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“大胆な金融緩和で経済成長”という政策のカラクリ
  ――安倍自民党の暴走


白川真澄

2012年12月9日記

ウルトラ保守・右翼の政権公約

 総選挙で政権返り咲きが予想されている安倍自民党が、暴走している。安倍本人の発言や「政権公約」には、ウルトラ保守・右翼の政権の姿を彷彿させる主張が溢れている。
 「憲法に国防軍の設置を規定」、「夫婦別姓制度導入法案に反対し、家族の絆を守る」、「外国人地方参政権の導入に反対」(「政権公約」憲法・国のかたち)。「自衛権行使(集団的自衛権を含む)を明確化」、「尖閣諸島を守るための公務員の常駐」(こ宛髻Π汰簡歉磧法「『自助』『自立』を第一に『共助』『公助』を組み合わせ、受益と負担の均衡がとれた持続可能な社会保障制度」、「生活保護の給付水準を10%引き下げる」、「消費税率の引き上げ」(ゼ匆駟歉磧財政)。「八ツ場ダムを完成させる。全国の道路網の整備を促進」(”興と防災)。
 そして、最大の争点であるはずの原発については、「社会・経済活動を維持するための電力を確実に確保する」、「原発再稼動の可否については順次判断し、すべての原発について3年以内の結論を目指す」、「遅くとも10年以内に『電源構成のベストミックス』を確立」(Д┘優襯ー)と言う。分かりやすくいうと、3年以内に原発を次々に再稼動する、「原発ゼロは無責任」(安倍)だから原発を維持する、と。
 原発延命をはじめ、改憲、日米安保強化、社会保障の効率化といった政策には、安倍の右翼・ウルトラ保守主義の本音があからさまに語りだされている。これに加えて、安倍自民党は、“大胆な金融緩和で経済成長”を看板政策として持ち出している。これはとんでもない代物なのだが、経済・金融政策は専門的な(?)経済用語で飾られていて、そのカラクリが分かりにくい。

「大胆な金融緩和策」とは

 3.11後の最初の国政選挙となる総選挙で問われるべき最大のテーマは、何よりも脱原発か原発継続かである。だが、この争点を隠す動きがマスメディアでは強まっている。景気回復・経済再生策こそ人びとの関心事であるといった言説の流布である。世界経済の停滞のなかで日本経済もさらに落ち込み、先の見えない不安の気分が広がっていることがその背景にある。この不安の気分に飛びついたのが、安倍の“無制限の金融緩和で経済成長”という発言である。
 「政権を取ったら日銀と政策協調し、2%、3%のインフレ目標を設定する」(11月15日)、「輪転機をぐるぐる回して、無制限にお札を刷る」(同17日)、「建設国債は日銀に全部買ってもらう」(同)、「日銀総裁はインフレ目標に賛成してくれる人を選ぶ」(同)。
 これらの発言は、株式市場で高値を呼んで2カ月ぶりに株価が9000円台を回復し、円安も進み、安倍を舞い上がらせた。「政権公約」(経済成長)には、安倍発言が表現を少しだけ変えて書かれている。「大胆な金融緩和策、税制・財政政策、成長戦略などあらゆる政策を総動員し、名目3%以上の経済成長を達成する」。「物価目標(2%)を政府・日銀の政策協定(アコード)で定める」。「日銀の国債管理政策への協調などにより、大胆な金融緩和策を断行する」。「日銀法の改正も視野に政府・日銀の連携強化の仕組みを整える」。「財務省と日銀、民間が参加する基金を創設し、外債を購入する」。
 企業の設備投資が控えられ個人消費も伸びないという経済停滞が続いているが、この不況は、物価水準が上がらないデフレとなって現われている。そこで、このデフレはあくまでも「貨幣的現象」であるから、日本銀行が通貨の供給量を増やせばデフレを脱却できる。2〜3%の物価上昇という目標(インフレ・ターゲット)を政府が設定し、その達成のために日銀が大胆な金融緩和を行なうべきである、といった主張が出てくる。
 緩やかにインフレが進行すれば、企業は、実質の債務が減る(実質金利が下がる)から投資のための借入を増やすことができ、個人もローンを組んで買い物をするようになる。インフレを予測=期待すれば、現金の価値が下がるから、モノを早めに買おうとする。また、円安が進むから、製品輸出が増える。さらに、日銀が米国債など外国の債券を買えば、市場におカネを流しこむ効果と同時に、円売り・ドル買いの操作をするため為替介入の効果が生じて円安に誘導して輸出を促進できる。このように、おカネをジャブジャブ注ぎ込む大胆な金融緩和策によって投資も個人消費も活性化し輸出も伸びて、不況から脱出することができる、というわけである。
 こうした考え方をするエコノミストたちは、リフレ(リフレーション政策)派と呼ばれ、竹中平蔵や高橋洋一らが代表格である。安倍は、リフレ派の言い分をオウム返しに唱えているのだ。安倍やリフレ派によれば、日本経済がデフレから抜け出せない元凶は日銀にある。つまり、日銀が積極的で大胆な金融緩和策をとっていないことに原因がある。そこで、政府と日銀が政策協定を結ぶ、政府の言う通りにならない総裁の首を切れるように日銀法を改正しようと言うわけだ(金融緩和策の促進への圧力を日銀にかけ、政府と日銀が政策協定を交わすというやり方に先鞭をつけたのは、ほかならぬ前原経済財政相である。前原は10月に、政府と日銀の初めての「共同文書」の作成を押しつけ、デフレからの早期脱却、1%の物価上昇まで金融緩和の継続を謳わせた)。

