メニュー  >  エジプトの政変は「アラブの春」への反動クーデタである/高林敏之
アフリカ国際関係史の研究者である高林敏之氏は、7月にPPウェブに掲載したサミール・アミンの第一報「エジプト人民の重要な勝利」に対して厳しいコメントを投稿してくださいました。編集部ではあらためて高林氏にエジプト情勢についての分析をお願いしました。

※筆者による微修正を反映させました(2013年8月29日)。

エジプトの政変は「アラブの春」への反動クーデタである
  ―教条的「反イスラーム主義」に立脚した
           「民衆革命の継続」論の虚構―


高林敏之
(早稲田大学非常勤講師[アフリカ国際関係史研究])
2013年8月28日記

はじめに

 穏健イスラーム主義勢力「ムスリム同胞団」を支持基盤とするモルシー大統領・自由公正党政権と、モルシー政権に反対する都市部の市民運動および既特権勢力との熾烈な対立は、軍部のクーデタと権力中枢への復帰、治安部隊によるモルシー支持派市民への虐殺という、最悪の事態を迎えた。

 この政変を、少なくない「左翼的」立場の研究者や市民運動家らが、「2011年民衆革命の継続」「反動的なイスラーム主義独裁の動きへの市民の反撃」として肯定的に評価していたことに大いに驚かされた(例えば当ページで紹介されたサミール・アミンなど)。かかる言説を説いた者たちは、8月14日のモルシー支持派デモの強制排除以降600人を超える市民が虐殺されるという事態に、いったいかなる誠実さをもって向き合えるというのだろうか。

 エジプトの政変は、2011年のリビア紛争以来、顕著になっていたアラブ君主制諸国や既特権勢力による、民衆革命への反動と管理の動きが頂点に達したものであり、いわゆる「アラブの春」の頓挫を示すものといえる。

クーデタはあくまでもクーデタである

 国防相・軍部最高評議会議長シーシー将軍が率いる2013年7月3日の軍部クーデタは、「反乱」(Tamaroud)を自称する市民運動などの大規模なモルシー退陣要求デモを支持する名目で実行された。直後からエル=バラダイ元国際原子力機関(IAEA)事務局長、コプト派キリスト教会法王、救国戦線や「反乱」などの「民主化勢力」が軍部の行動を「民衆の運動を支援するもの」だとして相次いで支持表明したことにも眩惑され、この政変を「クーデタ」ではなく「民衆革命の継続」と呼ぶ国外の言説が後を絶たなかった。米国政府も欧州連合(EU)もいまだに政変を「クーデタ」と呼ぶことをせず、8月14日の虐殺を受けてようやく米国は合同軍事演習中止に、EUは部分的な禁輸措置に踏み切った程度である(1)

 しかし、仮にもエジプト史上初めて民主的選挙により選ばれた大統領を軍が解任し、憲法を停止して法的手続きによらず暫定大統領・政府を樹立し、「前」大統領や自由公正党・ムスリム同胞団の幹部らを次々拘束しているのである。また同胞団系の放送局のみならず、同胞団に近いカタール首長家がスポンサーであるアル=ジャズィーラや、クーデタを強く批判するトルコのメディアのオフィス閉鎖やスタッフ拘束などの報道弾圧も相次いでいる。客観的に見てこれは非合法なクーデタ以外の何物でもない。「反乱」共同創設者の女性ジャーナリストが「軍は文民である暫定大統領に政権を引き渡し、自らは統治に関わっていない」と発言していたが(2)、暫定政権は軍部最高評議会議長であるシーシー将軍が第1副首相として中枢を扼する、実質的な軍事政権である。この政変を「反憲法的政府変革」だと断定してエジプト暫定政権の加盟資格を停止したアフリカ連合(AU)や、明確なクーデタ非難を続けるトルコ公正発展党(AKP)政権の評価こそが正しい。

