著者:ヨルゴス・カリス他、(NHK出版 1400円+税)


 本書は「脱成長」の「入門書」として昨年出版された「The Case For Degrowth」の翻訳本です。現時点の「脱成長」について書かれた本の「決定版」と言ってもいいと思います。

 著者はバルセロナ自治大学の研究者ら4名。「私たち4人は、これまで長年にわたり、経済成長がもたらす悪影響や悲惨な未来について論文を書き、より健全な未来に向かおうと訴えて来た」(謝辞より)。
 
 本書の強みは何よりもこの4名の共同作業にあります。
 
 都市の成長と水資源開発を研究しながら近年は「緑の成長」批判に力を入れるヨルゴス・カリス(バルセロナ自治大)。
 
 ジェンダー、階級、人種、民族と環境との相互作用の研究をしながら「資源採取産業の過酷かつ危険な労働現場」に密着するスーザン・ポールソン(米フロリダ大)。
 
 成長なき社会はコモンズを基盤に成立することを研究するかたわら、出身地での廃棄物紛争や脱成長の政治戦略を論じるジャコモ・ダリサ(ポルトガル、コインブラ大)。
 
 生態経済学・政治学を教えながらインドでのゴミ拾いの人々とともに働いて生活した経験をもとに、貧困層の環境保護意識から学んだ経済発展に代わる複数の道を探求するフェデリコ・デマリア(バルセロナ自治大)。
 
 これらの経歴から分かるように、4名の「脱成長論」は、地球システムの限界を論じ、そこから演繹して経済成長の限界や危険性を指摘する、という手法を取っていません。南と北の対立、北の中での分断と格差、さらに南の中での支配と貧困、そしてジェンダーや民族をめぐる支配と抑圧、これらと、気候変動などの地球環境問題を、同じ「脱成長」というパッケージで超えていこう、というのが本書の訴えです。
 
 これは、最近話題の斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』と同じ立場とは言えます。(斎藤さんの「解説」も本書に収録されています)。しかし読後感がまったく違うのです。それは斎藤さんの本が「脱成長コミュニズム」あるいはエコロジストとしての「マルクス再評価」の「正しさ」を証明したいが故にか、他の脱成長論を滅多切りにしていることとも関わります。
 
 対して本書は、脱成長にむけた方法論、戦略論として「共進化的改革」「相乗的共進化」の立場をとります。「多様な方向から進んでいる多くの改革運動が、互いに組み合わさることで一層の相乗効果が起きる」と。「公平なウェルビーイングをめざす」「多様な方向」から「ダイナミック」に「予想外」に「展開」される「改革運動」の背中を押すこと、これが本書の「脱成長論」の役割なのです。
 
 ではその本書が主張する「脱成長」の政策的柱とは何でしょう。第4章の「5つの改革」がそれです。
 
 改革1、成長なきグリーン・ニューディール
 改革2、所得とサービスの保障―ユニバーサル・ベーシックインカム、ユニバーサル・ベーシックサービス、そしてユニバーサル・ケア・インカム
 改革3、コモンズの復権
 改革4、労働時間の削減
 改革5、環境と平等のための公的支出
 
 詳しい内容は本書に譲りますが、一つ注意して欲しいのは「改革1」で、4名が参考にしながらも「さらにその先に踏み込」む、とされた「欧州グリーン・ニューディール」のことです。これはうっかりすると欧州連合(EU)の「欧州グリーン・ディール」(2019年12月)のことと思うかも知れませんが、そうではありません。元ギリシャ財務大臣のヤニス・バルファキスらの「欧州に民主主義を!運動2025」(DiEM25)が掲げる「ヨーロッパ・グリーン・ニューディール」(2019年4月)のことです。
 
 DiEM25 ヨーロッパ・グリーン・ニュディール
 https://diem25.org/campaign/green-new-deal/

 (本書に記された「原注」を辿ればわかりますが、できれば本文の「訳注」で両者が違うことを注意喚起して欲しかったです)
 
 この三つの「グリーン・ニュディール政策」を時間の経過から整理すると「DiEM25」策がEUより先行し、その「DiEM25」策よりも「さらにその先に踏み込んだ」のが本書の「成長なきグリーン・ニューディール」ということになります。
 
