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河野談話検証報告を検証する

田中利幸
(広島市立大学教授・広島平和研究所研究員)
2014年9月15日記

「河野談話」空洞化を意図して作成された検証報告

2014年6月20日、日本政府は、旧日本軍による「従軍慰安婦」への関与と強制性を認めた1993年の河野洋平官房長官談話の「検証結果」と称して、「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯:河野談話作成からアジア女性基金まで」と題する報告書を公表した。検討委員を務めたのは、但木敬一(元検事総長)、秋月弘子(亜細亜大学教授 国際法専攻)、有馬真喜子(ジャーナリスト)、河野真理子(早稲田大学教授 国際法専攻)、秦郁彦(現代史家)の5名であった。日本軍性奴隷制問題を検討するためには関連の歴史的専門知識が必要とされることは言うまでもないことである。しかし、検討委員の中で歴史家は秦郁彦ただ一人であり、しかも秦は「女性の強制連行は基本的にはなかった」と、安倍一派に近い見解をとっている人物である。報告書の内容は第1部「河野談話の作成の経緯」と第2部「韓国における『女性のためのアジア平和国民基金』事業の経緯」に分けられているが、冒頭で河野談話を再検討しなければならなくなった理由だとして、次のように3点を挙げている。

「河野談話については,2014年2月20日の衆議院予算委員会において、石原元官房副長官より、1.河野談話の根拠とされる元慰安婦の聞き取り調査結果について、裏付け調査は行っていない、2.河野談話の作成過程で韓国側との意見のすり合わせがあった可能性がある、3.河野談話の発表により、いったん決着した日韓間の過去の問題が最近になり再び韓国政府から提起される状況を見て、当時の日本政府の善意が活かされておらず非常に残念である旨の証言があった。」


ここでも、検討の焦点はあくまでも元「慰安婦」証言の信憑性であり、歴史的事実に関する他の関連資料の検討は最初から全く考慮に入れるつもりがないことを明らかにしている。そうした批判が出るであろうことを最初から予測してであろうが、「検討チームにおいては、慰安婦問題の歴史的事実そのものを把握するための調査・検討は行っていない」という一文を最後に入れている。つまり、「歴史的事実の検証」は最初からこの検討グループの目的ではないことにしてしまうことで、批判をかわそうとしているのである。談話の内容を検討するのであれば、談話作成の土台となった最も重要な歴史的事実に関連する資料を詳細に検討するのが当然且つ必然の手続きであるが、それについては一切調査・検討は行わないというのである。これがゴマカシでなければ、いったい何のための検証か。しかも、「いったん決着した日韓間の過去の問題」を再三にわたり蒸し返し、河野談話への攻撃を執拗に行ってきたのは安倍晋三本人と安倍を支持する右翼勢力であるにもかかわらず、厚顔無恥にも「最近になり再び韓国政府から提起される状況」になったと主張し、あたかも韓国側に責任があるかのごとく主張している。報告書の冒頭のこの1節に目を通すだけで、報告書内容がどのようなものになっているのは大かた推測がつくというものである。

第1部は「河野談話の作成の経緯」と題されてはいるが、その内容は、この問題での真相究明の方法をめぐって、当時の宮沢内閣と韓国政府がどのような交渉を行ったかの説明のみに当てられており、繰返して述べるが、河野談話作成のために使用された歴史的事実に関する様々な資料の評価は一切行われていない。しかも、河野談話作成をめぐっては、日韓両政府の間で様々なやりとりがあったことをとりあげて、「河野談話の作成過程で韓国側との意見のすり合わせがあった可能性がある」ことをなんとしても裏付けようという意図が明白である。どのような国際関係問題であっても、当事国の間で、結論が出るまでには様々な外交交渉が行われるのは当たり前である。にもかかわらず、この問題では外交交渉が行われたことがあたかも異常事態であったかのように描写している。しかも、日本政府側が「強制」という事実を証明する資料がないと繰り返し主張したにもかかわらず、韓国側からの一方的な強い要求を最終的には受け入れざるをえなくなり、日本側が不本意ながら「強制」を認める形で河野談話は作成されたという印象を強くあたえようという意図で報告書のこの部分は書かれている。河野談話作成に使用された資料の中で、この報告書で唯一問題にされているのが、「元慰安婦からの聞き取り調査」であり、その経緯を調査した結論として報告書は以下のように記している。

