ピープルズ・プラン研究所
―― 何をめざし、どのように活動するか

 1998年6月 
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 20世紀は、あとわずかな年月を残すだけとなった。世界戦争の危険は当面遠のいたとはいえ、世紀末の世界社会の姿は人類が安心して生活できる安定と調和の相とはほど遠く、それどころか歴史的に根の深い危機的変化が進行する過程のなかにある。今日の時代は、資本の活動に無制限の自由を保障する「グロバリゼーション」体制が全地球を支配する傾向のうちにあり、この過程のとどまることを知らない進行は、人間社会と地球環境への破壊的な影響をともなっていることで、「持続不可能」であることが宣告されている。そして人類の多数者をなす民衆=ピープルにとっては心身両面での生きにくさ、先行きへの不安をもたらしているため、この体制への反発や抵抗が、そしてその破壊力を弱めようとする集団的働きかけがいたるところでひろがっている。

 とりわけミクロ、マクロの生態的、社会的環境の危機は、人類の生存を脅かす深刻な徴候を示している。この危機は人類が発生して以来の、とくには近代になってからの人間の産業活動を問い直すことを要求しており、その問い直しは、必然的に次の世紀の文明をどのように構想し、人間の産業と生活の舵をどのような方向に向けるかという課題に結びつかざるをえない。

 また、脱植民地化、情報化などによって媒介された世界的な規模での参加民主主義への要求は、国民国家という組織体による政治行為の排他的独占に対する異議・批判を呼び起こし、国民国家の成員から排除されてきた女性、マイノリティ、先住民族らの権利主張を認め、国際的な政治への多様な参加へ道を開く運動として表現されている。それはまた、近代の西欧・男性中心の歴史のとらえなおしを迫っている。

 しかし現状を冷静に見るならば、人びとがあたらしい共同の関係を立ちあげ、持続不可能な壁にぶつかっているいまの文明の編成原理を解体して別の世界的な社会的・文明的編成をもたらすであろうという明るい希望を持つことは、まだできない。すなわちオルタナティブな社会の姿とそれに到る道筋、またそれをもたらす歴史的な力のありかは、まだ見えていない。かつては、資本主義を革命によって廃絶して社会主義へという世界編成原理の変革の見通しがあった。社会主義という「大きい物語」の原理的な破産と崩壊のなかで、われわれがどこにいるのか、どこへ向かうかは、まだいちじるしく不透明である。この「まだ‥‥ない」の不透明な風景のなかに、新しい文明の編成の輪郭を次第に浮き上がらせてゆき、今日の実践をそれとかかわらせて行くことは、二一世紀を生きるわれわれにとって最大のチャレンジである。

 われわれがこのチャレンジを受けとめるとはどういうことか。それは、社会主義に代わる別の「大きい物語」を創り出そうとすることではない。単一の「大きい物語」のまわりに民衆を結集させようとするイデオロギーと実践それ自体を批判し解体する知的、実践的作業を行わずにオルタナティブを語るのであれば、前とおなじわだちに落ち込むことになるだろう。そうならないためには、オルタナティブなヴィジョンも現状の変革をめざす実践も、ともに多様な契機が合流し変容する複合的な歴史的プロセスとしてとらえ返す必要がある。そのようなプロセスは、グローバリゼーションの結果にたいする民衆の抵抗や社会運動のなかに、対抗的な社会・経済システムを創り出す営為のなかに、あたらしい出会いを構想し、実現し、そこで生まれる関係によって相互に刺激されあうプロセスとして、そこから始まるあたらしい発想と実践として、部分的にはすでに姿を現しつつある。

 例えばフェミニズムの思想と運動の多様化は、女性という主体を等質なものとしてではなく、ジェンダーとセクシュアリティ、エスニシティ、階級、エコロジカルな場(地域)、文化、宗教などの諸契機の複合体としてとらえる道をラディカルに押し進めてきた。