 本書では触れられていませんが、「DiEM25」の「グリーン・ニュディール」の財源をめぐるヤニス・バルファキスとドイツ「緑の党」のギーゴルトの論争も興味深いです。財源を税(企業課税など)にもとめるギーゴルトに対して、バルファキスは、欧州投資銀行(EIB)がグリーン債を発行し、欧州中央銀行(ECB)が支える(買い取る)、という案を主張します。財政健全化の優先か、人民のための金融緩和か、という対立がここにも出ているのですね。

 詳しくは「e‐未来構想」
 https://e-miraikousou.jimdofree.com/
 
 では本書の「成長なきグリーン・ニュディール」は、どの点において「DiEM25」の「グリーン・ニュディール」よりも「さらにその先に踏み込」んでいるのでしょうか。
 
 第一に「再エネ」。「たとえ再生可能エネルギーを拡大したところで、成長追求の経済のままではコストとリスクが増すので」「そもそも使用するエネルギーと総量を減らしていく」。
 
 第二に「雇用」。「環境分野で新たな雇用や消費が創出される」が、「それによって全員の所得を増やそうとは思わない」「労働者一人一人の労働時間を短縮し、適正な賃金が広く行きわたることを通じて高雇用率を実現する」
 
 第三に「財源」。炭素税「高所得層にはより高い炭素税を課し、所得階層の下位半分にいる人々の所得を増額する」。奢侈税「SUV、ヨット、プライベートジェットなど贅沢だと認められる商品やサービスへの課税」。さらに「富裕層への累進課税」や金融・不動産資産、相続財産への課税と、金融・為替取引差益への国際課税を行い、さらにさらに「急激な累進課税を導入して、最大所得を抑制」すると言うのです。徹底しています。
 
 第四に「資金」。「政府はおそらく公的な『緑の銀行』を通じて、グリーン・ニューディール債を発行する。その資金を投じて行う公共事業で利益を出し、それを回収することになるので、経済全体の成長を必ずしも必要としない」。本書の「付録」の「脱成長に関するよくある23の質問への解答」においても、国家の負債とならない「公共貨幣(ポジテムマネー)」が高く評価されています。
 
 さらに「付録」では「融資制度」の改革も。「金利を伴なう融資を禁止ずる、もしくは融資サービスに対して複利ではなく一度だけの手数料支払いを課す形にすれば、経済成長を強制することになりません」。その先には「民間銀行を通じた貨幣創出を禁止する」改革も構想されています。
 
 こうした「通貨システム」の改革は、脱成長社会のためには「特に根本にかかわる」ものでありながら、これまであまり重きを置かれてきませんでした。「DiEM25」の「グリーン・ニュディール」政策も、「GDPの成長に背を向ける」と言いながら、その資金を、経済成長の時代の中で生まれ「発展」してきた(欧州)中央銀行の緩和策に頼ろうとしています。対して本書の4名は「利息」とも「負債」とも無縁な「新たな通貨システム」を構想することで、「さらにその先に踏み込」んでいる、と言えるでしょう。
 
 冒頭で、本書について<現時点の「脱成長」について書かれた本の「決定版」>と書きました。決定版である理由は、まだまだ沢山ありますが、それは本書を手にとって皆さんで堪能してください。本書が多様な意見をもつ多くの人々に読まれることを切に願います。

 最後に、斎藤さんも「解説」で紹介していますが、今年1月に京都を中心にして行われた「第15回地球研国際シンポジウム」でのヨルゴス・カリスさんの講演(オンライン、日本語での通訳付き)のURLを紹介しておきます。講演の後の質疑応答では、私たちの共通の友人である古沢広祐さんも登場していて驚きました。(次ページにURL)

「第15回地球研国際シンポジウム」二日目の講演(ヨルゴス・カリスさん)
https://youtu.be/BopyAgP-C0Q

シンポジウムのトップページ
https://www.chikyu.ac.jp/publicity/events/symposiums/no15_report.html


五十嵐 守(京都市)