「聞き取り調査の位置づけについては、事実究明よりも、それまでの経緯も踏まえた一過程として当事者から日本政府が聞き取りを行うことで、日本政府の真相究明に関する真摯な姿勢を示すこと、元慰安婦に寄り添い、その気持ちを深く理解することにその意図があったこともあり、同結果について、事後の裏付け調査や他の証言との比較は行われなかった。聞き取り調査とその直後に発出される河野談話との関係については、聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており、聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた。」(強調−引用者)


かくして、「強制」の事実については、この報告書は、その信憑性が疑わしいにもかかわらず、それは問題にせず、親切にも日本政府側は、元「慰安婦」の人たちの気持ちに十分配慮して、彼女たちの証言を調査する前から全面的に受入れていたのだ、と主張しているのである。つまりは、元「慰安婦」証言は、その内容は全く検証せずに政治的な判断から受入れを決めていたのだと主張しており、それは裏返せば、「彼女たちの証言は真実ではない」ということを暗示しているわけで、日本軍性奴隷制の犠牲者をいたく侮蔑した記述である。

第2部「韓国における『女性のためのアジア平和国民基金』事業の経緯」では、被害者女性たちへの「償い金」支払いや医療福祉事業は、日本側の全面的な善意から計画されたものであるにもかかわらず、韓国メディアによる「基金」事業の激しい非難や「償い金」を受け取ろうとする元「慰安婦」へのハラスメントがあったこと、さらにはこうした民間側からの強い反発に憂慮した韓国政府も「基金」事業の受入れに消極的になってしまったことが失敗の原因であると、これまた一方的に韓国側を非難している。それと比較して「フィリピン、インドネシアやオランダでの『基金』事業では、相手国政府や関連団体等からの理解や肯定的な評価の下で実施できたと」主張している。しかし、実際には、これらの国々でも当初はかなりの反発がみられ、「償い金」受取を拒否し続けた被害者が多くいた事実などについては、報告書は詳しく触れていない。

問われるべき最も重要な問題は、被害者女性の全てではないとしてもその多くが、また彼女たちを支援する民間団体がなぜゆえに「基金」事業にそれほどまでに強い不満を持っていたのかということである。この自己検証的問題追求が、報告書では全くなされていない。

「基金」非難の中で何よりも重要な点は、「国民基金」と銘打ちながら、実際に日本国民が個人として寄付した金額は少なく、大部分が政府から要請を受けた官庁職域や労働団体、企業等からの寄付金によるものであった。しかも、民間事業という体裁をとりながら、実際の「償い金」の金額の決定に際しては、いろいろな政治的配慮から一人200万円という額を政府側が強く主張して、これを「基金」理事会側に承諾させている。さらに、政府側は、被害者女性が「償い金」を受け取ることで、現在日本で裁判訴訟を行っている場合はこれを取り下げること、あるいは将来訴訟は行わないことの被害者からの確約を期待していた。さらに、首相が社会党の村山富市から自民党の橋本龍太郎にかわると、橋本は、裁判訴訟との絡みで、「償い金」と一緒に被害者に手渡す「謝罪の手紙」を送ることを躊躇したことなど、相手側に日本政府への不信を強く起こさせるような様々な問題を、この「基金」事業のあり方自体が孕んでいたのである。すなわち、韓国のみならず、その他の国々の当事者ならびに関係者に、「基金」に対する疑念と対日不信を起こさせる原因の多くは、日本政府と「基金」側にあったにもかかわらず、これに対する「検証」は、この報告書では全く行われていないのである。

国民基金」と銘打つならば、日本国民全体が日本軍性奴隷制問題に対する道義的責任をはっきりと認識し、それに対する責任を自覚し、そうした歴史認識と自覚のもとに犠牲者への真摯な「償い」として「基金」事業が実施されるように、日本政府がすすんで努力しなければならない。ところが、一方で、学校教育では日本軍性奴隷制問題のみならず、日本軍がアジア太平洋各地で犯した様々な残虐な戦争犯罪行為を教えることは拒否するのみならず、そのような歴史事実そのものを否定するような歴史観の拡散をはかっているわけであるから、道義的責任感が国民的に共通な意識となるはずがない。それゆえ、韓国側からみれば、「基金」事業は日本政府が戦争責任を逃れるための、いわば「隠れ蓑」のようなものではないかという疑念が起きたのも当然である。

