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【時評】「実感なき景気回復」が語り出す日本経済の姿

白川真澄

2017年11月27日

経済指標はすこぶる好調

 日本の株価が高騰し、株式市場が活気づいている。日経平均株価は、10月に入って10月24日まで16営業日連続で上昇し、連騰は戦後最長となった。11月7日には、2万2937円と、バブル崩壊後25年10カ月ぶりの高値をつけた。

 株価上昇の要因は、企業の利益の急増、世界的な景気回復による輸出の好調さ、日銀による「異次元金融緩和」の継続の予想などにあるとされている。なかでも企業の利益は、昨年度の経常利益が75兆円と史上最高だったが、今年も好調で来年3月期決算では最高益を更新すると予想されている。

 GDPも、今年7〜9月期が前期比0.3%、年率換算では1.4%(実質)の増大で、7四半期(1年9ヵ月)連続のプラス成長。そして、2012年12月(ちょうど安倍政権が復活した時期)から始まった景気拡大局面は、今年9月で58カ月間に達した。「いざなぎ景気」(1965年10月〜70年7月)の57カ月間を抜いて、戦後第2位の長さを記録した。なお、戦後最長は、小泉政権下の2002年1月〜08年2月の73カ月間である。

 さらに、政府が重視するデフレ脱却の4つの指標は、今年7〜9月期にはいずれも前年同期比でプラスに転じた。消費者物価指数が0.6%、物価動向を示すGDPデフレーターが0.1%、賃金動向を示す単位労働コストが0.6%、需要と供給のバランスを示すGDPギャップが0.6%(需要超過)のプラスであった。

 そして、雇用状況はいちじるしく改善されている。失業率は、7〜9月期で2.8%とほぼ「完全雇用」状況であり、有効求人倍率は1.52倍(正社員のそれも9月には1.02倍)になっている。

 このように、雇用の改善、企業利益の急増、需要不足の解消、景気拡大の持続といった指標から見れば、景気回復とデフレ脱却はすでに達成されていると言ってもよい。

「実感なき景気回復」

 しかし、景気回復を示すこれらの経済指標(数値)は、いずれも力強さを欠いている。消費者物価・GDPデフレーター・単位労働コスト・GDPギャップがプラスに転じたといっても、すべて0%台と小幅なものにとどまる。戦後第2位の長さの景気拡大というが、1人あたり名目賃金は1.6%の増加にすぎない。個人消費も実質で3%の増加にとどまり、戦後最長の回復期(2001年〜08年)の7%の増加に及ばない。
 そして、現在の景気回復は、何よりも大多数の人にとって「実感できない」景気回復である。朝日新聞の世論調査(17年11月11〜12日)では、「景気が良くなっていると実感していますか」という問いに対して、「実感していない」が82%(うち「あまり実感していない」49%、「まったく実感していない」33%)にも上っている。「実感している」は16%(うち「ある程度実感している」15%、「大いに実感している」1%)にすぎない。TBS(JNN)の世論調査(17年10月14〜15日)でも、「景気回復の実感がない」が85%、「実感がない」が12%となっている。

 その理由は、人手不足なのに賃金の上がり方が鈍く、可処分所得が増えていないからである。2016年の賃金(現金給与総額)は、0.5%(対前年比)しか上がっていない。今年に入っても平均0.4%の上昇にとどまる。実質賃金は、昨年は5年ぶりに0.7%(年平均)のプラスに転じたが、今年に入って再び平均0.2%のマイナス。アベノミクスの4年間で、雇用者報酬の総額は5.8%伸びただけだったが、対照的に企業の経常利益は54.6%も増えた。労働分配率は、72・3%(12年度)から67.5%(16年度)にまで低下した。

 賃金の上がり方の鈍さも一因になって、個人消費も伸び悩んでいる。今年7〜9月期のGDPはプラス成長であったが、それは主として輸出の増大によるもので、個人消費は0.5%のマイナスに転じた。この間、賃金が多少上がっても、それが消費支出の拡大につながらない状態が続いてきた。家計支出(2人以上世帯)は、14〜16年度に連続してマイナスに陥っている。今回の景気回復期(2012〜17年)のGDPの増加に占める個人消費の割合は20.1%にとどまり、「戦後最長の景気回復」期(2002〜08年)での37.4%に比べると、寄与度はずっと下がっている。

 このように、企業の利益が急増し株価も高騰しているが、その足元では賃金があまり上がらず消費支出も停滞している。〈企業の収益増大 → 賃金の上昇 → 消費の拡大 → 企業の収益増大〉という「経済の好循環」は生じていないのである。これが「実感なき景気回復」の正体である。

