現金給付の速やかな実施、富裕層と大企業への課税強化を
――総選挙に向かって、菅政権との対抗軸は何か

                                  白川真澄


 菅政権は、人びとの不安と関心が新型コロナ感染の問題に引きつけられている隙に、火事場泥棒を働き、次々に悪法を強行成立させた。デジタル庁創設等6法、改正国民投票法、重要土地利用規制法、医療制度改革関連法などである。そして国会を早々と閉じ、東京五輪の強行開催とワクチン接種の加速化によって支持率回復を狙いながら、秋の解散・総選挙に向かって走りはじめた。コロナ禍が収まらないなかで、リベラル・左翼の対抗勢力に求められる菅政権との対抗軸は何か。考えてみたい。

■「最終的には生活保護がある」――困窮する人びとを見放す菅政権 
 コロナ感染拡大の収束の見通しが立たない現在、仕事を失ったり収入が減って困窮する人が後を絶たない。失業率は2.8%、失業者数は194万人(4月)とリーマン・ショック時に比べれば低めに抑えられているが、解雇や雇い止めにあった人は5月には10万人を突破し、うち非正規で働く人が47%を占める。昨年に収入が減った人は、民間労働者の28%にも及ぶ(労働政策研究・研修機構の調査)。なかでも打撃を被ったのが、非正規で働く女性たちだ。支援のための「大人食堂」に並ぶ人たちには女性、それも若い女性の姿が目立つと言われる。シングルマザーのなかには、なけなしの貯金を使い果たし、子どもには3食を食べさせても自身は1日1食で我慢するという人も少なくない。
 こうした人びとに支援の手を差し伸べるのが、政府の本来の役割のはずである。ところが、この国の政府の対応は、呆れかえるばかりだ。昨秋から今春にかけて、コロナ感染の第3波・第4波が襲来して経済が落ち込み、飲食・宿泊サービスを中心に多くの労働者や業者が苦境に陥った。菅政権は支援に決定的に立ち遅れたが、ようやく打ち出した支援策も小出しでケチくさいものであった。ひとり親世帯向けの給付金(5万円、約120万世帯を対象)の再支給、休業手当を後押しする雇用調整助成金の特例措置と休業支援金の8月までの延長、住宅確保給付金の再支給だけは行った。しかし、個人事業主や中小企業への持続化給付金と家賃支援金の継続・再支給は拒否した。短縮営業や休業に応じた飲食店などへの補償(協力金の支給)があるから、というのがその理由だ。
 そして、生活に困窮する人びとへの現金給付を頑なに拒み続けてきた。咋春に国民全員への一律10万円の給付が一回切りで行われたが、菅政権は、自民党内からも声が上がった一律10万円の再給付あるいは多くの生活困窮者への現金給付を拒否してきた。その理由として、菅は「最終的には生活保護という仕組みがある」(1月27日)からと言い放った。
 しかし、この制度が人びとにとって極めて利用しづらいことは、よく知られている。クルマの保有ができないような資産要件、親族に知られる「扶養照会」(本人の同意を必要とすることになったが、窓口での実際の運用では従来通りが多い)といった高い障壁が立ち塞がっているからだ。生活保護の昨年度の申請件数は22万8081件と前年度より2.3%増え、リーマン・ショック後の09年以来11年ぶりの増加となった。だが、4人に1人が収入の減少に見舞われたという事態の深刻さから見れば、その増え方はあまりにも微々たるものだ。生活保護は、「最後のセーフティネット」としては機能していないのである。

