【今月のお薦め/つるたまさひで】
経済成長?!いる?いらない?――その1


今回のテーマは単純。経済成長は必要か?そう、この問いは単純なのだが、……。というわけで、今回、俎上に上げる本は

『経済成長って何で必要なんだろう?』飯田 泰之他著(光文社、2009年6月)
『経済成長という病』平川克美著(講談社現代新書、2009年4月)

いつもそうなのだが、今回もこれらの本がどういう本か知りたい人にはあまり役に立たない。ただ、経済成長が必要かどうかという観点でのみ、以下につらつら書いてみた。

この『何で必要なんだろう?』という本、この飯田さんという経済学者と湯浅誠さんなど何人かの人との対談の記録なのだが、そこで
飯田さんは経済成長の必要性を主張する。(ちなみに湯浅さんとの対談はあまり噛み合っていない)

結論から書くと、ぼくは『経済成長』を追い求めるのはもうやめるべきだと考えてきたし、いまもそう思っている。ただ、本当にそれでいいのかと考えるために、経済成長は必要だと主張する本を読むのは悪くない。

しかし、この『何で必要なんだろう?』に書かれている主張だけが、経済成長が必要だという主張の内容なら、ちょっと残念な感じ。というのは、脱経済成長の主張と全然、噛み合っていないから。なぜ、脱経済成長が主張されるのかといえば、簡単に言えば、「それはもう無理なんじゃないの」ということだ。

地球の環境や持続可能性、そして南と北のギャップを考えると、北側の世界がこれ以上資源やエネルギーの浪費を続けられるとは思えない。また、資源やエネルギーを減らしながら従来のGDPで計る経済成長が可能だとも思えない(そういう方法があれば教えて欲しい)。

「先進国」と呼ばれる北の世界では、欲望を無理やり生み出すことで資本主義を生き延びさせてきた。なんだかんだと問題を指摘されても、もう200年以上資本主義は生き延びている。資本主義に対抗して登場した「社会主義」は100年ももたずに壮大な負の遺産を残し、ほとんど消えた。

とはいうものの、まだ、それらしく残っているキューバをどう見るか。中国やヴェトナムはどうなのか。あるいは「社会主義」なのに世襲が続く北朝鮮は? そして、新しく社会主義を主張し始めているチャベスのベネズエラやエボのボリビアは何をめざしているのか?それらは興味深い問いであり続けている。例えば、キューバについては吉田太郎さんの最新の著作<「没落先進国」キューバを日本が手本にしたいわけ>(築地書館)は面白そうだ。(まだ、ちゃんと読んでいないが、その第1章の扉にはこんなことが書いてある。
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キューバは未曾有の経済危機を切り抜けてきたが、いまだにソ連崩壊以前の経済水準にまで回復していない。おまけに、世界不況のあおりを受けて、2009年の経済成長見通しは、7月に当初の6.5%から1.7%へと下方修正された。つまり没落したままなのだ。

だが、これ以上の経済成長は、地球環境的に限界だし、成長したところで幸せになれる保障もない。フランスでは成長を否定し、むしろ「質素な社会」に向けた縮退(decroissance)が市民権を得つつある。没落こそが進歩だとの逆手の発想に立てば、モノは貧しくとも貧困なきキューバは、縮退へのトップ・ランナー、没落先進国なのだ。
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そして、数多い吉田さんのキューバ本の中でも今回の本が出色なのは、キューバのマイナス面にかなり踏み込んでいるところ。キューバが格差社会であることを看破したコラム1は、ハバナ大学の経済学者の以下のような発言で閉じている。
「モラル、革命のプロパガンダと生涯にわたる反帝国主義だけでは、人民は鼓舞されません。人々はこれに疲れています。彼らは食べなければなりません」

話を戻そう。資本主義が生き延びてきた話だ。それは植民地や女性からの収奪とか戦争とか、ありとあらゆる手段を用いて生き延びてきた。その資本主義が、また新しい方法を見つけて生き残るのか、それとも資本主義とは違う経済・社会のありかたが見つかるのか、それとも、人々が苦しまない資本主義がありえるのか? ぼくにはわからない。ただ、いまとは違うあり方が求められているのは間違いない。

現状の資本主義がどれくらい資源浪費的なのか、服の話はわかりやすい。PARCで出している『オルタ』の最新(2009年7-8月)号の「もうたくさんだ!」という連載記事に驚いたのだが、日本では一人当たり、年間およそ10kgの服を買って、9kgの服を捨てているという(ぼくは検証はしてないけど)。どうしてこんなことになるのか。それは「計画的陳腐化」という戦略によるという。どんどん流行遅れをつくりだして、まだ着ることができる服が捨てられ、新しい服を買わせる。

