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「普天間移設」の破綻を認め原点からの出直しを
――鳩山政権の安保政策と沖縄の基地問題


武藤一羊
(ピープルズ・プラン研究所)

2010年4月

 普天間基地「移設」をめぐる鳩山政権の政策と手法は完全に失敗し、破綻した。「国外、県外移設」どころか、普天間基地機能の一部を暫定的にキャンプ・シュワブと徳之島に移し、最終的には、勝連半島沖を埋め立てて、巨大な人工島を建設し、そこに米軍と自衛隊を統合する新基地をつくるというのが、この政権のプランだと伝えられている。「最低でも県外」と公言して、沖縄の人びとに希望をかきたてた同じ首相のもとで、沖縄とその周辺における米軍基地を縮小させるどころか、増殖させ、拡大・拡散させる計画が押し付けられようとしているのである。しかもそれを中央政府から沖縄に正式に伝えもせず、地元の意向は「斟酌」する必要がないと公言した官房長官が口頭で知事に伝達するという非礼、無神経がまかり通っているのである。沖縄の人びとの怒りが煮えたぎるのは当然である。日本列島の住民として、私たちはこのような背信と無礼を許すわけにはいかない。

 『琉球新報』は社説(3月27日)で、(政府案は)「沖縄にとって、シュワブ陸上案という最悪の選択と、勝連沖埋め立てという最悪の選択を二重に実施することになる。これ以上悪い案は、思いつくことすら難しい。とてもまともに考えた案とは思えない」と怒りを込めて拒否の姿勢を宣言した。社説は言う。「検討もせずに『県外は困難』と判断する一方、沖縄では県議会の全会一致の決議や市町村長の明快な反対があるのに、なぜか県内移設が可能だと判断したということだ。二重基準と言うほかはない。『最低でも県外』との公約をほごにする案に県民は納得せず、政府がどんな計画を立ててもどのみち実現できない。時間を空費したくないなら、政府は今すぐこの案を撤回した方がよい」。この社説の見解が沖縄の一致した立場を表わしていることは明らかである。自民党まで含めた県議会決議が表わす圧倒的な反対と敵意のなかで、このようなプランが実行できないことは、辺野古沖合基地プロジェクトの運命を振り返るまでもなく、明らかなのである。

 鳩山政権はまず、伝えられる新基地計画の撤回を決定するべきである。そしてこのようなべらぼうな提案に行き着いた哲学と手法の破産を認めるべきである。さらに、鳩山首相は、あの手この手で、恫喝を加えつつ「県内移設」計画押し付けに奔走してきた平野官房長官、岡田外相、北沢防衛相を更迭すべきである。

 この問題を解決の糸口に着かせるには、「移設」方式の失敗を認めたうえで、原点に返って、出直すしかない。民主党にとっての原点とは、2009年マニフェストで公約された「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」という立場であるにちがいない。そして「日本外交の基盤として緊密で対等な日米同盟関係をつくるため、主体的な外交戦略を構築」することであろう。

 具体的にはどういうことか。「移設」の論理を棄て、最低、1996年のSACO(沖縄に関する特別行動委員会)合意以来の自民党政権による沖縄基地関連の取り決めについて対米再交渉を申し入れ、開始することである。普天間基地については、そのなかで、移設ではなく閉鎖を要求し、かちとることである。これは単純明快な外交手続きであり、マニフェストの「見直しの方向ですすむ」ことの具体化である。新政権が前政権の取り決めを見直し、(一方的に破棄するのではなく)再交渉(renegotiate)するのは当たり前の外交的行為である。

 昨年12月8日、私たち、560人を超える各界の人びとは、共同で、緊急提言を鳩山首相に提出した。そのなかで私たちは、この問題への日本政府の姿勢が、普天間基地を閉鎖させるためにはその「移設」先を日本政府が準備しなければならぬとする「すでに破綻した論理に導かれて」いると指摘した。「それゆえ袋小路に落ち込むか、最悪の結果を沖縄住民に押し付けるかにしかならないことを恐れる」と述べた。残念ながら事態はその通りになっている。

 私たちは「移設」の論理とは営利誘拐の論理であると次にように指摘した。

 
1955年米軍兵士による沖縄の少女強姦事件に抗議して沖縄に巻き起こった反基地運動の高揚に直面して、日米両国政府は、沖縄への負担軽減という美名の下で、1996年SACO合意を行い、老朽化し「世界で一番危険な基地」となった普天間基地を閉鎖する代償として、米国が1960年代から欲しがっていたと信じられる新鋭基地を辺野古に建設するという取引を、当事者の沖縄住民の頭越しに行いました。それは宜野湾市の市民を人質にとり、身代金として、辺野古の住民と自然環境を要求するに等しい行為でした。


 「移設」とは、この営利誘拐行為は是認しつつ、身代金の中身と額の変更をお願いすることにほかならない。それは「主体的外交戦略」でもなく「対等な日米同盟関係」でもない。そのような前提で行われる米国との接触は交渉ではありえない。4月1日のNHKの「クローズアップ現代」は普天間問題を取り上げたが、そこに登場した田中均は、日米間に行われるのは「交渉」ではありえない、抑止力と安全保障をどう維持するか、それをともに練り上げる「協議」でなければならないと力説していた。北朝鮮問題の影の主役として知られる田中は外務省北米局の官僚としてSACO合意の作成にかかわった人物である。交渉でなく協議という論理は、日米間には、異なった利益と論理を突き合わせ、合意点を見出すという交渉のスタンスは許されず、まつろわぬ沖縄にたいしては、米日政府が一体となって「対処」することが正しいというものなのだ。平野、岡田、北沢氏らはまさしくこの姿勢で沖縄に臨んでいる。民主党は、文言上は自民党政権のこのスタンスからの決別を謳った。だが、他の分野でもそうであるように、この党は足がすくんで、それを原則として展開することができていないのだ。

 鳩山政権の「県内移設」への開き直り的舞い戻りは、この政権が沖縄を国内植民地とみなし続けている事実をばくろした。国内植民地とみなしているからこそ、本土でできないことが沖縄ではできると前提されているのである。歴代自民党政権は、基地の重荷を沖縄に送り出して、扉を閉ざすことで、安保を東京の中央政治から都合よく消去してきたのである。沖縄からの県外移設の叫びとは、この扉を壊して安保を本土政治に送り返す圧力であり、国内植民地としての扱いへの拒否宣言である。鳩山内閣は、この扉を少し開くかに見えた。しかし今のところ、東京の政権でも本土のマスコミでも、そこから押し寄せてくる脱植民地化の声を聞き取る受信装置がほとんど作動していないのである。

 本来、鳩山政権のなすべきことは「国外、県外移設」をオウム返しにすることではなかったはずだ。中央政府は「県外移設」のメッセージを中央政治の言葉に翻訳して、行動に移すことが必要であったし、それはこれからでも遅くない。それは「日米同盟」の根本的見直しのプロセスを開始することである。

 60年安保から50年。沖縄から送り返されてきた安保を受け止め、日本政治の中で解体、処理するプロセスを日本社会の中につくりだすのは本土の運動の仕事であろう。
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