 また生産と消費の地域循環システム、民衆貿易、老病弱者・障害者のケアシステム、地域ユニオン、女性ユニオンなど、自分たちの手で、自分たちの必要を満たし生きる喜びをもたらすオルタナティブな社会関係づくりの中にも、多様性を力とするプロセスは、部分的に姿を現し始めている。だがこれらの実践の機械的合算が、そのまま明日の世界を表現しているとは言えない。これらの実践や思想が出会い、相互作用が起こることが必要である。その相互作用のなかで既存のカテゴリーを問い直し、新しい理論と思想を提起する知的作業が、切実に必要とされているし、実際に進められてもいる。

 ピープルズ・プラン研究所は、新しい文明の編成の契機をはらむ、実践のこの複合的なプロセスに合流し、貢献し、このプロセスを促進することを目的とする。

 私たちが目指すことは、多様な運動と思想が出合い、お互いを力付け、変革しあうことを通じて、長期的な戦略を立てるのに役立つネットワークの形成を促進することである。多様性のゆえに孤立するのでなく、逆に多様性のゆえに建設的議論が可能になるのである。「多様性」は現状の権力関係を固定する口実であってはならない。異なった位置に置かれている多様な集団の出合いと相互作用とは、私たちが自己を変革すること、「男性であること」、「日本人であること」などに根ざす既得権の放棄を迫るものであることから、私たちは目を逸らさない。

 ピープル・スプラン研究所は、その活動を通じて、未来への展望に乏しく、閉塞感に押し包まれているかに見える世紀末日本社会の内側からも新たな世界の創造へのテコとなる思想や実践を解き放つことに貢献したいと願う。そのことは、近代日本の過去と現在への根底的な批判を要求する。大日本帝国のアジア太平洋における植民地主義と侵略の責任を不問に付したまま米国の傘の下で高度経済成長を達成した戦後日本国家・社会は明らかに歴史的な行き詰まり状態に陥っている。私たちは、この戦後国家を、近代日本の歴史総体の批判的な総括と克服をつうじて乗り越えることなしに未来への道を開くことはできないと考える。

 ピープルズ・プラン研究所は、とくにアジア・太平洋の現実とそこに広がる実践的・知的いとなみと結びつきつつ活動をすすめる。今日と明日の世界の問題は、大きくアジアに凝縮していると考えるからである。

 80年代以来、「グローバリゼーション」の進行のなかで、この地域をとらえた猛烈な経済成長、近代化、工業開発、消費社会化は、アジア太平洋地域を、世界資本主義のフロンテイアに変えた。日本国家と資本は、70年代からアジアに本格的な経済進出を図ることでアジアの地域経済統合を先導し、「グローバリゼーション」の下地をつくった。このプロセスのなかで、東南・東アジアは、80年代から90年代前半にかけて大規模な社会的・政治的な変動、環境破壊、伝統的価値の破壊、貧富の格差の拡大、貧困の女性化、農業の周縁化と荒廃、大量の移住労働者などを生み出しつつ、世界的な投資を引き付けることで未曾有の活況と繁栄を味わい、消費志向を中心とした経済成長の神話と幻想は都市中産階級を中心に、民衆諸階層のかなりの部分を吸引した。だがこの永久繁栄の幻想は、97七年半ばからの急激な通貨危機・経済危機によって打ち砕かれた。数百万の民衆が街頭に投げ出され、社会的危機がいたるところで広がっている。これまでの開発モデルが破綻し、新しい発展モデルへの必要が何百万の人々に感じられているのである。IMFの構造調整計画はこの危機を社会的弱者の犠牲において処理し、それを通じて北側多国籍資本の自由な支配への一切の障壁を破砕することを目指している。「トンネルの出口にいっそうアメリカ化したアジアを展望する」戦略である。急激な経済成長と急激な危機をともに経験したアジアの民衆運動は、オルタナティブな発展の道を探りはじめている。

 資本主義近代にたいするオルタナティブな社会への挑戦は、この今日のフロンティアにおいてこそ試される。ここでは、低開発にたいして開発、停滞にたいして成長、後進にたいして先進を対置することをもって、オルタナティブを描くことはできない。ここでは、(1)アジア的近代のパラダイムそれ自体、(2)それを通じて近代のパラダイム総体が問われているからである。アジア太平洋地域に根を張って活動することで、わたしたちは課題のこの二重性を手がかりに、一方では、(1)日本近代の問題性をアジア近代化の問題性の文脈におき直しつつ(一国主義の枠を越えて)総括するとともに、(2)それを通じてグローバルなオルタナティブの世界的な探求と合流するという二方向への展開をはかる。