なぜ、人手不足なのに賃金が上がらないのか

 景気が良くなっているのに賃金が緩やかにしか上がらないのは、日本だけでない。先進国に共通する新しい現象である。米国の景気拡大は約8年、ドイツのそれは9年続いている。しかし、労働分配率はいずれも低下している。OECD加盟国平均の賃金上昇率は、2012〜16年の5年間で年平均2.2%にとどまり、リーマン・ショック前の5年間の5.3%に比べるとはるかに鈍っている(日本経済新聞10月31日)。

 賃金の上昇は、消費の拡大および価格への転化という2つの経路を通じて物価の上昇(インフレ)をもたらす。だが、賃金の上昇が鈍いことは、景気が回復しても物価があまり上がらない「低インフレ」状態をもたらしている。日本では「インフレ目標2%」の達成が至上目的化され、「異次元金融緩和」が無理やり継続されているが、米国は物価上昇率が低い(15年は0.12%,16年は1.28%)なかで金融緩和からの転換(利上げ)に踏み切った。低インフレの景気回復が常態化しているという認識が広がっているからであろう。

 好景気でも賃金が伸びない理由はいろいろあり、国によっても違う。グローバル化のなかで低賃金を武器とする新興国との激しい価格競争が背景にあるが、非正規雇用が急速に増えていること、労働組合の対抗力が弱まっていること、ITやAIの導入によって高スキルの労働者と低スキルの労働者の賃金格差が拡大していることなどが指摘されている。

 日本に即して見ると、現役世代人口の減少に伴う労働力不足が顕在化して、失業率が急激に低下し雇用が改善されてきた。これまでの経済学の常識に従えば、労働力への需要が高まり失業率が低下すれば、賃金は上がるはずである(フィリップス曲線)。たしかに人手不足が深刻な業種では、非正規労働者の時給アップ、人材確保のための正規雇用への囲い込みによる賃金上昇も起こっている。しかし、全体として人手不足なのに賃金があまり上がらないという事態が起こっている。政府も「これまでにない現象である」(『経済財政白書』2017年版)と、戸惑っている。

 その原因として、女性や高齢者、非正規労働者が雇用増の主力であること、労働生産性の伸びが低いこと、雇用増の中心分野が賃金水準の低い福祉分野であることなどが考えられる。

 だが、最大の理由は、企業が人口減少によって国内市場が縮小すること、すなわち経済成長が望めないことを予測して、将来のコスト増につながる賃金引き上げを強く抑え込んでいることにある。企業の手元には、人材確保のために賃上げができるだけの資金は、たっぷりある。だが、急激に増えた利益は、賃上げには回されない。麻生財務相は、毎年20兆円以上増えた内部留保のうち賃上げの原資に回ったのは、4年で4兆円程度にすぎない、と苦言を呈している。その結果、企業の内部留保は、4年間で100兆円超増えて406兆円にも膨らんだ(17年3月末)。

“国内市場や輸出で稼ぐ”から“海外で稼ぐ”へ

 この巨額に積み上がった内部留保が語り出しているのは、第1に、企業が国内に有望な投資機会を見出すことができないという現実である。上場企業が今年1月時点で予測した今後5年間の日本の経済成長率は1%(日本経済新聞11月9日)。実に悲観的な数値で、国内での設備投資や雇用の拡大に向けて積極的な投資意欲をかき立てられないのは当然だろう。例えば、サービス業の代表格であるコンビニも、国内の店舗数が5万を超えていて、飽和状態に近づいている。そこで、人口減少による国内市場の縮小を見越して、海外、とくに東アジアへの事業展開に力を入れつつある。
 
 第2に、内部留保は、大企業の場合、海外への投資、とくに海外企業のM&A(買収・合併)に投じられている。ソフトバンクによる活発なM&Aは、代表的なものだ。円安の下でも輸出数量は伸びておらず、代わって海外への投資が増えている。日本企業による海外企業のM&Aは、2016年度には過去最高の10兆9127億円に上った。海外の子会社からの配当金など「第一次所得収支」の黒字は、今回の景気回復期には累計91兆907億円と、「戦後最長」期(2002〜08年)のそれを27%上回る。逆に、輸出の増加は26%であり、「戦後最長」期の83%にははるかに及ばない。

 しかも、海外子会社が稼いだ利益は、配当金として国内に還流されるよりも現地で内部留保として積み立てられ再投資される割合が高まっている。現地法人の手元に留め置かれる内部留保の割合は、2016年には53.2%を占め、2012年以降では46%になる。