したがって、「基金」事業が「基金」に直接関わった当事者以外からは、日本国内でも海外でもほとんど評価されなかったのも不思議ではない。河野談話検証の検討委員を務めた5名のうち、有馬真喜子は「基金」の理事の一人であり副理事長も務めたし、秦郁彦は「基金」の資料委員会のメンバーで有馬とも交流があった人物である。あらためて言うまでもないことであるが、「基金」に直接関わっていた人間が、「基金」事業の検証を行うということ自体がそもそもおかしいのである。

1998年8月に国連人権委員会差別防止・少数者保護小委員会で採択されたゲイ・マクドゥーガル報告書以来、幾度にもわたって国連に提出された日本軍性奴隷問題関連の報告書が、日本の「法的責任」を厳しく問いただしている。ところが、「基金」は、「法的責任」には全く配慮しないままで、事業をすすめてきた。国際社会からの「基金」評価が極めて低い理由は、この点にもある。河野談話検証の検討委員には、国際法専攻の秋月弘子と河野真理子の2人もの女性学者がいながら、この点に関する「検証」も全く行われていない。この2人は、いったいどんな「検証」作業に携わったのであろうか。

したがって、結論として言えることは、河野談話の「検証結果」である報告書、「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯:河野談話作成からアジア女性基金まで」は、最初から2つの極めて政治的な目的のために作成されたことが判明する。一つは、「慰安婦」と呼ばれた女性たちへの性奴隷制的「強制」はなかったのであり、犠牲者女性たちによる「証言」には信憑性がないという安倍内閣の主張をあらためて強調すること。すなわち、「河野談話は継承する」と述べておきながら、事実上は河野談話の空洞化をはかり、最終的には無効にしてしまうこと。もう一つは、きわめて評判の悪かった「女性のためのアジア平和国民基金」の自己正当化である。このような内容の河野談話の「検証結果」発表は、「慰安婦問題」の解決どころか、国際社会から、安部政権の、ひいては日本全体に対する不信感をますます強めることになることは自明のことであるが、そのあまりにも自明なことが、安倍本人のみならず、安倍内閣閣僚を含む安倍支持者、さらには検証グループの5人のメンバーにも全く認識されていないようである。

「河野談話」作成の背景と「強制」問題

河野談話がどのような経緯で、どのような資料に基づいて作成されたのかを、もう一度ここで確認しておきたい。同時に、「強制」という問題についても、どのように解釈すべきかについて確認しておこう。その前に、最近「朝日新聞」の誤報で問題なった「吉田清治証言」は、信憑性が疑わしいという判断から、河野談話作成の資料としては全く使われていない、ということもここで再確認しておく。

1990年6月、参議院予算委員会において当時の社会党議員・本岡昭次が日本政府に対して「慰安婦」の調査に関して質問した際、労働省職業安定局長が「民間の業者がそうした方々を軍とともに連れ歩いて」いたという状況ゆえに調査はできないと答弁。すなわち、政府にはこの問題に関しては責任がないという主張を行った。これを知った日本軍性奴隷制の犠牲者の一人である韓国人、金学順(キム・ハクスン 1924〜97年)が、この発言に激しい怒りを感じ、日本政府の責任を問うため、それまで長年の間、自分の恥として隠してきた「慰安婦」という過去を公表することを同年8月に決意し、記者会見を行った。さらに12月には、彼女は日本政府に謝罪と賠償を求めて東京地裁に提訴した。翌1991年1月、中央大学教授・吉見義明が防衛庁図書館で、軍が直接関与していたことを示す公文書を発見し、このことが大きく報道された。そのため政府はやむなく調査(第1次調査)を開始し、同年7月にその結果を発表して、軍ならびに政府が関与していたことを認めた。ところが、この段階では女性の強制連行については資料が見つからないと政府が主張したため、国内外から強い非難を浴びた。

