菅新政権は「まず自助」という自己責任型の社会像を前面に掲
  げ、「規制改革」と行政のデジタル化を推進しようとしている。
  単なる「安倍亜流」ではなく、新自由主義的な傾向を露骨に押
  し出してくる政権である。その柱の1つが、地方銀行再編の加
  速である。かねてから菅は、中小企業の数が多すぎることが経
  済の生産性向上を妨げている(これは、菅が傾倒するD・アト
  キンソンの考えでもある)と述べてきた。地銀再編の促進は、
  コロナ危機に乗じて中小企業の整理・淘汰を強引に進めようと
  する  企てのテコであろう。地銀再編について、平忠人さん
  に寄稿していただいた(編集部、白川)



地方銀行の健全性と地元経済との一体化    平 忠人

1 菅首相が地方銀行の再編を指示
9月16日に就任した菅首相は麻生金融担当相に対し、地方銀行(地銀)の経営基盤強化のため、地銀の再編の促進を含めた環境整備を進めるよう指示した。
菅氏は首相就任前から、全国に102行ある地銀について「数が多すぎるのではないか」と再編の必要性に触れていた。金融庁を所管する麻生氏に首相として正式に指示したことで、地銀の統合や合併に向けた動きが加速する可能性がある。(9月17日毎日新聞)
麻生金融担当相も16日の記者会見で、地銀について「現在のビジネスモデルのままで維持していくのは、人口減少などを考えると難しくなることは誰でも分かっている。持続可能な経営をしてもらえるように改革を促していく」と述べた。(9月17日同紙)
さらに、黒田日銀総裁も「地域の人口や企業数が減少しているなか、地域金融機関の競争が激化して収益性を低下させている。それぞれの金融機関の経営努力が必要だが、金融機関の統合あるいは連携も当然、選択肢のひとつだ」と言及した。(9月17日日本経済新聞)
「地銀の再編」については、単に地銀の合併・統合を促して数を減らしても、それだけでは地方経済の活性化には貢献しないという指摘もでている。筆者も地域経済と地銀(信金、信組も含む)は、切っても切れない地縁関係が成り立っていることを確信する立場であり、政府が強権的に行政組織や民間経済活動に介入することに対し、批判的立場で見解を記した次第である。

2 全国メインバンク動向調査
19年12月9日に帝国データバンクから発表された動向調査をみると、業態別では、全国で3メガを含む「五大銀行(都市銀行:三菱UFJ、三井住友、みずほ、りそな、埼玉りそな)」のシェアは19.82%と前年を0.05%下回った。
 五大銀行のシェアは2009年以降一貫して減少傾向が続いており、19年は過去最低となった。一方、「地方銀行」(40.07%)は前年を0.42%上回り、11年連続でシェアトップとなったほか、初めて全国シェアで4割台に到達した。
地域別で見ると、9地域中(北海道、東北、関東、北陸、中部、近畿、中国、四国、九州沖縄)5地域(東北、北陸、中国、四国、九州沖縄)で「地方銀行」が過半数を占めトップシェア。
五大銀行は全国規模で国内の店舗統廃合や拠点撤退を進める一方で、海外拠点の拡大、拡充を重点施策としており、入行3年目の若い行員でも海外拠点への異動対象者とすることで、国内拠点人員よりも海外拠点人員の若返りを図っている。このことは地域金融機関がシェアを拡大しやすい状況下にあると考察できる。
さらに、企業側からメインバンクとして認識している金融機関をみると、東京都、大阪府、埼玉県、愛知県、兵庫県は五大銀行が地域トップシェアとなったが、42道県では地方銀行・第二地方銀行が地域トップシェアを占めた。
 数年ごとに各地を転々とするメガバンクの顧客担当者に比べると、地元で経験を積んだ地銀や信金の顧客担当者は、地域の特性や商工会の人脈を把握し、担当した企業の訪問を重ねることで、工場の生産体制、従業員構成、事務所の雰囲気等を肌で感じ取ることで、スピード感を持って、企業の資金繰りの道筋を描きやすいはずである。