 南アフリカの著名なシンクタンク「安全保障研究所」のSolomon Dersso上席研究員が8月9日付アル=ジャズィーラに寄せたコラム「アフリカ連合対エジプト」(3)で述べるように、数百万人の人民がモルシー追放を支持した事実(そもそも大都市でのデモは同胞団の地盤である地方・農村部の状況を反映していない)はクーデタを正当化しないのである。モルシーは有権者の過半数の支持を得て大統領に選出され、多くのエジプト市民がクーデタに抵抗し殺戮された。彼らは「人民」のうちに入らないとでも言うのであろうか。

立憲体制移行プロセスを妨害した「二重権力」

 クーデタ後のエジプト危機に関する先進諸国の報道は8月14日の虐殺まで、イスラーム主義勢力への偏見と敵意に満ちていた。これらメディアはモルシー政権の独裁的姿勢を糾弾し、情勢を「イスラーム主義独裁と民主化勢力の対立」として描き出そうとした。

 確かにモルシー政権の独断的傾向や失政を否定できるものではない。チュニジアのアンナハダと異なり他政党との連立・連携を忌避したことは、軍部など既特権勢力の圧力に対峙し円滑に立憲機構を確立するうえで明らかに失敗だった。だがそれは、エジプト史上初の民主的選挙で選ばれた大統領を執権わずか1年で葬ることを正当化するものではない。エジプトは1952年軍事革命までは王政であり、その後の約60年間は軍部に支えられた独裁体制が続いた。その積年の矛盾をわずか1年で払拭できるはずはない。ましてや国内不安定のイメージが高まっていた折、経済状況が容易に改善されるはずもないのである。

 また、この1年間のエジプトにおける混乱の最大の原因として、モルシー政権の手足を縛りつけた「二重権力」状態を無視するべきではない。

 2011年のムバーラク政権崩壊は確かに民衆革命であったが、土壇場の段階で当時のタンターウィー国防相率いる軍部がムバーラクを「切る」ことにより達成された。軍部が暫定統治機関として樹立した「軍部最高評議会」はモルシー政権発足後も維持され、同評議会議長が国防相・軍最高司令官を兼務して、文民統制から独立する方向をとった。かくして軍は独立した権力としてモルシー政権に圧力をかけ、既得権益を維持できたのである。エジプト軍部は民主主義の擁護者などではなく、ナギーブ、ナーセル、サーダート、ムバーラク4代の大統領を輩出し、企業経営にも携わるなど、およそ60年にわたり既特権集団の核をなしてきた独裁体制の大黒柱であったことを、忘れてはならない。

 加えて、やはり改革なきまま温存された司法機関(軍が支える旧体制下で司法の独立などは形骸でしかなかった)もモルシー政権の政権運営を強く制約してきた。2011末〜12年初めに実施された民主的総選挙では自由公正党などのイスラーム主義勢力が大勝し新たな人民議会が発足した。だが最高憲法裁判所は2012年6月、無所属候補への議席留保をめぐる不備を理由に、議席の3分の1を再選挙すれば済むところ選挙全体を「違憲」(新憲法が制定されていない状況で「違憲」とは軍部が発した憲法宣言への違反を意味する)であり無効と宣告し、発足したばかりの議会を大統領選挙前に解散してしまった(4)。この裁判所の宣告を追認し、モルシー大統領就任後に自ら立法権を掌握し憲法制定手続きを壟断する憲法宣言修正を発したのは軍部最高評議会である。最高憲法裁判所は解散された議会の立法権を引き継いでいた上院(諮問評議会)や制憲委員会に対しても2013年6月に無効宣告を行い、2012年12月に制定されたばかりの憲法の有効性を揺るがした。