こうした背景のもとで、1992年1月16日に訪韓した宮澤喜一首相が盧泰愚(ノテウ)大統領との会談で、「慰安所」設置に日本政府が関与していたことを認め、この問題について真相究明を行うことを約束した。同年7月31日には韓国政府が『日帝下 軍隊慰安婦実態調査 中間報告』を発表し、その中で、「慰安所」の設置、「慰安婦」の集めかたや輸送方法などについて、当時の日本軍が作成した多くの資料を参照しながら解説すると同時に、13名の元慰安婦の証言を紹介した。この中間報告書には、戦時中に連合軍側が作成した調査資料も添付されていた。日本政府は、この中間報告書や、韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会が19名の韓国人元「慰安婦」被害者を聴き取り調査して作成した『証言集1 強制的に連行された朝鮮人従軍慰安婦』(1993年2月発行)、さらにはオランダ軍が戦後の1948年に行った「バタビア裁判」(南方軍幹部候補生教習隊の士官たちが35名のオランダ人女性を「慰安所」に強制連行し強姦した犯罪審査)記録、戦時中に米軍が作成した関連報告書など、合計260点以上の資料を参考にし、その上、実際に16名の元「慰安婦」と軍慰安所関係者約15人から聴き取り調査を行った。政府(内閣外政審議室)は、「いわゆる従軍慰安婦問題について」と題したこの第2次調査の結果を、1993年8月4日に公表したが、その中で以下の3点を調査対象としたことが説明されている。

「調査対象機関:
警視庁、防衛庁、法務省、外務省、文部省、厚生省、労働省、国立公文書館、国立国会図書館、米国国立公文書館
関係者からの聞き取り:
元従軍慰安婦、元軍人、元朝鮮総務府関係者、元慰安所経営者、慰安所付近の居住者、歴史研究家
参考とした国内外の文書及び出版物:
韓国政府が作成した調査報告書、韓国挺身問題対策協議会、太平洋戦争犠牲者遺族会など関係団体等が作成した元慰安婦の証言集等。なお、本問題についての本邦における出版物は数多いがそのほぼすべてを渉猟した。」


その結果として、「慰安所」の経営と「慰安婦」の募集については、以下のように報告している。
   
「(6)慰安所の経営及び管理:
慰安所の多くは民間業者により経営されていたが、一部地域においては、旧日本軍が直接慰安所を経営していたケースもあった。民間業者が経営していた場合においても、旧日本軍がその開設に許可を与えたり、慰安所の施設を整備したり、慰安所の利用時間、利用料金や利用に際しての注意事項などを定めた慰安所規定を作成するなど、旧日本軍は慰安所の設置や管理に直接関与した。
慰安婦の管理については、旧日本軍は、慰安婦や慰安所の衛生管理のために、慰安所規定を設けて利用者に避妊道具使用を義務付けたり、軍医が定期的に慰安婦の性病等の検査を行う等の措置をとった。慰安婦の外出の時間や場所を限定するなどの慰安所規定を設けて管理していたところもあった。いずれにせよ、慰安婦たちは戦域においては常時軍の管理下において軍と共に行動させられており、自由もない、痛ましい生活を強いられたことは明らかである
(7)慰安婦の募集:
慰安婦の募集については、軍当局の要請を受けた経営者の依頼により斡旋業者らがこれに当たることが多かったが、その場合も戦争の拡大とともにその人員の確保の必要性が高まり、そのような状況下で、業者らが或は甘言を弄し、或は畏怖させる等の形で本人たちの意向に反して集めるケースが数多く、更に、官憲等が直接これに加担する等のケースもみられた」(強調−引用者)

