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対象モジュール 論説
件名 試論 戦後国家解体プロセスでの「象徴権力」の露出――安倍政権下の平成天皇制と「お気持」の位相/武藤一羊
要旨 試論 戦後国家解体プロセスでの「象徴権力」の露出――安倍政権下の平成天皇制と「お気持」の位相 武藤一羊 (二〇一六年一〇月一九日) 第一部 安倍改憲と平成天皇制―「象徴権力」の解明 象徴的行為  NHKによる七月一三日の天皇明仁の「生前退位」意...



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Re: 試論 戦後国家解体プロセスでの「象徴権力」の露出――安倍政権下の平成天皇制と「お気持」の位相/武藤一羊
投稿者: Golgo13junior 投稿日時: 2016-12-25 7:20
文章を読ませていただきましたが、どの章も、同じ意味合いの表現の繰り返しで、何が言いたいのか、筆者の意図が汲み取れない。
飛鳥時代以前は、天皇が政(まつりごと)をし切っていたのであります。 その後、その護衛であった武士が、天皇の承認をえて「政」
を、行う時代に入った、その武将を征夷大将軍と呼ばれていた。
明治になって、これを再び、天皇が「政」(まつりごと)することになったが、、これには、長州、薩摩、の若きつわものたちは、
長崎に居座った、武器商人を、グラバーを頼って、革命資金たるを
得て、徳川が江戸城を去るに、至った。
しかし、軍資金をだした欧米のフリーメイソンは、京都にいる天皇が、これを中心に、政(まつりごと)をしたのでは、日本をうまく植民地かできないと、考え、伊藤博文たちには、京都の天皇を暗殺して、山口県の田布施の大村寅次郎を、天皇にすり替えた。
このことは、イギリスの日本大使が、本国に調査資料を送った。
江戸時代の終わりに、天皇との謁見の人物と、明治になって、東京で謁見した天皇とでは、人物が違っていると報告している。
グラバー邸での支援をうけてねヨーロッパ入りした、長州、薩摩の若き獅子たちは、、ともにフリーメイソンの一因となり、
日本の政治を、つかさどることとなった。
長州は、閣僚を牛耳り、薩摩は、皇室にはいりこみ、天皇をコントロールしていたのであります。
日本は、神の国だといって、仏教を排斥する政治を行ったものも
、ヨーロッパのフリーメイソンの仕掛けたミッションであったのであります。 この事件は、浄土真宗の妻たちが、中心となって大いに反対したので、仏教はまもられたのであります。
欧米のフリーメイソンの指揮に、従っていた、伊藤博文たちのは
山口県の田布施を、軸として、天皇がすりかえった事実を隠すために、最高裁判所の人事と、最高検察庁の人事は、現在も田布施の流れが、牛耳っているのであります。
で。もちろん、安倍は田布施の人脈であるから、明治時代にさかのぼって、再び、天皇をコントロールしようと、たくらんでいるのであります。これは、アンポンタンの安倍氏の一存ではなく、、
欧米のフリーメイソンからの司令のもとで、安倍君は動いているだけであります。   
                以上