 このように、旧体制そのままの軍部と司法機関が連携してモルシー政権を制約する「二重権力」を形成し、民主的統治機構の確立を妨げ、孤立無援の状態に置いたのである。その意味でモルシー政権は「独裁」どころか実質的な意味での「権力」を掌握できていなかった。この状況でモルシー大統領は同胞団とその支持者の世論を頼みに「独断」とも見える手法に頼らざるを得ず、経済・社会政策の円滑な遂行は望むべくもなかった。

 その結果、蓄積する大衆の失望を利用して、選挙で敗北した既成政党や都市市民勢力、さらには過激なサラフィー主義者勢力であるアンヌール党までが一緒になって統治機構外から反同胞団運動を煽動し、軍部や司法機関と共にモルシー包囲網を築いた。その到達点が今回のクーデタであり、マンスール最高憲法裁判所長官を暫定大統領、軍部最高評議会議長を第1副首相とする暫定政権は既特権勢力による奪権の象徴である。

 冷静に情勢の推移を見れば、上記の事実は一目瞭然である。にもかかわらず、エジプトの都市市民のかなりの部分、欧米諸国の政府・メディアや一部の「左翼的」有識者がクーデタに好意的なのは、過去60年にわたり軍部が果たしてきた役割に対する冷静な判断力を失うほどに、イスラーム主義への嫌悪にとらわれているからだと言わざるを得ない。

日増しに明らかになる暫定政権の反動的性格

 クーデタにより成立した暫定政権は、旧ムバーラク政権で投資局トップだったバハー・エル=ディーン経済担当副首相、世銀エコノミストのガラール財務相、元駐米大使のファハミー外相など、米国および国際金融機関の支持を意識したとみられる布陣となった。7月29日にイブラーヒーム内相は、ムバーラク時代の秘密警察「国家保安調査局」を復活させ、2011年革命以前の経験ある職員を復職させると宣言した(5)。8月14日のモルシー支持派デモ強制排除とともに、2011年革命に際して30年ぶりに解除されていた非常事態宣言も再布告された。日増しに色濃くなる旧体制回帰の象徴こそ8月22日のムバーラク元大統領の保釈である。国際社会の要請を無視してモルシー「前」大統領を拘束し続ける一方でのムバーラク保釈は、暫定政権の「反革命」的性格を鮮明に示すものであった。

 対外関係においても暫定政権の反動的性格は濃厚である。湾岸君主制諸国はクーデタ直後から相次いでマンスール暫定大統領に祝電を送り、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェートなどが合計120億ドルもの経済支援を表明した(6)。「アラブの春」において各国の同胞団系勢力を支援してきたカタールのハマド首長が退位し同国の影響力が低下する中、草の根イスラーム主義運動を敵視する専制君主諸国がクーデタ政権を支持している。

 イスラエル政府もまたクーデタを支持し、対エジプト軍事援助を停止しないよう米政府に強力に働きかけている。軍事援助停止はイスラエルの安全保障に否定的な影響を与え、イスラエルとエジプトの平和条約を損ないかねないとの理由だという(7)。モルシー政権は対イスラエル関係に慎重な姿勢をとってはいたが、ガザ地区を支配する同じ同胞団系のハマースと深い関係を持ち、イランとの関係も正常化した。35年以上も深い関係を築いてきた軍部の影響下にある暫定政権の方をイスラエルが好むのは当然であろう。

 エジプト軍もすでにクーデタの直前から、イスラエルに包囲されたガザ地区の孤立を穿つための地下トンネル網の破壊を開始し、クーデタ後はガザとの境界をたびたび閉鎖し出入域規制を強化している(8)。暫定政権はクーデタとガザ封鎖をともに強く批判するエルドアン・トルコ首相のガザ入域計画を拒否した(9)。旧体制の対イスラエル協力政策への回帰である。ハマースにとってはハマド・カタール首長の退位と並ぶ打撃であり、これに並行してファターハ自治政府とイスラエルとの「和平交渉」が再開されようとしている。

 「民衆の声に応える」と装った軍事クーデタ政権は、旧体制の警察国家、親「新自由主義」、親イスラエル政策に回帰し、パレスチナ人民にも背を向けた。この政権にイスラエルやアラブ君主制諸国などの抑圧勢力が次々に手を差し伸べる。この「反革命」のどこが「第二の民衆革命」なのであろうか?

