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戦後研究会

 「シリーズ構造改革派/論」が始まったが、六月は直接的にはそれをいったん離れて、高草木光一編『一九六〇年代 未来へつづく思想』(岩波書店)をとりあげた。

 構造改革論の文献を読んでいく中で浮かび上がってきたのは、かれらの科学技術や生産力増大に対する(今から見ると)過剰な「信頼」であった。一方本書は、一九六〇年代を、そうした近代のあり方に対する疑問が広がった転換点として捉えており、その点で構造改革論の不足点を考えるのに適した六〇年代論だった。具体的には、反公害や反原発の諸活動が語られており、福島の原発事故を考える際にも有益だった(本書の刊行は今年二月で、原発事故をうけてのものではないのだが)。

 では、構造改革派の流れで反原発の主張はなかったのか。翌七月は池山重朗『原爆・原発』(現代の理論社)を読んだ。一九七八年に出た本書は、反原発論としても比較的早い時期のものといえよう。この本の論理は、「死の灰」(放射能)を軸にして反原水爆を反原発へとつなぐもので、部分的核実験停止条約も大気中に「死の灰」がばらまかれなくなった点で高い評価がされる。こうした主張は説得的だが、反原発の主張自体は六〇年代にはまだ広まっておらず、著者も当時は違う考えではなかったのかと疑問も出された。

 その延長線上で、八月は武藤一羊さんに来ていただきお話をうかがった。『原爆・原発』の中で、一九五〇年代の欧米の反核運動を論じる際に、武藤さんの「平和運動の内在的論理」(一九五九年)が参照されており、また原水協時代に池山重朗と交流があったということで、その話を聞こうという趣旨だった。加えて、同論文が収録されている武藤さんの著書『主体と戦線』も、六〇年代後半にかけての反戦運動論としてこのシリーズで取り上げる十分な意義があり、文献として全体的に議論することにした。結果的に武藤さんの五〇〜六〇年代の取り組みや思想をめぐって幅広くお話をうかがう場となった。前述の「死の灰」の強調も、五〇年代原水禁運動活動家にとっては当然の認識であったという。また武藤さん自身は、先進国革命的な主張から第三世界の革命を重視する立場に六〇年代半ばに急速に転換、それにはベトナム戦争の衝撃が大きかったこと、またそうした世界認識の背景には、中ソ対立の中での共産党自体の立場およびその党の内か外かという違いが大きかったのではないかという話もあった。

 この後もしばらくは引き続き構造改革論/派を追いかける予定だ。次回九月は、社会党の構造改革論ということで、清水慎三『戦後革新勢力』(青木書店)を読む。興味を持たれた方はぜひ参加を。

松井隆志
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