『季刊ピープルズ・プラン』53号(2011年3月号)

いまを読み解く?
農業も森も消える──TPPのもたらすもの

川?吉巳


◆農業でも、林業でも暮らせなくなるムラ

 新しい年も明け2月にもなると、ここ山形ではことしの種籾の準備が南の置賜地方ではなく、北の庄内地方の農家から始まります。我が家のある山形県小国町は飯豊連峰の麓、今年は積雪がもう3メートルを超えています(先日すぐ隣県の新潟のある村では4メートルを越えたと言うニュース[注]、数十センチメートルのわが町の記録も更新されたかもしれません)。

 そんな中、まだまだとても今年の種籾のことなどは考えられないのです。まして昨年のJAからの米価(玄米60キログラム)の仮渡し金は、とうとう1万円を割り9000円。これは40年前の米の値段とほぼ同じです。40年程前の1970年は生産調整と言って減反政策が始まり、現在もまだ続けられ、今では40%近くの生産抑制を強いられています。それは経済成長を妨げないための農業政策であり、保守政権維持のための補助金のばらまき政策であったように思います。その農林予算の多くは農民、農村ではなく建設業を通して大手ゼネコンに、政治家にと渡っていきました。40年前の自分は高校生。恩師の言われた「高度経済成長は神の刑罰である」と言う言葉が思い出されます。

 またその数年前の1960年代には、木材の輸入自由化が何の保護政策もないままに行われ現在に至っています。安い外材をどんどん輸入し、一方国内では国土面積の70%近くもある森林、その中の広葉樹を切り倒し、針葉樹である杉や檜を植林してきたけれど、50年近く育ったその杉がいま、我が家の奥山からも、世界中で一番安い木材価格で切り出されています。里山近くに住む人が減り、自分の山の手入れをする人も、木を利用する人も年々少なくなりました。まわりの山々では、温暖化による異常気象なのか、ナラ枯れと言ってミズナラの木や栗の木が何万本も枯れてしまい、ブナの木の葉も枯れ出し、実もつかず、まるで春の新緑の頃に秋の紅葉かと思われるような、枯れ山の景色があちらこちらで目につきます。山に食べ物がなくなった動物たちは、里山を通り街中へ、熊と人間が鉢合せです。いくら安くても枯れてからでは大変とばかり、地主は二束三文で森林組合や地元の山林業者に木を買ってもらっているのが現実です。地上の立ち木の異変に続き、ここでも130ヘクタール程の山林を東京都内のある企業が取得し、CO2対策かと思っていたら、地下水の開発事業計画と称して、水資源への投資勧誘が全国的に行われていたのです。それが地域にとって雇用の拡大などにつながるのなら、それなりによいこともあるのかも知れないけれど。どうもそうとは思えない。

 日本中の中山間地に住む者にとって、林業でも農業でも暮らしていけなくなろうとしている現実、すぐ裏山にある豊かな森林資源、そこから湧き出る、涸れることのない水、祖先が耕し残してくれた農地、人と人とが互いに助け合い生きてきたムラやマチでいま、この先が見えなくなりかけているのです。

◆「食料・農業・農村基本計画」を覆すTPP参加
 そんな中、2010年の10月初め菅首相が総理所信表明で突然、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加検討を言い出しました。そして先日はスイスのダボス国際会議で、「第三の開国」を前面に出し、貿易の自由化を強調し、TPP参加の是非は6月に結論と明言してきました。15年前細川首相が早朝、GATT交渉で関税だけを残して、農産物の自由化を発表した日の不安と悔しさが、昨日のように思い出されます。そしていま、農産物や工業製品などは10年以内に関税を撤廃し、例外は認めず、医療、金融、労働者の移動など、広範な分野での貿易や、参入の自由化を進めようとしています。とりわけ食と農の領域においては壊滅的な影響は避けられず、主要品目である米、麦、牛肉などの国内産は10%ほどしか残らないだろうと予測されています。TPPへの参加を、政府、与党内で充分検討することもなく、国民を無視し、経済界と大手マスコミを巻き込み、重要な国の政策の選択をいとも簡単に、誰かと、どこかの国の都合のいいように決められようとしている。

 これまで日本はWTO交渉の中でも、関税を撤廃するにしても、加盟する各国が互いに多様な農業の形を認め合い、共存できるようにしようとしてきたはずです。昨年の3月30日閣議決定までした「食料・農業・農村基本計画」では、「経済力さえあれば自由に食料は輸入できる」という考え方から脱却し、「1億2000万の国民を養うためには、穀物を中心に食料の自給率を向上させていく事が基本」、また「農の多面的機能の恩恵は、全ての国民が享受するものであり、お金で買うことの出来ない農業、農村の価値を適正に評価し、次世代に継承していく」、すなわち「国民全体で農業・農村を支えていく社会」の創造をめざしたはずです。新基本計画も「コンクリートから人へ」というマニフェストと共にどこかに行ってしまったのでしょうか。

◆これからは何のため、誰のための農業なのか
 菅首相は、突然のようにTPPを受け入れるための国内農業の改革を言い出しました。それは強い農業とか、攻めの農業とかいって、開国する代わりに国産の農産物もこれからは海外への輸出を考えるべきであるといいます。たしかにこれから需要が伸びるであろう中国、インドをはじめとする東アジアは、市場として魅力的かもしれません。しかし、だからと言って農業の構造改革という名の下で、大規模化や、規制のない企業の農業参入を容認してまで、いま、外に出て行く必要があるのだろうか。またそんなことをしてよいのだろうか。その前に関税をすべて取り払い自由化に向かったならば、日本の農産物はかぎりなく国際価格まで下がるだろうし、多くの農家はやめざるをえなくなります。コメでいうと、戸別所得補償で算出されている生産費と国際価格の差額は、現在、玄米60キログラムで1万円を超えています。年間の国内で生産される量である約850トンの補償額は1.5兆円にもなります。毎年1.5兆円という膨大な財政負担を国民が、ましてや財界が容認するわけがありません。他国と競争できるような強い農業などと言っても、オーストラリアや米国とは規模が違いすぎます。

 穀類をはじめ多くの食糧とエネルギーの大半を海外に依存している日本にとって、いま主要な農産国で発生する食糧需給を脅かす、世界の異常気象はこれからも大きく関わってきます。南半球の農業国、オーストラリアやブラジルの集中豪雨による大規模な洪水や、北半球では昨年末からの豪雪と大寒波、ロシアの大干ばつによる小麦の輸出禁止、日本でも昨年夏の酷暑に年明けからの豪雪がありました。原油産出の限界と中東の政治不安や中国などの需要の急増により、また燃料の高騰がはじまっています。

 今すべきことは、足りないものを安易に他国に頼ることなく、世界一豊かな水資源のあるこの国、恵まれた気候風土と豊富な森林資源を生かして、やがては来るだろう食糧危機を見据えて、自国での食糧の生産の必要性を、多くの国民に理解して頂くこと。農地や森林がただ食糧生産の場だけではなく、都会からは見えにくくとも、大切な価値をもっていることを、国民全体に解っていただくこと。経済のさらなる成長を求めるのではなく、共に生きて行ける世界、川の上流と下流に住む人が、互いを思いやれるような国の形を、この機会に皆さんで考えませんか。TPPは批判とか反対ではなく、ほんとうの国益のためには絶対にNOなのです。

【注】1963年(昭和38年)冬に日本海側を襲った「38豪雪」では、山形県小国町で最高積雪量4メートル45センチを記録しました。
(かわさき よしみ/置賜百姓交流会世話人、JA山形おきたま経営役員)

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