 エル=バラダイ(8月14日の事態を受けて暫定政権副大統領を辞任)やアムル・ムーサ元アラブ連盟事務総長のような既成エリート層を含む都市市民主体の政党・団体は、選挙で正統に選ばれたイスラーム主義勢力を権力から放逐するという政治目的を達成するために、軍部と手を結んだ。それどころか、モルシー支持派デモ強制排除の口実を作るためにシーシー将軍が7月24日に対抗デモを呼びかければこれに呼応し(10)、市民虐殺を目の当たりにしてもなお、軍事政権の暴力を「テロリストとの戦い」と呼んで擁護する者たちが多いという。しかし、イスラーム主義者を嫌悪するあまりに法治主義を放擲した彼らが、軍部の政権中枢への返り咲きと旧体制への回帰の露払い役を果たしてしまったことは明らかだ。彼らはいずれ自分たちに向く刃を自ら呼び込んだのである。

反「イスラーム主義」言説が覆い隠す危機

 以上に述べてきた通り、エジプトで今起こっていることは、「イスラーム主義の独裁」なる、仮想の危機を煽ることによって軍部などの既特権勢力が政権を取り戻した、まぎれもない反革命である。多くの「左翼的」知識人・市民運動家らの眼を曇らせたのは、個々の国の歴史や政治構造を踏まえることなく、軍部の政治介入に親和的な都市市民の街頭行動を「ウォールストリート占拠と一連の動き」「市民革命」などという望みの物語に収斂させた無責任なナイーヴさであろう。また(トルコAKP政権の実に緩い酒類販売規制法への非難や、フランス等におけるスカーフ規制法に見られるように)ささやかなイスラーム的実践すらも「イスラーム主義的抑圧」と見なし、その排除を法治主義にすら優先させる、ある種のイスラーモフォビアである。このような言説を流布した者たちもまた虐殺を幇助したに等しい。猛省が求められよう。

 イスラーム主義政権を潰すためなら、選挙結果の無視もクーデタも容認するという欧米諸国の御都合主義は、過去にも大きな悲劇を生んできた。1992年のアルジェリアにおけるクーデタは、イスラーム主義を掲げるイスラーム救済戦線が圧勝した前年末の民主化総選挙の結果を、一党独裁を支えた軍部が否定したものであり、軍の弾圧とこれに対するイスラーム過激派テロの応酬により、およそ10年に及ぶ凄惨な内戦を招いた。この過激派の残党が周辺諸国に流出して「イスラーム・マグレブのアル・カーイダ」(AQIM)として活発に活動し、サハラ・サヘル諸国の治安上の脅威となっている。また2006年にパレスチナ自治区の民主的選挙でハマース政権が成立した際に欧米諸国はその承認を拒否し、ただでさえイスラエル占領地域による虫食い状態のため経済・社会的苦境にあるパレスチナ自治区を、援助停止などでさらに圧迫した。その結果は強硬なテロ集団の台頭、ヨルダン川西岸とガザの分裂、イスラエルの違法入植政策のさらなる進行である。

 エジプト史上初の民主的選挙で選ばれたモルシー政権の非合法的手段による打倒を容認した諸外国の姿勢は、「イスラーム主義勢力の選挙における勝利は力で否定される」という新たな実例を作ってしまった。これは穏健な一般の草の根イスラーム主義者の「民主主義」に対する信頼を根底から損ない、より過激な武力闘争路線を煽りかねない。もしエジプトにおいて1990年代アルジェリアのごとき混乱が再現されれば、その地域的な波及効果はアルジェリアの比ではあるまい。虐殺事件後に欧米諸国がようやく暫定政権に厳しい姿勢を見せ始めたのは、その危機感ゆえであろう。

