メニュー  >  講和・安保条約の欠けた「主権回復の日」――誰が誰から何を回復したのか
講和・安保条約の欠けた「主権回復の日」
  ――誰が誰から何を回復したのか


武藤一羊

2013年4月22日記

 サンフランシスコ講和・安保条約発効の日、1952年4月28日、何と61年前のことだが、この日のことははっきり記憶にある。この日、東大アーケード前で東京都学連呼びかけの全都学生総決起集会が、大学当局の禁止と正門の封鎖を蹴って、三千人の参加で開かれ、私は予定されていた大会議長が現れなかったので急きょその役をやることになり、それが「罪状」の一つで退学処分になったのだ。私の大学生活はそれきりになった。
 この日の東大構内デモの写真が手元にある。横断幕には「悼国恥講和条約発効」とあり、プラカードには「破防法粉砕」が認められる。4・28、安倍自民党のいう「主権回復」の日は、悼む日、辱められた日と受け止められていたのである。ましてや沖縄にとってそれがどれほど屈辱的な日であったか、想像に余りある。
 50年代初頭、講和問題をめぐって国論は二分されていた。全面講和か単独講和か、である。学生運動、総評や社会党、共産党、知識人コミュニティなどからなる「革新勢力」、が世論の一方を代表し、日本を冷戦における米国に縛りつけるこの単独講和は、戦争への道、米国への隷属の永続化であるとして反対論陣を張っていた。日本国は、サンフランシスコ講和条約第三条によって、沖縄を米国支配下に遺棄した。米軍の無期限駐留と米軍基地の強化拡大が決められた。内乱への米軍の介入さえ認められた。米軍の予備兵力としての再軍備が進められた。破防法の強行が戦前の治安維持法の悪夢を蘇らせた。4・28の3日後、皇居前広場に入ったデモ隊に警官隊が拳銃を発砲し、デモ隊の二人が殺され、一五〇〇名が逮捕される「血のメーデー」が起こった。そして、内灘、妙義、砂川とつづく米軍基地拡張への抵抗運動は講和条約発効の後に最大の高揚を迎えたのである。最高裁長官田中耕太郎は、砂川裁判で安保条約を違憲と判定した伊達判決にうろたえ、米国大使に、最高裁で満場一致で判決を覆すと約束し、その約束を守ったのである。これらのどこに祝うべき主権回復の徴があったのか。