カネあまりのなかで金融緩和策の効果などない

 しかし、日銀はすでに十分すぎるほどの金融緩和策をとってきている。政策金利がゼロまで下がるゼロ金利政策が続けられ、それでも効果がないので非伝統的な金融政策といわれる量的金融緩和政策が採られてきた。これは、日銀が国債などを民間金融機関から大量に買い取って、代わりに通貨を供給する政策(「買いオペ」)である。日銀は、物価上昇率1%の目標を設定し、その達成のために国債などを買い入れる基金を2010年10月に新たに創設した。日銀が買い入れる資産には、社債、コマーシャルペーパー(CP)・上場投資信託(ETF)・不動産投資信託(REIT)などリスクの高いものが含まれている。当初35兆円であったこの基金はどんどん膨らみ、今年9月・10月には連続して21兆円も積み増しし、91兆円にもなっている。さらに、日銀は、銀行が新たに融資を増やした分だけ長期・低金利の資金を全額供給する新基金まで創った(10月)。
 こうして、日銀は大量のおカネを市場に注ぎ込んできたのだが、銀行など民間金融機関には使いきれない大量の資金が滞ってしまっている。企業や個人の資金需要が乏しく、貸し出し先が見つからないのである。企業は資金を借りて設備投資することを控え、個人はローンを組んで消費に向かおうとしない。金融機関から先の実体経済におカネが流れないのである。その結果、国内の銀行の預金高と貸出金の差は、約200兆円(2003年は約100兆円)にまで倍増し、貸出金利は過去最低の1%を割ってしまった(12年5月)。まさに「カネあまり」が続いているのである。
 民間金融機関は、だぶついた資金を国債や地方債の購入に向けるか、日銀の当座預金口座に預けるしかない。そのため、日銀の当座預金残高は、2008年には10兆円を切っていたが、いまでは40兆円を越え市場最高水準になっている。ところが、安倍は、この口座に法定の準備預金を超えて預けた分の「金利をマイナスにして貸し出し圧力を強めるべき」(11月15日)と発言している。金融機関が日銀に資金を預けると逆に利息を取られて損をするようにすれば、企業や個人への融資を増やすはずだというわけだ。しかし、資金需要が乏しいなかで「マイナス金利」政策を採れば、銀行は日銀からの資金調達(国債などの売却による)を減らすだろうから、無制限の金融緩和策にブレーキがかかる。安倍は、このジレンマを考えないまま調子のよい発言をしているのだ。
 企業や個人の資金需要が低調で、金融機関が貸し出し先を見つけるのに苦労しているのは、実体経済に問題があるからだ。自動車や電機製品の輸出に主導された経済成長が行き詰るなかで、多くの企業はまだ、新しい産業分野や投資先を見定めかねている。個人にとっては、雇用の劣化と勤労者所得の低下が続き、社会保障の先行きに不安を感じれば、消費を控えるのは当然のことである。
 いまや、巨額の政府債務を抱える先進国は、財政出動が制約されているから経済対策を金融緩和政策に頼らざるをえなくなっている。米国の連邦準備(FRB)も欧州中央銀行(ECB)も、こぞって量的金融緩和策を進めてきた。しかし、FRBのそれはリーマン・ショック後、第3弾まで打ち出されたが、失業率の改善など経済の復調には一時的なカンフル剤の効果しかないことが明白になっている。それどころか、度重なる金融緩和策はカネあまりを生んで大量のマネーを世界市場に溢れさせ、新興国に流れこんでバブルや食料品の高騰を招いている。