現金給付の実施こそ急務
 代わりに、収入減に見舞われた多くの人が縋ったのが、「特例貸し付け」である。窓口になった社会福祉協議会には「緊急小口資金」(上限20万円)と「総合支援基金」(上限180万円、2月から200万円に)を求めて人が殺到した。その申請件数は4月までに209.4万件と急増し、総額は9400億円(5月26日)に上った。だが、これは手軽に利用できて無利子・無担保だとはいえ、あくまでも「借金」である(住民税非課税世帯は返済免除があるが)。だから、仕事が見つかって返済できる見込みが立たないと、怖くて借りられない。また、すぐに限度額に達してしまい、繰り返しての借り入れが難しい。生活困窮者にさらに借金をさせるのだから、「本当に役立っているのか」と貸し付けの担当者の良心を苦しめさせる(朝日新聞21年5月10日)。
 そこで、菅政権は新しい現金給付の検討に入った。それは、特例貸し付けの限度額に達して貸し付けを受けられなくなった人に最大30万円を給付する措置と報じられている。しかし、その対象はたったの20万人(総額500億円)で、しかも特例貸し付けをこれまで利用してこなかった人は、困窮していても支給を受けられない。予備費は4兆円も残っていてお金はたっぷりあるのに、何という貧弱で人だましの施策だろうか。
 仕事や収入を失って苦しむ多くの人びとに対する現金給付を頑なに拒み、突き放す。この姿こそ、「公助」を後回しにする「自助ファースト」を政治哲学とする菅政権の本性を端的に表している。同時に、そこに菅政権の重大な弱点がある。コロナ危機下で支援を必要とする人の数は正確に把握できるものではないが、民間労働者の28%が収入減になったことや住民税非課税の対象者が3100万人(厚労省の推計、2010年)であることなどからすれば、ほぼ3000万人と推計しても間違いはないだろう。けっして少なくない数の人びとを菅政権は「敵」に回しているのだ。そこに、リベラル・左翼勢力が明確な対抗軸を立てて争えるテーマがある
 生活支援の現金給付は、支援を必要としているすべての人に対して迅速かつ無条件に行われなければならない。政府が給付対象者の要件や範囲を限定せず、給付を申請する人すべてに資格審査なしに1人10万円を、繰り返し給付するのが望ましい。収入を減らしていなかったり所得が高い人が給付金を受け取れば、後に税務申告によって税として戻す仕組みにすれば、必要のない人は自ずと申請しなくなる。咋春の国民全員への一律10万円給付は、給付から漏れる人をなくすために必要な措置であったが、支援を必要とする人にとっては金額が少なく、必要としない人は貯蓄に回した。したがって、全員への一律10万円給付の方法をとるのであれば、中・高所得者が特別税として納付する仕組みを入れる必要がある。
 いずれにしても、「自助」を押し付け公的支援を拒む菅政権に対して、生活支援を必要としているすべての人への現金給付の実施を最優先の政策として対置することが求められる。

公正な増税への転換の流れ――バイデン税制改革
 日本とは対称的に、米国では中・低所得の人びとへの現金給付が繰り返し行われてきた。1回目(20年3月、1人あたり1200ドル)と2回目(12月、600ドル)に続いて、バイデン新政権は1人あたり最大1400ドル(約14.5万円)を年収8万ドル(約830万円)以下の世帯すべてに支給する。これは、全世帯の6割になる。さらに、失業手当に週300ドル(約3100円、今年から400ドルに引き上げ)の特別加算を行ってきた。また最低賃金を政府契約企業では時給7.25ドルから15ドル(約1550円)に引き上げる。
 手厚い現金給付は、日常的なセーフティネットの貧弱さの裏返しでもある。だが、それは大量失業や就労時間の削減による賃金収入の大幅な減少を十分に補って家計の収入を押し上げ、経済の急速な回復に一役買っている。昨年4月には失業率14.7%、失業者数2300万人にまで悪化した雇用は徐々に改善されてきたが、それでも失業率6.0%、失業者数970万人(4月)と、コロナ危機前の3.5%、570万人を大きく上回っている。現金給付が人びとの生活を支えていることは間違いない。
 さらに、バイデン政権は、家計への現金給付を柱とする1.9兆ドルの「米国救国計画」に続いて、インフラ整備や脱炭素化に投資する2兆ドルの「米国雇用計画」(8年間)、格差是正のための子育て支援や大学教育無償化に支出する1.8兆ドルの「米国家族計画」(10年間)を発表。この3つのプランを合わせると、総額で6兆ドル(約660兆円、GDPの6割に相当)という巨額の財政支出を行うことになる。「大きな政府」への思い切った転換である。
 注目すべきは、この巨額の財政支出をまかなう財源確保のために富裕層と大企業への課税強化に乗り出すことである。「救国計画」は全額を国債発行で手当するが、「雇用計画」は企業増税(15年間、2.7兆ドル)によって、「家族計画」は富裕層増税(10年間、1.8兆ドル)によって財源を調達する。その内容は、大企業に対してはトランプが21%にまで引き下げた法人税率を28%に引き上げる、多国籍企業の海外収益への課税を10.5%から21%に引き上げる、大企業向けにミニマム税率(15%)を導入する。富裕層に対しては、個人所得税の最高税率を37%から39.6%に引き上げる、年収100万ドル(1億円)以上の富裕層のキャピタルゲイン(株式等の譲渡益)への課税に39.6%(現在は20%)を適用する、富裕層や企業への税務調査を強化する。これらは、「公正な増税」を実行に移すことにほかならない。
 共和党は強く反発しているが、国民の多数は支持している。米国では、コロナ危機の渦中で巨大IT企業の利益が増え、株価高騰によって富裕層の金融資産も急増。上位1%の超富裕層の純資産は36兆ドル(約3735兆円)と、1年で5兆ドル(約520兆円)も増加し、全世帯の下位半分の純資産2.4兆ドル(約249兆円)の15倍になった。この途方もない格差拡大に対する人びとの不満や怒りが高まっている。そのことが民主党左派の発言力を強めさせバイデン政権の政策を規定している、と言える。
 