 日本の大企業は、国内市場や輸出で稼ぐことから海外で稼ぐことへとビジネス・モデルを変えつつある。

賃金の大幅引き上げで万事うまく行くか

 株価が高騰し、主要な経済指標が好転しているにもかかわらず、安倍政権は景気回復・デフレ脱却を宣言しようとしない。「道半ば」と言い続けたほうがアベノミクスへの幻想と期待をつなぎとめやすい、また金融緩和や財政出動(場合によれば19年秋の消費増税の延期)のフリーハンドを握れる、といった思惑も働いている。

 とはいえ、多くの人が景気回復を実感できない現実が、デフレ脱却宣言をためらわせていることもたしかである。そこで、安倍政権は「3%の賃上げ」の実現を打ち出し、企業側に強く要請した(10月26日)。大幅な賃金上昇が実現されれば、消費が拡大し、物価が上昇に転じる可能性が生まれると、常識的には言える。そもそも、日本経済が長期のデフレに沈み込んできた最大の原因は、1997年をピークにして最近まで賃金が下がり続けてきたことにあるからだ。リフレ派の言うように、日銀の金融緩和が不足していたからではけっしてない。

 しかし、第1に、3%の賃金引き上げが春闘で実現され、それをテコに賃金が大きく上昇することは、容易なことではない。

 安倍政権は、相も変わらず「異次元金融緩和」政策を続けると言っている。だが、これは、株高(日銀による上場投資信託ETFの大量購入も一役買っている)や企業の利益増に役立っても、賃金引き上げにつながらない。このことは、アベノミクスの4年半で実証済みである。また、賃上げを実施した企業の法人税を減税する優遇措置(所得拡大促進税制)を強化するとしているが、これもすでに4年間実施されてきたが、目立った効果を上げたとは言えない。

 安倍政権は当初から、労働組合に先んじて賃上げの必要性を主張し、経営側に要求してきた。これは自民党政権としては異例のことであり、リベラル・左翼の政策主張を平然と取り入れて対抗線をかき消す安倍政権の特異な性格を表している。しかし、政府が主導権をとった「官制春闘」を4年続けたが、賃金の上昇は緩やかなものにとどまってきた。

 そこには、国内市場に見切りをつけて、これからは海外で稼ぐという大企業のパフォーマンスの転換が作用している。労働力不足といった国内の要因だけでは決まらない構造変化が、賃金の上昇を難しくしていると言える。とすれば、賃金の大幅な上昇が可能な経済構造への転換を意識的に追求することが、私たちには求められる。それは、ニーズが大きく人手不足が死活問題になっている分野、例えばケア(医療・看護)の分野を基軸にして国内(とくに地域内)で資金も仕事も回るような経済構造である。循環型経済へ向かって、ケア、再生可能エネルギー、安全な食と農業といった分野に希少な労働力と資金を集中的に投入する必要がある。

 第2に、仮に大幅な賃金上昇が実現したとしても、そのことは必ずしも消費支出の拡大にはつながらない。人びとが財布のヒモを堅く締めているのは、何よりも社会保障が財源の面から将来は維持できなくなるのではないかという不安が大きいからである。そのため、涙ぐましい節約に努め、所得が増えてもわずかな金額だが貯蓄に振り向けている。勤労者世帯の消費性向(可処分所得のうち消費にむける割合)は、2014年から2016年にかけて下がり続けている。

 アベノミクスは、少子高齢化に伴って増え続ける社会保障費用を賄う財源を《経済成長による税の自然増収》に求める路線をとっている。低成長が続くことを直視した社会保障の安定財源を構想する責任を放棄しているのだ。これでは、人びとが将来の生活不安を拭い去って、消費支出を増やすことは望めない。

 もちろん、私たちは、消費にお金を注ぎ込んで大量の商品やサービスを購入する暮らし方・生き方から脱却することをめざしている。ましてや、消費のたえざる拡大によって経済を成長させるという発想(幻想)とは訣別する。しかし、公正な税制によって税収を増やし社会保障を拡充することで、生活の安心を手に入れることは不可欠な課題なのである。

[「アベノミクスの延命にノーを」という論稿を『ピープルズ・プラン』の最新号(第78号)に載せました。この文章はそれを補足したものですが、最新の動きをフォローしたものです。また、金子勝「『株価連騰』なのに誰も豊かにならない」(DIAMONDonline11月13日号)も、切れ味が良い論評です]
                            
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