3 減少する銀行業の店舗数
銀行業の国内有人店舗数は94年ごろに歴史的なピークを迎え、以降は減少し続けている。ピーク年と19年を比較した店舗数の変化率は、銀行行全体では27%減で、業態別では大手銀行51%減、地域銀行23%減、信用金庫17%減、信用組合47%減、労働金庫14%減である。(5月4日日本経済新聞電子版)
要因としては、アベノミクスに連動した日本銀行の金融緩和政策によるマイナス金利の長期化に伴い、コスト削減を余儀なくされたことである。
新政権は前述のとおり人口の減少を背景にした地域銀行の統合や合併を、11月に施行する独占禁止法の適用外とする特例法に基づき(金融庁が地銀の事業計画を審査し、金融サービの維持につながることなどを条件に認可するという中身)さらに推し進めることになるのであろう。
銀行業の国内有人店舗数の91%は地域金融機関であり、地銀再編が進めば、さらに店舗統廃合が進み、高齢化する個人客の利便性にも支障が生じると思われる。
また、地銀と地域、取引企業規模が重複する信用金庫の店舗数の具体的推移をみると、アベノミクス開始前年の12年5月と20年5月とでの信用金庫数では16庫の減少、店舗数で254店舗減少、出張所で29カ所減少、会員数(出資者数)で173千人減少しており、信金業界の「3つの過剰(預金・人員・店舗)」が地方を中心に対応をさらに図る必要性が問われている。
結局、アベノミクスは地方経済になにをもたらしたのであろうか?メガバンクが海外マーケットに収益源の拡大を図るなか、国内産業と経営上の一体化を進めるべき地方銀行、信用金庫は疲弊と減収減益を強いられたあげく、地方の人口流失に伴う過疎化と東京への人口の集中を要因とした賃金の格差を広げたにすぎない。

4 地銀と新型コロナ禍(無利子融資のからくり)
通常、経済危機時には各地の信用保証協会が「セーフティーネット貸付」と呼ばれる制度融資を取り扱う。
2008年のリーマンショックを契機とした世界的な金融危機や、11年の東日本大震災の際にも設けられ、今回も政府は緊急対応策として新たなセーフティーネット貸付の取り扱いを開始した。
制度融資は、信用保証協会が銀行融資に100%の保証を付け、貸し倒れた場合には信用保証協会が代位弁済する。このため、銀行は貸した資金を取りっぱぐれることがない。貸し倒れリスクがゼロのまま銀行は利子だけを受け取れ、融資審査も無条件で通る(週刊ダイヤモンド4/11号)。というが、実際には債務超過先の申し込みはほぼ審査は通らない。さらに、信用金庫は正常時においての運転資金の申し込みにも信用保証協会枠を利用していることが多いことから、信用保証協会から「利用枠なし」で受け付けられないことがある。
東京信用保証協会の場合、利用限度額は1社2億8千万円、無担保枠は上限8千万円と限られており、無担保枠の金融機関同士のぶんどり合戦も日常差万事なのである。
これに対して、銀行が自らリスクを背負って貸し出すのがプロパー融資である。貸し倒れが発生すればもちろん、業況(格付け)が悪化した場合は必要に応じ貸倒引当金を損失として計上しなければならない。
もちろん、コロナ対策用のプロパーの特別融資制度を全国の地銀や信金も相次いで導入している。いずれも、金利優遇のほか、貸出条件を緩和する内容だが、リスクを懸念して「実際にはポーズにすぎない」といわれている。(週刊ダイヤモンド4/11号)。
無利子・無担保融資には顧客の利子負担がない。銀行が顧客のメリットを考え、採算度外視で企業を支えているような印象を受けるが、実は無利子・無担保融資は銀行側にも大きなメリットがある。
民間の銀行が行う無利子無担保融資では、前述のように信用保証協会の「セーフティーネット貸付」を活用している。万が一返済が滞った場合は、信用保証協会が100%借入を肩代わりするので、銀行には貸し倒れのリスクが無いうえに、銀行には金利収入が発生するのだ。政府がコロナ禍の経済対策の一環として都道府県などを通じ、利子補給をするのだ。しかもその金利水準は、プロパーの金利水準よりも高い。過去には、既存のプロパー融資を制度融資に肩代わりさせた例があったという。

5 地銀の財務状況
地銀は近年、日銀の低金利政策により、貸出金利利ザヤの縮小に苦しんできた。貸し出し収益の苦戦にもかかわらず、ある程度の黒字を捻出できてきたのは、信用コストが抑えられてきた結果であるが、昨年から地銀の貸倒引当金などのコストが大きく膨らみ始めている。
19年3月期における赤字地銀は104行中46行だったがものが、20年3月中間期には52行と半数まで拡大している。さらに、71行が利益率を減少させており、地銀ビジネスモデルはもはや実質的には破綻していることがわかる。
<ROA>(総資産利益率=銀行の本業のもうけを総資産でわって算出)マイナス銀行が3行存在。貸し出しなど本業から得られる業務粗利益を、人件費などの経費が上回っている。
<与信費用>(不良債権処理に伴って銀行に発生する損失の総称)2020年3月期単体では前期に比べ65行で与信費用が増加した。新型コロナ禍により地域経済に大きな影響が出ていると推察。
<不良債権比率>(「破産更生債権及びこれらに準ずる債権」「危険債権」「要管理債権」の合計を貸し出しなどの総与信で割って算出する=低いほど債権の中身が健全である)2020年3月期単体で57行が前期末より低下した。シェアハウス向け融資で不正が発覚したスルガ銀行は、19年3月期で同比率が急上昇し、さらに悪化が続いているという。
<有価証券関係損益>(国債等債券損益と株式等関係損益の合算)2020年3月期単体で損失を計上したのは34行にのぼる。新型コロナの感染拡大による金融市場の混乱が生じたためと思われる。
<当期純利益>19年3月期単体では当期純損失(最終赤字)を計上したのはスルガ銀行(970億円の赤字)1行であったが、20年3月期単体では7行が赤字となった。多額の貸倒引当金計上、与信費用計上等が主な要因であった。
<自己資本比率>(高いほど健全とみなされる=海外に営業拠点を持つ銀行は国際統一基準8%、持たない銀行は国内基準で4%以上が求められている)
前期末と比較可能な100行のうち66行で低下した。同比率を算出する分母となるリスクアセット(リスクのある資産)と貸し出しなどが増えたために増加したことが要因と思われる。