「日銀による建設国債の全額買い取りで200兆円の公共事業」構想のひどさ

 ところが、新しい事業を始めるために大量の資金が欲しいという人間が、唐突に手を上げた。安倍である。安倍自民党は、防災・減災の名目で10年間に200兆円を投じる「国土強靭化」計画を持ちだしている(「政権公約」”興と防災)。八ツ場ダム、高速道路、整備新幹線、リニアをはじめ大規模な公共事業を再開し、自然生態系を壊そうというわけである。安倍は、この公共事業に必要な資金を建設国債の発行で賄い、これをすべて日銀に買わせる、と発言した。
 日銀が発行された国債を直接に買い取っておカネを供給することは、何の歯止めも持たない。そのため、ハイパーインフレを引き起こした苦い歴史的経験から、財政法によって禁じられている。さすがに、安倍発言への強い批判が起こった。日銀による国債の直接日受けは、財政規律の弛緩と強いインフレを予想させて国債への信頼が揺らぎ、国債価格の下落と長期金利の上昇が起こる。また、日銀の独立性を損なう(日銀の独立性を侵害した民主党の前原が、安倍発言を批判したのは茶番だが)、と。
 安倍は慌てて、「日銀が建設国債をいったん市場から『買いオペ』で買っていく。直接に買うとは言っていない」(21日)と弁明した。「買いオペ」は市場で流通している既発の国債を買い入れる操作だから、市場の消化能力、つまり民間金融機関や個人が購入できる額を超える国債発行はできず、歯止めがかかる。しかし、買いオペであっても、政府が事前に新規発行の建設国債を日銀に全額買わせると明言すれば、市場は国債をいくらでも消化する(買った国債を日銀に売却すればよいのだから)。日銀による直接引き受けと同じ効果になるのである。
 これは、通貨を供給したりコントロールする金融政策というよりも、財政赤字を穴埋めする「財政ファイナンス」にほかならない。したがって、財政赤字のいっそうの拡大を意味するから、辛うじて保たれている日本国債への信認が崩れ、国債価格の下落と長期金利の上昇が起こる危険性が高まる。そうなれば、国債の利払いが急増し、財政危機はますます深刻になる。日本の政府債務はすでに1000兆円を超え、GDPの2倍に達している。そこへ、200兆円という大規模な公共事業(「国土強靭化」計画)のために新たに建設国債を発行し、国の借金を加速度的に膨らませようという構想が、いかに乱暴な話であるかは少し考えてみただけでも明らかだ。
 安倍は、建設国債発行による借金の膨張については口を閉ざしている。彼はもともと、経済成長がすべての難問を解決すると考える「上げ潮派」に属する(これはリフレ派の竹中や高橋らと重なる)。「上げ潮派」は、名目成長率が長期金利を上回って伸びれば、税収は増え、政府債務の対GDP比も低下する。だから、増税なしに財政再建は可能である。そこで、金融緩和で通貨を大量に供給すれば、名目成長率を4〜5%に高め、デフレを脱却することができる、と主張する。
 したがって、「上げ潮派」の竹中や高橋は、デフレ脱却を先行させるべきだという理由で消費増税に反対する論陣を張ってきた。安倍自身も、「成長を抜きにして増税だけやっても、強い社会保障制度はつくれません」と語っていた(『ダイヤモンドオンライン』12年3月15日)。ところが、安倍は消費増税に賛成し、民自公の連合でこれを実行しようとしている。まったく辻褄の合わない行ないである。しかも、持続可能な社会保障のために、これ以上財政赤字を放置し国債発行に依存することはできないから増税するというのが、消費増税の理由であったはずだ。ところが、消費増税で税収を増やすにもかかわらず、巨額の建設国債を発行して借金を膨らませようというのだから、呆れ果てた話である。加えて、「自助」「自立」を押しつけて、社会保障をスリム化するというのだから、ひどい。
 「大胆な金融緩和策」の行き着く先は、何のことはない。日銀の全額引き受けによる建設国債発行で巨額の資金をばら撒いて大型公共事業を再開する企みなのである。