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 ピープルズ・プラン研究所は、研究所といってもアカデミックな研究所や制度化された研究機関と内容や組織をおなじくするものではない。それは、上に掲げた目的に沿って研究と実践の交流を促進し、論議を活発にし、閉息状況を打破する研究ネットワークである。

 ピープルズ・プラン研究所は、ピープルズ・プラン のネットワークをはじめとするオルタナティブを追求する国内・国際的ネットワークに参加し、アジア太平洋地域を中心に、ワークショップなどによる活動者・研究者の共同作業を組織する。

 ピープルズ・プラン研究所は、ラディカルなオルタナティブに向けての議論と研究の場である。

 研究所の課題の一つは、大学・学会を活動の場とする研究者と社会・政治・労働・文化活動などの実践的課題と取り組んでいる活動家との発想や思考方法の差異、求めるもののちがいを、生産的対話によって、プラスのフィードバック回路にもたらすことにある。研究所の存在意味はこの点の成否に大きくかかっている。研究所は、研究者と活動家とが協同する場となることを目指す。

 参加者は、性、性的指向、人種、民族、年齢、地位、業績などにかかわりなく、対等で自由な関係をつくる。

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 総花的でなく、運動の中で突き出されている問題を切り口に、能動的に、問題提起的にとりあげる。核となる研究委員会で問題点を整理、正確化しつつ、テーマを設定し、優先順位と取り組み方を決める。大きく言って以下の領域を相互に関連させ、オルタナティブ社会への展望とそれへの主体の問題に収斂する方向で作業を進める。

(a)社会運動の総括、現状、展望──今日の世界における変革主体の形成と多様な主体の連合の可能性をさぐる研究。とくに戦後日本について、社会政治運動の世界的視野での総括、現状の把握、潜在力の発見をめざす。

(b)オルタナティブな経済、社会、政治システム──この領域での実践と理論的、思想的接近の国際的現状を共有しつつ、部分的に実践されつつあるオルタナティブの試みが現体制への対抗システムに発展する可能性をさぐる。それとの密接な関連において、世界構造における民主主義への可能性と見通しを追求する。

(c)哲学・倫理の領域に属する課題──フェミニズムと生命倫理における「自己決定権」をめぐる論争、エコロジカルフェミニズムの評価、エスニシティと多文化主義、アジアにおけるカルチュラルスタディーズの思潮との対話と協力など。

(d)科学・技術に関する課題――開発パラダイム批判としての「科学技術批判」からどこへ。多様・循環・関係の世界における科学・技術、エコフェミニズムと科学技術、情報科学・技術についての認識論と実践論についての考察。

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ラウンドテーブル―多様な分野での社会運動の活動者、現状変革を志向する研究者が、問題を突き合わせ、経験を交流し、ヴィジョンを育てる場として、テーマを選び、定期的に討論する公開の場とする。ラウンドテーブルでは、前記三領域のなかから適宜設定し、それぞれの討論のなかから関連テーマを展開させてゆく。 研究部会・研究会―上記の各分野で、研究部会をつくり、オルタナティブな理論・思想を練り上げる活動を行う。そのなかに個別テーマにとりくみ、一定期間に成果をあげることを目指す研究会をつくる。 調査と分析―アジアを中心に今日の社会運動の現状、とくにオルタナティブなシステム作りの現状を調べ、その成果と潜在力を明らかにする。 国際的な連携―アジアを中心とする各国の研究者、実践者と提携して共同作業を行う。 出版活動―研究所の目的に添うテーマで軽装単行本のシリーズ「PPブックス」をインパクト出版会から発行する。研究所内外の著者による論文、翻訳、研究部会の研究成果などを収め、運動体、活動者、研究者に広める。また定期的にニューズレターを発行して、研究所の活動を知らせるとともに、研究所の主宰する研究会の内容、会内外の研究論文の発表の場とする。 その他―会員・購読会員をつのり、研究所の活動を広げるとともに、関心を共有する研究グループとの連携を深める。      

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