法人税率引き上げとデジタル課税への国際的な流れ
米国だけではない。イギリスも、大企業向けの法人税率を19%から25%に引き上げる(23年)。法人税率の引き上げは、半世紀ぶりのことだ。またEUは、7500億ユーロ(約100兆円)の復興基金をまかなう債券の償還の財源の1つとして、国境炭素税を導入する。そして、米英の法人増税への転換は、国際的な法人税率引き上げとIT企業課税の強化への動きと一体のものである。
バイデン政権は国際的な法人税の共通の最低税率の導入を提唱し、G7が合意した。これに対しては、法人税率を12.5%にまで引き下げて海外のIT企業を誘致してきたアイルランドなどが反発。そのため、米国は当初の最低税率21%の提案を15%に下げる案を提示して、早期の合意をめざしている。グローバル化のなかで各国は、税率を争って引き下げる「底辺への競争」を繰り広げてきた。その結果、OECD諸国の法人税率は平均で、32.3%(00年)から23.1%(20年)へと9%も低下(日本も40.9%から29.7%に低下)。法人税減税によって企業の利益を増やし経済成長を実現する、という新自由主義の発想に立ってきたのだ。その意味で、共通の最低税率の導入は、法人税率の引き下げ競争に終止符を打ち、新自由主義と訣別する方向への転換を意味する。
これと並んで、GAFAなど巨大IT企業へのデジタル課税の導入も合意されつつある。GAFAはネットを通じてグローバルに事業を展開するから、物理的な拠点を置いていない国ではどんなに大きな売上げをしても課税されない。そのため、莫大な利益を稼ぎながら、その税負担率は平均15.4%(18〜20年)にとどまり、世界の主要5万7千社の平均25.1%の6割にすぎない(日経21年5月9日)。そこで、利益率と売上高の大きい大手IT企業100社に対して10%の利益率を上回る利益のうち少なくとも20%に、消費者のいる国が課税できるルールづくりが煮詰まっている。
ポストコロナの時代を迎えて、世界では公正な増税への転換が始まっている。だが、日本では、この変化を好機と捉えきれず、税についての議論は消費税減税の問題に終始している。淋しい限りだ。

「消費税5%減税」の議論の枠を突破しよう
 総選挙に向けて「消費税の5%への減税」を野党の共通政策の柱にしようという声が強まっている。「消費税廃止」を掲げてきたれいわ新選組は、5%への減税を野党共闘の旗印にするよう提案。立憲民主党も、枝野代表が消費税減税に批判的な見方をしてきたが(『枝野ビジョン』)、最近では時限的な引き下げ案を表明した。
 しかし、消費税5%減税は、菅政権の経済・財政政策に対する的確な対抗提案になりうるだろうか。大いに疑問がある。
 まず、不公正な税制の変革というテーマを消費税減税に絞り込むことは間違いだ。それは、税と社会保障のあり方を根本的に変えていくという全体像を見失わせる。安倍政権は、富裕層や大企業を優遇する所得税(とくに金融課税)や法人税の改革にまったく手をつけず、ひたすら消費税率の引き上げに増税の道を求めてきた。言いかえると、《増税イコール消費増税》という狭い枠組みに人びとの眼と関心を閉じこめてきた。政権側が実際に消費増税を行ってきた時に、これに焦点を当てて批判や反撃をするのは当然のことだった。しかし、その際でもそうだが、《増税イコール消費増税》というパラダイムを打ち壊す意識的な努力が必要である。すなわち、どのように社会保障(医療、介護、教育、生活支援など)を拡充するのか → そのために必要な財源はどれくらいか →その確保にはどのような税負担が相応しいか、という全体像を提案することが求められる。
 日本の(だけではないが)税の仕組みは実に複雑で、市民が簡単には理解できないように作られている。そのなかで、消費税は人びとにとって最もなじみのある税である。毎日の買い物をすれば否応なく本体価格とは別の消費税の率や金額を目にする。税率は均一(軽減税率で複数になったが)だから、負担の重さや増え方もよく分かる。それに比べて、所得税は複雑な所得控除の仕組みに覆われているし、源泉徴収方式のせいで労働者の多くは関心が薄い。金融所得課税や法人税の税率は、あまり知られていない。だから、税が公正なのかどうか、税率を上げるのか下げるのかという関心や議論も、消費税だけに絞られがちである。
 しかし、不公正な税制の根幹は、次のことにある。株高でどんなに大儲けしても金融所得への課税は20%にすぎない。そのため、1億円を超えて所得が増えると税負担率は下がっていく。法人税率は低下の一途を辿り、研究開発投資の控除や子会社からの配当金不算入などによって大企業の税負担は軽減されている。その実際の税負担率は中小企業よりも低く、巨額の利益を上げても赤字決算操作で法人税を払わない大企業も少なくない。したがって、リベラル・左翼勢力はこの現実を明るみに出し、金融所得に最大45%の累進課税をかけ、法人税率を少なくとも10%引き上げる、といった主張を真っ先に掲げるべきだろう。