 欧米諸国が徐々に姿勢を転換する中でも暫定政権を断固支持するのがアラブ君主制諸国である。2011年に「アラブの春」と呼ばれる民衆革命の動きが広がる中で、サウジやカタールなどのアラブ君主制諸国は革命を「管理」する動きを強めていた。2011年3月の湾岸協力会議(GCC)合同軍によるバハレーン民主化運動の粉砕(ここではバハレーン多数派国民と同じシーア派の「イランの脅威」が介入正当化のため強調された)、イエメンにおけるサーレハ政権の勢力を温存した挙国一致政権樹立のおぜん立て、NATO諸国と協力したリビアへの軍事介入(カタール、アラブ首長国連邦、ヨルダン)、シリアにおける寄せ集め的な「国民連合」の形成と政府承認などである。およそ「民主主義」とは程遠いにもかかわらず「民主化の支援者」を装うアラブ専制君主らや軍部が「民衆革命」をコントロールしようとする反動の成就が今回のエジプト政変であるともいえる。その意味で、2011年来の「アラブの春」はいったん幕を下ろしたと言わねばならない。

アフリカのクーデタ拒否

 他方、アフリカ連合(AU)はクーデタ直後の7月5日に開催された平和・安全保障理事会で、AU設置法など関連法文書の規定に従いエジプトの政変を「反憲法的政府変革」と認定し、憲政復帰までエジプトの加盟資格を停止すると決定した(11)。AU予算の15%をそれぞれ拠出する5大拠出国のひとつエジプトといえども「反憲法的政府変革の拒否」原則が厳正に適用されることを明確化したのである(12)。同時にエジプトにおける早期の憲政復帰を支援し国民和解を促すため、コナレ元マリ大統領・元AU委員長(議長)、モハエ元ボツワナ大統領、ディレイタ元ジブチ首相の3名からなる高級パネルを設置し(13)、7月27日〜8月5日にエジプトを訪問するなどの調停活動に取り組んでいる。

 1960年代から80年代まで政治的立場やイデオロギーを問わず一党独裁体制が常態だったアフリカ諸国では、毎年のように軍事クーデタが頻発した。強権化し腐敗した政権に対し軍部、とりわけ若手将校や下士官らが中心になって起こしたクーデタは「変革」「世直し」の期待を背負い、様々な革新的テーゼを掲げたものも多かった。しかし新たな軍人指導者も多くが長期の軍事独裁を敷くか、「民選」大統領として新たな一党独裁体制を築いた。文民統制を外れた軍による「変革」は、それにより生み出された体制が腐敗し民心を失った時に、それを交代させ得るメカニズムを真摯に作り上げる努力を伴わないため、新たなクーデタや内戦を誘発する不安定要因に堕しがちである。その教訓に学べばこそ、1990年代以降民主化が(紆余曲折を経つつも)前進するアフリカは「反憲法的政府変革の拒否」を原則化し、アフリカ連合(AU)設置法にも盛り込んだのである。アフリカ全体に民主主義を定着させるためには、エジプトを例外として認めることはできないのである。

 アフリカにせよ、(10年間の成功への慢心も目に付くようになったとはいえ)現時点では選挙されたイスラーム主義政権による民主的改革の成功例であるトルコAKP政権にせよ、軍部のクーデタ・政治介入がもたらす負の政治的効果を歴史から学び、それを克服する営みを続けているからこそ、「民主主義」を騙る軍事クーデタを断じて認めないのである。

おわりに

 今回の反革命によって、2011年革命で培われた民衆の覚醒が完全に消滅することはないだろう。1928年以来85年もの歴史を有し、軍主導政権による長い弾圧の中でも生き残り大衆に根を張ってきたムスリム同胞団が、一度の反革命で根絶されるはずもない。