6 金融機能強化法改正案
政府は金融機関に公的資金を注入しやすくする仕組みづくりに動いた。公的資金の注入枠を12兆円から15兆円に拡大したうえで、22年3月までの申請期限を26年3月へと延長する。金融機能強化法の改正案は6月8日に閣議決定後、衆参可決後19日に公布された。
 注目されるのは、公的資金の申請条件を大幅に緩和したことだ。公的資金の申請時には従来収益性や効率性の目標が必要とされ、経営陣の責任も問われたが、改正案ではこれらが不要になった。反面、地銀側には公的資金に対し、いつ手のひらを返して経営責任を問われるか分からないという警戒感も漂う。
さらに、将来の返済時点で回収を困難にする可能性がある課題を抱えていると言える。注入行の株価の低迷が続き、かつ返済期限において返済の負担に耐えられるほど十分に自己資本が蓄積出来ていない場合、国は政策の出口において国民負担に甘受するか、金融機関の健全性の低下を許容する選択を迫られる。

7 “脱銀行”で事業支援(地域価値向上会社を目指す)
日銀のマイナス金利政策の下、本業の貸し出しの利ザヤが縮小し、人口減少も追い打ちをかけ、各行は生き残りをかけて経費削減などに取り組み、他行との統合など再編も視野に入れる地銀も少なくない。
 メガバンクが、マイナス金利の長期化に伴い国内店舗数の大幅な縮小人員整理を進める一方、グローバル戦略の再構築として東南アジア地域の事業拡充を図るなかにおいて、日本国内の地元企業を支え続けるのが地銀の使命と言える。
 「1997年の金融危機以降、産業の衰退が激しく進み、その結果、いまや「貿易立国」は崩れ、貿易赤字が当たり前になっています。地域分散ネットワーク型の仕組みを変えることで、エネルギー・福祉・食と農といった地域の生活圏に係ることは、地域に住む住民が意思決定できる社会システムに変革していきます。(略)地域の産業と雇用を生み出し、内需を厚くすることもできます。」(「世界」20年4月号・金子勝)
 山口ファイナンシャルグループ(FG)は2017年10月、県産品を首都圏などに売り込もうと、商品開発から販売まで一貫して手掛ける地域商社を設立した。そして、地元企業と共同開発した商品をサイト上で販売している。
 山口FGの吉村猛会長は「少子高齢化やマイナス金利といった環境下において、銀行ビジネスだけでは限界がある。そこで地元企業を支援し、地域を創生するビジネスを柱にしようと考えた」(週刊東洋経済7/11号)そのため、山口FGは、地元企業にさまざまなツールを提供しようと、コンサルティングや中小企業支援、人材紹介といった子会社を立ち上げた。コロナ禍を受けてこうした子会社を総動員、前述のサイトを50社350商品まで拡充したり、飲食店のテイクアウト用サイトを立ち上げたりといった支援を積極化させている。
 地元の経済基盤を活性化しないことには、地銀は存在価値を喪ってしまう。前述の吉村会長は「地域価値向上会社」といって、地域でビジネスをしている会社傘下に銀行を持つ状態だと述べる。その仕組みは、地域の協同組合が出資者である組合員によって構成されていることと共通である。
 かつては、資金繰りに合わせた融資が地域金融機関の事業的価値観とされてきたが、コロナ収束後においては、事業性評価をさらに強化してリスクの顕在化を防ぐために、コンサルティング機能を強化し(例えば、全国の地銀を結んだビジネスマッチング、販路の効率化・拡大、従業員の交流・スキルアップ)、アフターフォローをしながら企業を安定軌道に乗せていくパイロットとして、企業1社1社に利潤だけに縛られない「付加価値」を醸し出すのが地銀の価値であり使命なのではないだろうか・・。