このように資源を浪費するありかたはもう無理で、資本主義の経済成長戦略みたいのものは、地球の持続可能性とか環境とか、あるいは北と南の格差を考えたら、もう破綻するしかないというのが『脱経済成長』の主張の根拠だと思う。「経済成長は必要」という主張はそのあたりに検討が及んでいないように感じるわけだ。

で、先の『経済成長って何で必要なんだろう?』という本だが、そのあとがきには以下のように書いてある(らしい。……図書館で借りた本なので、いまは手元になく、人にもらったコメントから転載)。
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経済成長なしには失業の問題を解決することはできません。経済成長なしには貧困対策に割く予算がありません。経済成長なしには、財政・年金・福祉に至るあらゆるシステムを早急に、そして抜本的に変えなければならなくなります。システムの抜本改革には膨大な手間暇がかかります・・・・・・日本にはもうそれだけの時間が残されていないかもしれません。さらには改革の方向性を一歩間違えると、その先には悲惨な未来が待ち受けています。
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本当に経済成長なしで失業の問題を解決することはできないのか。経済成長なしに貧困対策に割く予算がないのか。確かに大恐慌のような事態が続けば、そういうことも考えられるかもしれない。しかし、政策的に少しずつ縮退させていくことと、上記の問題を解消することは両立可能だし、そのような政策こそ構想される必要があると、ぼくは思う。

同時に、飯田さんの主張の、累進税率を上げたりして、豊かな人から貧しい人への富の移転を求めるというのはその通りだと思う。

それと同時に彼は現状を変えていくために2%程度の経済成長が必要と主張しているのだが、この主張には賛同者も少なくないようで、この本についての長くてしつこい読書メモを書いたときには支持者からのいくつかのコメントをもらった(そう、この本、つっこみどころが満載で、そういう意味ですごく触発されたので、かなりの量の読書メモを書き、また、それへのコメントもいくつかもらったので、そのコメントへのレスポンスもたくさん書いた)。で、そのコメントの一部を紹介する。
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現下の経済問題への当面の対応としての経済成長すら否定するということは、重篤な患者に対して即効性のある薬剤の投与を否定するようなものです。…、経済成長以外に即効性のある薬剤はない(なさそうだ)という状況において、環境問題を盾にそれを使わせないという政策の含意は、「将来の我々とその子孫のための環境こそが大切であるので、現在の経済的弱者は見殺しにする」ということになるのです。 http://tu-ta.at.webry.info/200909/article_10.html
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確かに、そういう面もあるかもと思うが、本当に「即効性のある薬剤の投与」は経済成長だけなのか。即効性があるのは例えば荒廃した森林の保護のための雇用創出とか、あるいは限界集落に向かう中山間地域を復権させるための雇用の創出なのではないか(森林管理のための雇用は既に行われ始めているが、森林管理のために継承すべき技術をもっている人がいなくなり、人がいても間伐がうまくできないという話も昨日聞いたけど……)。

そして、この本の中での飯田さんは、都市に資源を集中することが効果的だと主張する。たしかにGDPの拡大を主眼に置けば、そういう主張はありえるだろう。しかし、その弊害が地域が崩壊しつつあるという現状にでているのではないか。そして、経済成長を求めないあり方の多くはコミュニティの復権を求めている。このこともまた、この本で批判されるのだが、その復権を求める人の多くは従来型の閉じたコミュニティをただ復活させるのではなく、開かれた新しいコミュニティを作り直していくことを主張していることをここでは無視している。

また、経済成長が有効という面があるにしても、どういう経済成長がありえるのか、経済成長なら中身は問わないのか、選択的に中身を選ぶ経済成長はありえるのかと思う。さらに、経済成長でトリクルダウンが起き、貧しい人が豊かになるという話で、この30年間、開発政策が進められてきた第三世界で、それはほとんど実現しなかったのだが、そのことをどう考えるのだろう。

いろいろ書いてきたが、対談からできている短い新書なので苦もなく読めるはず。興味がある人は読んでみたらいいと思う。ぼくにとっては刺激の多い本だったというのは間違いない。

この本については著者グループによるインタビューなどもWebで読むことができる。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090810/202172/

飯田さんのブログは
http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20090812

この本の読書メモは
http://tu-ta.at.webry.info/200908/article_12.html
http://tu-ta.at.webry.info/200908/article_15.html
http://tu-ta.at.webry.info/200908/article_16.html
http://tu-ta.at.webry.info/200909/article_7.html
http://tu-ta.at.webry.info/200909/article_10.html
など

(その2に続く)