 安倍自民党はこの4・28をなぜ祝うのか。「自民党政権公約2012」にはこうあるのみだ。「政府主催で、2月11日の建国記念の日、そして2月22日を『竹島の日』、4月28日を『主権回復の日』として祝う式典を開催します」。「祝う」からには祝う理由があるはずだ。だが政府からも自民党からもほとんど説明はない。
 「主権回復」の意義についての石破自民党幹事長の記者会見(2013・1・29)は、耳を覆いたくなるほど空疎なものであった。「主権がなかった時代というものがあったということ」を多くの国民は忘れている。そこで「主権がない時期に、どのような、いろいろな事象が起こったのかということも、これからわが国の進路を指し示す上でも、過去の検証というものは極めて重要なこと」なので、「主権が回復されたことの重大性、あるいはそのことの尊さというものをよく国民が認識」するために、記念式典をするというのだ。
 今回の「主権回復の日」の自民党の提案には、奇妙なことに、サンフランシスコ講和条約と安保条約への評価、言及がない。「主権回復」がこのサンフランシスコ講和で行われた以上、「主権回復」を祝うなら、両条約の締結を祝うことになるはずだ。だがそうできない事情がある。何より沖縄の米国支配への遺棄を主権回復と言いくるめるのは不可能である。さらに講和条約第十一条で、日本国は、安倍極右政権が原理的に拒否している東京裁判を受け入れている。米軍政の下に置かれた沖縄の民衆にも、米国への従属を制度化された「日本国民」にも、さらに東京裁判史観を拒否する安倍極右政権にも、立場は別だが、1952年4月28日を「主権回復」の日として「祝う」理由はありそうもない。
 では何を祝うのか。実は安倍自民党が祝おうとするのが、アメリカの占領支配からの主権回復、と読もうとするのが誤りなのである。「主権回復」とは、日本支配集団が「占領憲法」を改定・廃止する自由の獲得、と読むべきなのである。占領が終わり、この憲法を片付けられる時代がきた。それが「主権の回復」なのだ。石破の「主権がない時代」に起こった「いろいろな事象」とは何より日本国憲法の「押し付け」を指していることは文脈から見てとれる。事実、占領終結後、権力を吉田茂からひきついだ鳩山一郎から岸信介までが、真っ先に取り組んだのは憲法改定と再軍備であった。「占領憲法」を変えて、彼らの望む「国のかたち」に日本を「取り戻す」好機が到来した。それこそが彼らの「主権回復」の内実であった。
 しかしこの時期の改憲攻勢は失敗した。議会の三分の二を獲得できなかったばかりか、岸内閣の1960年の安保改定では、政権は、からくも新安保は通せたものの、平和主義と民主主義による民衆の分厚い抵抗にぶつかった。そこでそれ以後の自民党政権は、迂回コースの選択を余儀なくされた。それでも1955年、保守合同で成立した自民党は綱領に「自主憲法」の制定を掲げ、以後も掲げつづけたのである。
 だがなぜ彼らはこの憲法を嫌ったのか。三つの理由があろう。第一に日本国憲法は、抽象的ではあるが、大日本帝国の過去への批判と反省を、とくにその前文と9条で言い表しているからである。第二に主権在民が宣言され、貫かれているからである。第三に基本的人権が普遍的原則として導入されているからである。戦後日本権力にとって、このような「国のかたち」は心底から厭わしく、それを廃棄して別の「国のかたち」に変えたかった。それができるようになること、それが「主権の回復」の意味するものだった。
 私は戦後日本国家が三つの相互に矛盾する正統化原理の便宜的折衷として構成されてきたと論じてきた。アメリカ帝国の覇権原理、日本国憲法の平和主義と人民主権=民主主義原理、そして、日本帝国の過去の行為を正当化し帝国を継承する原理である。この第三の原理は、戦後世界において表に出すことが難しかったが、戦後の日本国家はけっしてそれを放棄しようとはしなかった。占領の終わりとは、平和と民主主義の原理の優位を押しのけて、この第三の原理を回復するチャンスに他ならなかった。沖縄を米軍支配の下に遺棄しようが、米軍基地が残ろうが、それはそれ。大事なのは「国のかたち」=「国体」であって、その核心は第二の原理=人民主権にある。それを掘り崩し、最終的には、別の原理で置き換える。占領権力が撤収して、いよいよそれが始められる。主権はアメリカから回復されるというより、なによりも人民の手から回収されるのである。そこで初めて帝国継承の原理の貫徹が可能になる。主権在民の無効化と国家への主権の移行は、帝国継承原理の中身の大事な部分なのである。
 この意味で「主権回復」を祝うというホンネは口に出せない。そこで4・28を祝うという議論は、裏が表に表が裏になるメビウスの環みたいにねじれてくる。まず日本帝国の戦争犯罪を認める条件でなされた「主権回復」を、戦争犯罪を認めない原理の復権の日として祝う。次に、帝国継承原理の支えとして増強される日本軍は、米国の戦略に沿って、米国の指揮下に置かれるので、軍事的主権は放棄させられる。さらに、この「主権の回復」は、沖縄支配権の米国への名分なき移譲と抱き合わせなので、領土主権の自損行為となる。この不可思議な関係を祝いたければ祝ってもいいが、それを普通の意味で祝うことは不可能である。

 ところで、私はいつのことを語っているのだろうか。鳩山―岸政権の1952−60年のことか、安倍政権の今日、2013年のことか。実はどちらでもいいのだ。60年の歳月を経て、事態はラセンを描いて同じ地点に戻ってきたのだからである。
 この二つの時点の間、ほぼ半世紀にわたって〈戦後日本国家〉という構造がほぼ安定的に時間を充填していたのである。それは自民党が、第三原理を露骨に表に出すことを封じられ、憲法民主主義を選挙マシーンとして都合よく使い、米国への忠誠を深めつつ、長期政権を維持した時間であった。社会党を中心とする戦後革新勢力は、平和と民主主義を旗印に、自民党政権と対峙したが、議会内三分の一勢力を大きく越えることはなかった。米国覇権原理と日本帝国継承原理の正面衝突は、間に平和・民主主義原理がバランサ―として挟まることで、とりあえず回避されていた。そして大衆的基盤に支えられた平和・民主三原理の存在は、日本政府にいくらかの対米交渉力をも与えていたのである。このバランスは、1990年代半ばから急速に崩れ始めた。平和・民主原理を下から支えていた社会党・総評ブロックが解体したからである。それに伴って、自民党は第三原理を奉じる極右の支配下に入った。
 〈戦後国家〉破産の産物である民主党政権を踏み台に成立した第二次安倍政権は、それが政治生命を賭けている帝国継承原理を貫徹しうるだろうか。「主権回復の日」はその決意表明であろう。だがこの原理はアジアの隣人との共存を不可能にするだけでなく、アメリカ覇権原理とも並び立たない。〈戦後国家〉の時代には、帝国継承原理と米国原理の間に平和・民主主義原理が介在して、何とかアメリカともアジアとも共存を可能にしてくれた。安倍政権は、「主権回復」を謳うことで、その緩衝装置を外す決意を内外に示した。そうしながら、帝国継承原理への固執をアメリカに承認してもらうため、輪をかけた米国への同調と追従に走っている。
 ことは主権の所在に関わっている。国家か民衆か。安倍政権への高い支持率を見ると、今のところ民衆は自発的に主権を国家に預けているかに見える。この委任を取り消し、主権を民衆が回復できるかどうか、それが始まった攻防の最前線である。
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