   
長年にわたって、そして今も、安倍晋三ならびに彼を支持する政治家や知識人グループは、「軍や官憲が、暴行・脅迫を使って女性を連行(略取)」したのでなければ「強制」ではないという論法をとって、これに当てはまるようなケースを証拠付ける公的資料はないと主張し、したがって日本政府には責任がないことにしてしまおうと躍起になっている。暴行や脅迫で女性を強引に連れ去り、第三者の支配下に置くことが「略取」であり、甘言を弄し女性を騙して生活環境から連れ去り、第三者の支配下に置くことは「誘拐」である。しかし、どちらの行為も刑法では同じ「略取・誘拐罪」であり、この「略取・誘拐罪」は戦後だけでなく、戦前・戦中もれっきとした犯罪だった。したがって、「略取」と「誘拐」を分けて、一方だけを犯罪と見なすこと自体が間違っているのである。河野談話発表の約4カ月前には、当時の谷野作太郎外政審議室長も参院予算委員会で「強制は単に物理的に強制を加えることのみならず、脅かし、畏怖させ本人の自由な意思に反した場合も広く含む」とはっきりと答弁している。しかも、この第2次報告書で明らかにされているように、上記のような様々な資料を調査した結果、「甘言を弄し」て女性を騙し、その結果、彼女たちを「本人たちの意向に反して集め」、「自由もない、痛ましい生活を強い」た責任を日本政府はここで明確に認めたのである。騙された結果、あるいは親の謝金のために無理矢理「慰安婦」にさせられたケースについては、米軍が戦時中に戦地で保護した「慰安婦」からの聴き取り調査として米軍報告書でも詳しく記されている。「本人たちの意向に反して女性を集め、自由もない、痛ましい生活を強いた」ことが「強制」でないとしたら、なんと表現するのであろうか。繰返し述べておくが、甘言を弄し女性を騙して連れ去り、第三者の支配下に置くことは「誘拐」という犯罪行為であり、由々しい人権侵害である。

しかも実際には、日本軍将兵が女性を暴力的に略取してきて強姦し、長期間にわたって性奴隷として監禁した例は、抗日武装活動が激しかった中国大陸北東部やフィリッピンでは数多くあったことがこれまでの調査研究で明らかとなっている。さらにインドネシアでは抑留所に入れられていたオランダ人市民女性を日本軍が文字通り強制連行して「慰安所」に送り込み、強姦したうえで性奴隷にしたこと(いわゆる「スマラン事件」)が戦後のオランダ軍による戦犯裁判でも明らかにされた。それゆえ、「強制連行を証明する資料はなんら存在しない」という安倍たちの主張には、全く正当性がない。

第2次調査結果報告の内容には、「慰安所」が設置された地域から東チモール、マリアナ諸島、パラオ、ナウル、インドなど幾つかの地域名が落ちている。さらに、女性の中には略取、誘拐、人身売買されて「慰安所」に連行されてきた者がいたことを軍当局が明らかに認識していながら、女性を解放せずに性奴隷として監禁していたケースが多々あったことも明確には記述されておらず、暗示的な表現に留まっているなど、その記述には幾つかの問題点がある。しかしながら、「慰安婦」と呼ばれた女性たちが実質的には軍性奴隷であったこと、その責任が日本軍ならびに日本政府にあったことを基本的に認めていると言う点では、この報告書は積極的に評価できる。

第2次調査結果報告発表と同時に、政府はこれらの調査結果にも基づいて河野洋平内閣官房長官が「談話」として発表。その「談話」の中で、宮沢内閣は、はっきりと日本政府の責任を以下のように認めた。

「今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を 受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに 加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。」(強調 – 引用者)


ちなみに、元「慰安婦」が日本政府に謝罪と賠償を求めて日本政府を被告に日本の裁判所に訴えたケースは、1991年から2001年までの間に、全部で10件となっている。そのうちわけは、中国人被害者によるもの4件(原告数合計24名)、韓国人被害者によるもの3件(原告数合計13名)、台湾人被害者によるもの1件(原告数9名)、オランダ人被害者によるもの1件(原告数1名)、フィリッピン被害者によるもの1件(原告数46名)となっている。裁判の結果は全てのケースで、国家無答責(戦時中の国家不当行為から生じた個人の損害について国は賠償責任を負わない)や請求権放棄(日中、日韓の間での請求権放棄は条約に定められている)などの理由から、原告(被害者)の請求を認めないものとなっている。すなわち、全てのケースで原告側が敗訴している。

