若者たちの政治意識の変化/白川真澄
連日のひどい暑さのなかで、河合塾の夏期講習会に出かけている。早起きが続いて疲れる毎日だが、高校三年生の若者が書いた小論文を通じて垣間見える彼ら/彼女らの意識に、ちょっとした変化が起こっているのではないかと感じている。
その小論文は、小熊英二『日本という国』から取った文章を課題文として読んだ上で、「国際社会における日本の役割」というテーマで自分の考えを700字程度で述べるというものである。小熊の文章は、彼のものにしてはずいぶん読みやすいが、戦後の日本がアメリカに依存・従属する姿勢をとり続けてきたことが、アジア諸国との関係を冷え込ませたということを批判している。そして、アジアとの関係を悪化させた愚行の例として、保守政治家が「日本の誇りをとりもどす」といいながらやっている靖国参拝、歴史教科書の書き直し、憲法9条の改正による自衛隊の海外派兵の企てを挙げている。
これを参考にして若者たちが「日本の役割」として書いた内容は、地域紛争を解決する調停や対話の仲介役を行う、東アジア共同体をつくる、環境技術を発展途上国に援助する、被爆体験と9条を生かして非核化を訴えるなど、さまざまであった。特徴的なのは、改憲による自衛隊の海外派兵については否定的であり、日本は対米協力を強め国際社会における軍事的な役割を積極的に果たすべきだというタカ派の意見が姿を消したことである。もちろん、小論文では課題文の筆者の立場に強く影響を受けるし、答案の数もそれほど多くなかったから割り引いて考えなければならないのだが、これまでは少数とはいえ必ず存在したタカ派の見解にまったくお目にかからなかった。正直なところ、ちょっと拍子抜けの感がした。
もし、同じテーマを二年前(北朝鮮がミサイル発射実験を行っていた)に書いたならば、北朝鮮の脅威があるのだから日米安保が重要だとか、そのために改憲して自衛隊の海外派兵をすることも必要だとか、「国際社会」が結束して北朝鮮への制裁を強めるように日本が働きかけるべきだといった見解が続出したはずだ。実際、国際政治について論じる類似のテーマでは、そうした見解が少なからず見られた。こちらも、タカ派の見解への反論にかなり気合を入れ、論理を工夫し磨いたものである。
やはり、この二年の間に起こった政治状況の劇的な変化が、若者たちの意識にも深く影響を与えているのだろう。米朝和解が進み、声高な制裁論が鳴りをひそめ、明文改憲の声がすっかり小さくなってしまっている。安倍政権の瓦解が象徴する右翼ナショナリズム潮流の挫折の意味の大きさをあらためて感じる。
しかし、若者たちの政治意識の変化はどの程度のものであり、どこへ向かうのだろうかと考えると、とても測りきれず、楽観する気分にはなれない。小論文でハト派の見解を述べた彼ら/彼女らも、北京オリンピックが始まれば、きっとプチ・ナショナリストに転身するにちがいない。当然のように日本代表選手を応援し、「ニッポン!ニッポン!」の大合唱に違和感を感じず、表彰式で日の丸でも上がろうものならば感動してそのシーンを見るにちがいない。彼ら/彼女らに語りかける言葉を、よくよく考えないといけない。

そこに「新京監獄」という表示があるではないか。厳しい壁に囲まれた一角が示されている。さらに同じ航空写真に「三笠小学校」という表示もある。三笠小学校は私が入学し、5年1学期まで通った小学校(後に在満国民学校)である。「日本橋公園」とか「警察署」の表記もある。この写真は私の一家が暮らしていた界隈を写したものに間違いない。Googleの航空写真は現在の長春のものである。そこに誰かー「満州ノスタルジア」に駆られた人物だろうーが書き込みを入れたに違いない。書き込みはおそらく正確である。だとすると監獄は存在し、私はいつかそれを見ているのだ。しかし、私はそれを夢の中に出てくる監獄の壁としてしか記憶していないのだ。