消費税減税は誰に恩恵をもたらすか
 消費税5%減税は、消費支出の促進による需要喚起という経済政策としてと同時に、コロナ禍で苦境に立つ人びとの生活を支援する方策として提案されている。ところが、皮肉にも税率引き下げは、低所得層よりも高所得層により大きな恩恵をもたらす。高所得層のほうが、消費支出に回す金額が大きいからだ。家計調査に基づく井出英策の試算では、5%に下げた場合、年収247万円以下の世帯(全世帯の26.5%、およそ3300万人)は年8万670円の還付を受けるにすぎないが、年収741万円以上の世帯は年23万6001円もの還付を受けることになる。
 いま必要なことは、収入が低かったり減ったりして苦しむ人びとへの支援である。それならば、高所得層に有利に働く消費税5%減税ではなく、その分を10万円の現金給付として、支援を必要としている3千万の人びとに繰り返し支給するほうがずっと役に立つ。このことはまた、消費税のもつ最大の欠陥である逆進性の解決のためには、給付面で低所得層への手厚い給付を行うことが有効であることを示している。
 第3に、長期的な視点で社会保障の財源をどう確保するかという問題がある。消費税はいまでは、政府の税収(60兆円弱)のうち約20兆円を占めるが、5%への引き下げで10兆円もの減収になる。ドイツやイギリスなどと同じく半年や1年の時限的な引き下げであれば、10兆円分は国債発行でカバーすればよい。しかし、れいわや共産党が主張するように5%に下げたままにする、さらに廃止するとすれば、毎年10〜20兆円の税収減をどう補填するかが問われる。
 たしかに、金融所得への累進課税や法人税率の10%引き上げを行う、また炭素税(地球温暖化対策税、現在は排出1トンあたり289円、税収2623億円)を10倍に引き上げることなどで10兆円超の税収増が得られるから、消費税率5%引き下げによる減収はカバーできる。しかし、これは貧弱な社会保障の現状をそのままにしておけばという話である。医療や介護や教育の重い自己負担をなくし、スタッフを増やし、最低生活保障の現金給付を拡充するとすれば、新たに毎年20兆円以上の財源が必要になる。また2040年には高齢化に伴って社会保障給付費は、1.6倍に膨れ上がる。これをいまでも重すぎる社会保険料の引き上げでまかなうことはできないし、間違いだ。したがって、富裕層や大企業への課税強化だけではなく、消費税を含む人びとの税負担の増大は避けられないだろう。
 MMT派のように、税は政府支出の財源ではないから、いくらでも「借金」(国債発行)すればよいという主張もある。とはいえ、MMT派も、景気が回復して2%を超えるインフレになれば支出を削り増税するべきだと言う。しかし、景気や物価の変動に応じて社会保障費を削減することは困難だし、許されない。社会保障の財源は、安定した税収によって確保されなければならない。
 これまで消費税の導入や税率アップを試みた政権は、人びとの反発を受けて選挙で必ず大敗してきた。だが、19年の安倍政権は消費増税を掲げながら、増税分を保育サービスの無償化に使うとしたこともあって、参院選で大きく負けなかった。私たちは、このことの意味をよく考える必要がある。いつまでも減税ポピュリズムに寄りかかって、政権を批判し対決するという発想から脱却すべきときではないか。
(2021年6月23日記)