しかしながら、台湾とフィッリピンのケースを除いた他の8件のケース全てで、軍・政府が「慰安所」の設置や管理に直接関与し、「慰安婦」の「募集」にあたっては、女性の意思に反して軍が女性を集めたり官憲が加担したという歴史的事実や、軍人による女性の拉致・強制連行があった事実を裁判所が認定しているのである。したがって、この裁判ケースでの被害の事実認定によってもまた、安倍たちが主張する「狭義の強制連行(=軍が直接暴行脅迫を用いて女性を連行)はなかった」という主張が、事実とは全く反する、いかに不当なものであるかは明らかである。

最近、吉田清治の虚偽証言に基づいて朝日新聞が1982年9月以来たびたび記事を発表したことに対して、訂正記事を発表し、最終的に謝罪を行った。すでに述べたように、この吉田証言は河野談話作成のためには全く使われていない。当時の官房副長官であった石原信雄も、最近のテレビ・インタヴューで、吉田証言には虚偽の疑いがあったため河野談話作成のための資料としては使わなかったことをはっきりと認めている。にもかかわらず、朝日が訂正記事を発表するや、あたかも河野談話は吉田清治証言にのみ依拠して作成されたかのような発言が安倍支持一派から次々に出され、「強制」はデッチアゲであるという非難の声をあげている。朝日新聞が30年余りたった現在になってようやく誤りを認めて関連掲載記事を取り消したが、もっと早く訂正・謝罪をしておくべきであった。この点、朝日新聞に大きな落度があったことは言うまでもない。しかし、当時、同じように吉田清治虚偽証言を信じて報道していた読売新聞や共同通信はほとんど非難を受けず、朝日新聞だけが攻撃のマトになったことに深い違和感を感ぜずにはいられない。これも、「河野談話検証」と連結した「河野談話空洞化作戦」の一つであろう。その最終目的は、河野談話を正式に無効とし、新しく「安倍談話」なるものを発表し、それを日本政府の公式見解としてしまうことである。

これまで、国連経済社会理事会社会権規約委員会や国連拷問禁止委員会がたびたびこの日本軍性奴隷問題をとりあげ、日本政府に対して勧告を行ってきた。今年7月24日にも、国連人権委員会が再びこの問題で勧告を出し、「本人の意思に反する行為は人権侵害とみなされる」と判断し、被害者女性たちの人権侵害を調査して責任者を訴追・処罰し、本人と家族が完全な賠償を受けられるように求めた。同時に、日本政府が「公的に謝罪を表明し、国家責任を正式に認める」ようにも促した。しかし、これまで日本政府は、国際社会からのこうした度重なる批判を基本的には無視し続けてきたのである。とりわけ安倍内閣は、さまざまな詭弁を弄した姑息なやり方で、河野談話を継続すると言いながら空洞化させ、国内ならびに国際社会の両方からの批判に、「『慰安婦』への強制はなかった」という「虚言」で反撃している。このようなよこしまで邪悪な言動を続ければ続けるほど、日本国内だけではなく海外諸国でも、安倍自身と日本政府の両方の政治的信用性をますます落とすだけであるということに、安倍本人と彼の支持者たちが気がついていないことが、日本にとってはまことに悲劇である。「女性が活躍し輝く社会をつくる」と主張する一国の首相が、他方で卑劣な嘘で「慰安婦バッシング」を続けているような国、そんな国を国際社会は本当に信頼するであろうか。

2014年9月15日

主な参考文献:
*河野談話作成過程等に関する検討チーム『慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯:河野談話作成からアジア女性基金まで』(内閣官房・外務省 2014年6月20日)

*戸田悠希著「アジア女性基金に関する一研究」『立命館法政論集』第8号(2010年)

*林博文、俵義文、渡辺美奈共著『「村山・河野談話」見直しの錯誤:歴史認識と「慰安婦」問題をめぐって』(かもがわ出版 2013年)

*坪川宏子、大森典子共著『司法が認定した日本軍「慰安婦」』(かもがわブックレット  2011年)

*『季刊 戦争責任研究 第82号 特集「河野談話」と日本軍資料』(日本の戦争責任資料センター 2014年)

★なお、本論説は、ピース・フィロソフィー・センターのブログより転載したものである(下記サイトより)。
http://peacephilosophy.blogspot.ca/2014/09/the-yoshida-seiji-testimony-that-asahi.html
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