最大の政治的拠り所は、自民党であった。自民党は総選挙では、麻生が「保守、伝統」を叫び、「日本を壊すな」「偏った教育の日教組に、子どもたちの将来を任せてはいけない」「特定の労働組合の思想に偏った政策を許してはならない」と大書きした新聞広告を出した。右翼・保守に純化した自民党が総選挙で壊滅的敗北を喫したことは、右翼ナショナリズム潮流にとっても大きな打撃であった。伝統的な支持基盤の縮小・解体に見舞われた自民党の再建は、容易なことではない。また、その再出発が必ずしも右翼ナショナリズムに純化する形で行われるとは考えにくい。

 しかし、自民党の惨敗によって右翼ナショナリズムの潮流がそのまま勢いをなくすことはありえない。雇用の悪化に象徴される社会不安の広がりは、この潮流を生み出し大きくする環境を作っている。この潮流は、反天皇制や「従軍慰安婦」問題をテーマにした市民運動に対する攻撃をエスカレートさせているが、どういう政治テーマをきっかけに政治舞台に再登場するのか(たとえば、民主党政権が鳩山の言う「靖国神社に代わる無宗教の国立追悼施設の建設」を本格的に持ち出す場合)。注意深く見ておく必要がある。

? 私たちは何を

 私は、総選挙前に書いた文章で、政権交代下の私たちの課題について次のように書いたが、基本的にその立場に変わりはない。

「政権交代に意味があるのは、新しい政権が何か良い政策をただちに実行することが期待できるからではない。社会や国家の基本的なあり方をめぐってすべての政治的・社会的諸勢力が公然と争うようなアジェンダ(課題・争点)を設定する可能性が生まれるからだ。また、そうした政治的争いの舞台を登場させる可能性があるからだ」。
「民主党が政権に就くことによって設定されるアジェンダは、きわめて限定されたものにならざるをえないだろう。政権交代の状況下で、私たちに課せられる課題は、一個二重のものとなる。一方では、限られたものであってもアジェンダとして設定される政策(派遣法改正、貧困ラインの設定など)の実現にこぎつけるために、社会運動の力を動員することである。小さくとも重要な改革の獲得をテコにして、より大きな政治的流動化と争いの出現につなげていくのである。他方では、日本社会の基本的なあり方をめぐる一連の課題・争点を政党政治の枠の外から社会運動の力で持ち込み、より広い政治の場でのアジェンダにするための努力を続けることである。」(「総選挙――マニフェストから見えてくる新政権」、『季刊ピープルズ・プラン』47号

 社会運動は、労働者派遣法の抜本改正をはじめ連立政権の公約とされている緊急の課題の実現のために積極的な行動を起こそうとしている。そのなかには、140人を越える民主党の新人議員に対する教育的な働きかけ(ロビイング)も、含まれるだろう。そうした活動は、たしかに重要だし、精力的に行われる必要がある。

 しかし、より重要なことは、社会運動がそれぞれの課題の実現のために力を動員する場合でも、オルタナティブな社会をめざす新しい社会ビジョンを議論し共有することである。政党政治とマスメディアの枠組みの外側に、独自の公共的な言説空間を共同で創出し、そこを拠り所にして新政権をめぐって流動化する政治の場面に切り込んでいく必要がある、と私は考える。