『季刊ピープルズ・プラン』58号(2012年7月6日号)
【特 集】ポスト3・11の社会と運動

特集に当たって

白川真澄(本紙編集長)

3・11からわずか一年三カ月。私たちの前に広がるのは、荒みきった政治の光景である。
 
野田政権は、福島原発の事故も収束されず原因究明も終わっていない段階で、安全性の担保のかけらすら出さないまま、大飯原発3・4号機の再稼動を強行した。「原発を止めたままでは日本社会は立ちゆかない」。「命の危険にさらされる人も出る」(野田首相の六月八日の声明)。“いのち”よりもカネとコストを優先してきた政治家が、原発延命のために“いのち”というキーワードを弄ぶ。これほど倫理的に堕落した罪深い言動はないだろう。それだけではない。自民党の要求を受け入れ、原子力基本法に「我が国の安全保障に資する」を滑りこませた。脱原発への流れに真っ向から敵対する権力の暴走が始まっている。

そして、野田政権は、自民党・公明党との談合で作った消費税増税法案を衆院で可決した。この法案も、驚くべき代物だ。社会保障の強化のための財源確保を謳いながら、社会保障強化の内容は切り縮めたり、先送りして「国民会議」で議論するという。だが、「国民会議」を提案した自民党は、家族による「自助」の原理に回帰し、生活保護給付の切り捨てを叫んでいる。その会議が、税による「公助」をベースにした真っ当な社会保障改革を打ち出せるはずがない。社会保障のこれからのあり方を「国民会議」で議論するというのなら、なぜ、消費税率の引き上げの是非をそこで議論しないのか。支離滅裂とはこのことである。

さらに、野田政権は当初、低所得者により重い負担をかける消費増税だけでは社会的不公平をいっそう拡大するから、お飾り程度だが富裕層への課税強化(所得税の最高税率引き上げ、相続税の強化)を抱き合わせにしていた。しかし、これも、三党協議で簡単に先送りされた。逆進性緩和の措置も、低所得者への「簡素な給付」、つまりはお見舞い金でお茶を濁した。こうして、消費税率の引き上げだけを先行させる増税法案が、民・自・公の「疑似大連立」から生まれ、成立しようとしている。

野田首相は、これを「決められない政治」から「決める政治」への第一歩だと胸を張った。日経新聞はむろんのこと、朝日新聞もこれを評価している。しかし、「決める政治」とは、いったい何か。グローバル市場の要求に即応できる政治、つまり民衆の意思を反映する民主主義にもはや縛られない政治ということなのだ。ギリシャをはじめとする民衆の異議申し立てに耳を傾けず、“非効率”な民主主義に囚われず、金融資本の要求をスピード感をもって受け入れ財政緊縮=再建策を独裁的手法で断行するのが「決める政治」である。
 
日本でも、橋下大阪市長(「大阪維新の会」)の「決める政治」の向こうを張って、民主・自民も「疑似大連立」で「決める政治」に突き進もうとしている。これは、民主主義の危機である。
 
しかし、こうした政治を拒否する力と意思が、ポスト3・11の社会に生きる人びとのなかにまちがいなく芽生えている。彼らに勝手に「決めさせない」、市民が「自分たちで決める」。現状をリアルに直視しながら、希望を探す。
 
本号は、特集と二つの小特集という欲張った企画になった。
 
「特集:ポスト3・11の社会と運動」では、脱原発へのうねりと原発延命の企みが激しくぶつかっている現在に、さまざまの角度から切りこんだ。野田政権は大飯原発3・4号機の再稼働を強行したが、人びとがこのまま既成事実を受け入れて沈黙に向かうことはありえない。現地でも住民の反対の声が公然と噴き出し、官邸前では予想を超える数万人の抗議行動が連続して起こっている。
 
「小特集1:新しい局面に入った米軍再編と沖縄基地問題」は、米国の「太平洋時代」への世界戦略の転換の意味を読み解き、そのなかで沖縄の基地問題を捉えかえした。野田政権は、米国の覇権システムが永遠に続くかのような幻想をばらまき続けて、対米依存=従属の路線をひた走っている。だが、オスプレイ(MV-22)の強行配備は、沖縄の人びとの怒りをいっそうかき立てている。その怒りと力は、新基地建設の企てを挫折に追い込むにちがいない。
 
「小特集2:TPP参加は破滅への道─オルタナティブを考える」は、原発、消費税とならんで政治争点となっているTPP問題を取り上げた。五月訪米時の参加表明は見送られたが、野田政権は一一月のAPECでの参加表明を狙っている。小特集では、TPPはむろんのこと自由貿易それ自体への批判を明確にし、市民の側のオルタナティブを論じた。TPPに対するオルタナティブは、脱原発社会の構想と重なりあって日本社会のオルタナティブをつくりだす重要な要素となるだろう。

(しらかわ ますみ)

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