 問題はむしろ民主的・法治的手続きを無視し軍部のクーデタに協力した都市市民と、民主主義への信頼を失ったイスラーム主義支持市民との乖離が、社会の分裂を深化させたことにある。その意味で今後のエジプトにおける民主化の道のりは厳しいものになるだろう。私たちは教条的な反「イスラーム主義」的な価値判断に眼を曇らされることなく、エジプトにおける民主主義の再生を応援していく必要がある。

[注]
(1) EU外相理事会の2013年8月21日付「エジプトに関する結論」(http://www.consilium.europa.eu/uedocs/cms_data/docs/pressdata/EN/foraff/138599.pdf)。この決議はエジプト治安当局の暴力を非難し、非常事態宣言の解除と全政治囚の釈放(当然、モルシー「前」大統領も含まれよう)を要求し、部分的な制裁措置を打ち出した点では、遅きに失したとはいえ前進である。しかし、治安部隊の圧倒的な暴力を前にしながら「暴力を放棄する限り」政治グループを排除・禁止してはならないとするようでは(つまりムスリム同胞団に抵抗暴力の放棄を要求し、それをしなければ暫定政権による非合法化も容認しうると受け取れるもの)、EUが公正な立場に立ったとはいえない。

(2) 『東京新聞』2013年7月7日朝刊、「反乱」共同創設者マイ・ワハバのインタヴュー。

(3) Solomon Dersso,“The African Union versus Egypt”, Al Jazeera News, 09 Aug 2013【http://www.aljazeera.com/indepth/opinion/2013/08/201388125435183276.html

(4) “Egypt supreme court calls for parliament to be dissolved”, BBC News, 14 June 2012【http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-18439530

(5) “Egypt restores feared secret police units”, The Guardian, 29 July 2013【http://www.guardian.co.uk/world/2013/jul/29/egypt-restores-secret-police-units

(6) 「米国務長官、アンマンへ−エジプト問題でアラブ連盟首脳と会談」『ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版』2013年7月16日【http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324802804578608532062594230.html#articleTabs%3Darticle

(7) “Israel urged U.S. not to halt aid to Egypt, says top American official”, Haaretz, 9 July 2013【http://www.haaretz.com/news/diplomacy-defense/.premium-1.534651?block=true

(8) 「モルシ政権の後ろ盾失う ハマス窮地に 軍、ガザ境界閉鎖」『東京新聞』7月15日朝刊

(9) “Egypt cancels Turkish PM’s Gaza visit”, Al-Arabiya, 6 August 2013【http://english.alarabiya.net/en/News/middle-east/2013/08/06/Report-Egypt-cancels-Turkish-PM-s-Gaza-visit.html

(10) 「エジプト:国防相、デモ呼び掛け 同胞団への攻撃正当化か」『毎日新聞』2013年7月24日【http://mainichi.jp/select/news/20130725k0000m030110000c.html

(11) AU平和・安全保障理事会第384回会合のコミュニケPSC/PR/COMM.(CCCLXXXIV)【http://www.peaceau.org/uploads/psc-384-com-egypt-05-07-2013.pdf

(12) Dersso, “The African Union versus Egypt” は、エジプト資格停止の地域政治的文脈を次のように説明する。AUの政策履行の正統性確立。もし大国における民選政府の転覆を容認すれば、(すでに資格停止を経験した)他の加盟国とりわけ小国から不公平の謗りを免れない。▲┘献廛箸砲ける事態を非難できなければ、他国において政府を追放する口実として大規模デモを使嗾することを奨励するというリスクを生じる。それは他のアフリカ諸国にとって危険な先例となりかねない。エジプトを資格停止できなければ、民主的統治の達成に向けた大陸の献身を損なう。

(13) “Appointment of the African Union High-level Panel in support of a peaceful and inclusive transition and the restoration of constitutional order in Egypt”, AU press release, 8 July 2013【http://www.peaceau.org/uploads/auc.com.egypt.8.july.2013.pdf
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