“大胆な金融緩和VS規制緩和”の構図を超えて

 「大胆な金融緩和」でデフレを脱却し経済成長を実現するという安倍自民党の政策に対して、当然にも強い批判が出された。代表的なものは、白川日銀総裁の発言である。
 「日銀による大量の長期国債の買い入れが財政ファイナンスだという誤解が生じると、長期金利が上昇し実体経済に大きな悪影響を与える」、「デフレ脱却とは単に物価だけが上昇することではない。企業収益や賃金の増加で経済全体が改善していくことだ。経験したことのない物価上昇率[3%]を掲げて政策を総動員すれば、長期金利が上昇し財政再建にも悪影響も出る」(11月20日の記者会見)。
 「大胆な金融政策」への批判は、金融緩和によってデフレから脱却することはできず、実体経済を改善することが鍵であるというかぎりでは、正しい。しかし、その処方箋として多くの論者から提唱されているのは、規制緩和の推進、法人税率のいっそうの引き下げ、TPPへの参加といった新自由主義的改革の政策である。だが、“大胆な金融緩和VS規制緩和”、つまりリフレ派VS構造改革派という構図は、見せかけの対立にすぎない。両者ともあくまで経済成長をめざし、国際競争力を高めるという点では同じである。事実、安倍自民党は、「世界で一番企業が活動しやすい国」(「政権公約」経済成長)をめざして、「法人税を思い切って減税する」、具体的には20%台に引き下げることを主張している。
 経済政策の焦眉の課題は、経済成長が望めない(あるいは望まない人が増えている)時代において、人びとの雇用や働く場を確保し、人間らしい生活が営める所得を保障するということである。新自由主義的な構造改革は、これまで以上に雇用の劣化(不安定で低賃金の非正規労働者の増大)と勤労者の所得の低下、格差の拡大と貧困の増大を招くにちがいない。
 いま、とりあえず必要なことは、正社員と非正社員の格差をなくす(同一労働同一賃金の実現など)、ワークシェアリングによって仕事を分かち合う、生活保護の捕捉率を引き上げる、公正な税負担の増大で医療・介護・子育て・教育と住まいの公共サービスを拡充する、といった政策の実行である。そして、自動車や電機製品の輸出に主導された経済成長という経済のあり方を抜本的に転換し、地域内循環型経済をベースにした経済に組み換えていくことをめざすべきである。そこへ向かって、脱原発を推進し、環境・再生可能エネルギー、農業と食、ケア(医療・介護)・子育て・教育といった分野で事業を活発にし、雇用を創出していくためにこそ、おカネが使われる必要があるのだ。
                             
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野澤 信一   投稿日時 2012-12-28 11:04
時代錯誤的なアベノミクスへの批判と、地域内循環型経済への転換提案に賛成します。望むらくは、経済規模が縮小し大規模な富の再分配が必要となる少子高齢化社会における経済「成長」やイノベーションの基軸となるべき新たな価値の創造と国際的な協力関係も視野に入れた、より包括的で具体的な経済モデルの積極的なご提案を期待します。向こう数十年、少子高齢化社会の先進モデルとなる日本の新たな経済社会の創造は、中国をはじめとする各国の先例となると思います。